イグノラにて
帝都イグノラに護送され5日目、ノエルはアルビア城の一室に囚われていた。
囚われていると言っても、待遇は普通の客人に近いものだった。
部屋から出ることは当然出来ないが拘束具も付けられず、割と自由に過ごすことが出来る。
最も、部屋全体に魔術封じの呪が施されており部屋自体が牢獄の様に強固な造りの為拘束の必要もないのだが。
当然、護送中に見張りとして付いていたヴォルフとオメガもそのまま監視を続行中の為魔力なしでの逃走は不可能だ。
だがそれでも制限されているが要求すれば必要な物は大抵持って来てくれる為不自由はしていない。
今のノエルの状況を考えると破格の待遇と言える。
つまり、聖帝フェルペスの意思はノエルの懐柔にある。
だからこそ体を拘束せず、護送中同様にヴォルフとオメガを側に付けてまで今の待遇を維持しているのだ。
そこまでしてノエルを自分側に付けたい理由はなんなのか?
五魔への恐怖か?
それとも実益的なものか?
「だぁ! 勝てねぇなちくしょう!」
ノエルの思考はヴォルフの声に中断された。
ノエルは今ヴォルフ相手にポーカーをして時間を潰していた。
因みに現在7連勝中。
カードを投げ悔しがるヴォルフの姿に、ノエルから自然と笑みが零れる。
「なあ、次は神経衰弱にしねぇか?」
「駄目ですよ。 ヴォルフさん匂いでカード全部わかるでしょ?」
「んなこと言うなよ大将。 俺この手の頭使う奴苦手なんだよ」
あしらうノエルにすがるヴォルフを、オメガは壁に寄り掛かり呆れた様子で見ていた。
すると何かに気付き扉に視線を向けると、ノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ノエルが答えると、扉が開き見覚えのある巨体が入ってきた。
「お久しぶりですな、ノエル殿下。 いや、ノエル陛下」
「ラズゴートさん!」
「親父!?」
聖五騎士団最高幹部の一人聖獣ミノタウロスことラズゴートは入ってくると丁寧に会釈する。
本来捕虜であるノエルに対し入室の許可を求める必要はないのだが、律儀にそれをするラズゴートに相変わらずだなと思いつつ、その表情にいつのも快活さがないのにノエルは気付いた。
それも仕方がない。
ラズゴートからすればノエルは今でも忠誠を誓うノルウェの忘れ形見だ。
そのノエルが捕まり捕虜となっている現状で心穏やかでいられる訳がない。
その証拠に、膝をつきノエルに視線を合わせるラズゴートは心配そうにノエルを見詰めた。
「どこか不自由はされておられぬか?」
「大丈夫です。 ヴォルフさん達のお陰で良くしてもらっています」
「そうか。 苦労をかける」
「別にそれはいいんだけどよ、どうしたんだよ親父? 立場上親父がここに来んのはあんま良くねぇんじゃねぇか?」
ヴォルフの問いに、ラズゴートはチラリとオメガを見た。
「俺の事は気にしなくとも大丈夫です。 ギゼル様に定期報告をしておくので」
そう言うと、オメガは部屋の隅に行き通信を始めた。
「なかなか融通が効く奴で助かるわ」
ラズゴートは気を引き締め、ノエルに向き直る。
「プラネがイグノラに向けて進軍を始めました」
その言葉に、その場にいた者全員が驚きの反応を示した。
「やっぱり、動きましたか」
「報告では鎧姿のリナやレオナ達五魔。 更にアルビカスの各亜人族長にギエンフォード、そしてラバトゥのアクナディンの姿まで確認されとります」
まずリナの無事を知り安堵するノエルだったが、すぐにその陣容に思考を移す。
ラズゴートの話から推測すると、ノエルと関わりのある殆どの勢力が集結しているのだろう。
アクナディンが約定通り来てくれたことに感謝しながら、ノエルは口を開く。
「アーサー殿はなんと?」
「既に対抗する軍を編制し出陣準備を終わらせております。 それと万一イグノラまで進行を許した時の為に市民を近隣各街に避難させています」
「軍の数は?」
「プラネの数は約4000。 対してこちらも全軍で迎え撃つ予定でしたが、ルシスが国境に2000の軍を配備した為、そちらの牽制に2000の兵が割かれ25000がプラネに当たります。 その中には各最高幹部直属部隊からも各軍の者も加わっております。 現にわしの獣王親衛隊からもハンナ、ライノ、ラドラーを加えた500人が参加しとります」
「おいおい親父! そんなにバラしちまっていいのかよ!?」
「どうせお前に伝えれば漏れるんじゃ。 対して変わらん」
ヴォルフが痛い所を突かれ複雑な表情をする中、通信を終えたオメガが会話に入ってくる。
「こちらからはアルファの部隊とアンヌが加わることになった。 それと市民の避難が完了し次第、ミューの結界でイグノラ全体をを覆うそうだ」
「その情報、漏らしていいのか?」
「ギゼル様から俺に情報を漏らすなという命は受けていない」
「ギゼルの奴も、ノエル陛下にご執心の様だな」
自分とは違う意味で不器用なギゼルの変化にラズゴートは小さく笑った。
「でもおかしくないですか? リナさん達を相手にするのに、なんでラズゴートさん達最高幹部はイグノラの残っているんです?」
「アーサーの命です。 アーサーからは自分以外の最高幹部とその直属部隊は一部を除きイグノラの守護に当たれと。 最も、アーサーも影武者を送り本人は残るつもりらしいが」
「親父達抜きで五魔とやり合わせるってのかよ? 何考えてんだアーサーの野郎は?」
「確かに。 ラバトゥまで加わっている今、イグノラには最低限の兵のみ残し全軍で迎え撃つのが道理だが」
ヴォルフとオメガが首をかしげる中、ノエルはある可能性を思い出す。
「どうかなされましたかなノエル陛下?」
「いえ、なんでもありません」
ノエルの様子に気付いたラズゴートだが、深くは追求しなかった。
恐らくラズゴートにはノエルが何を考えたかは見抜かれているだろう。
だが追求をしないのは彼なりの情けなのだろう。
情報を教えて貰っているのに自分は話せない事に若干罪悪感を抱きつつ、ノエルはラズゴートに感謝した。
「さて、わしはそろそろ行くかの。 あまり長居すると小うるさい軍師にとやかく言われるしな」
「ありがとうございます、ラズゴートさん」
「礼など言わんで下され。 わしらは敵なのですから」
ラズゴートは少し寂しそうに笑うと、部屋を後にした。
「たく、やっぱこうなったか。 念の為言っとくが大将。 親父が聖帝側にいる間は俺も容赦できねぇ。 いらねぇことするんじゃねぇぞ」
「わかってますよ。 この状態で二人を相手に脱獄するほど無謀じゃありません」
「散々無茶やらかしてる奴に言われても信用出来ねぇよ」
ヴォルフの言葉に苦笑しつつ、ノエルはこれからのことを考えた。
リナ達が動いた。
なら自分に出来ることは?
何をすべきか?
リナ達の王として自分のすべき事は?
「ヴォルフさん、脱獄しない代わりにお願いしてもいいですか?」
「とんでもない無茶ぶりされる予感するけど一応聞いとく」
嫌な予感を覚えつつ聞くヴォルフに、ノエルは静かに口を開く。
「聖帝、フェルペス陛下との会談を希望します」




