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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
167/360

魔王対聖王・2


 岩山に閉じ込められていたエルモンド達は、その力の鳴動にその顔色を変えた。

「おやおや、これは・・・」

「まさか、リナ!?」

「これはキレてるね。 完全に」

「うがあ! リナ! ノエル!」

 五魔達の様子に皆動揺する中、ライルが声を上げる。

「おい! なんだってんだこれよ!? 一体姉さんに何があったんだよ!?」

「同じだ」

「ああ!?」

 ライルは隣にいるイトスを見下ろすと、イトスはリナの殺気に当てられ真っ青な顔をしている。

「お、おい、大丈夫か!?」

「これは、オメガとかと戦った時と同じ。 いや、それ以上にヤバい」

「オメガって、俺の腹ぶち抜いたあいつか?」

「そうか。 君はあの時気を失っていたんだったね」

 青ざめるイトスに代わり、クロードが説明を始めた。

「あの時、君が倒されたのを見て、リナは今みたいにキレたんだよ。 そして魔力が使えない状態であのオメガを圧倒したんだ」

「姉さんが!?」

 リナが自分の為にそこまで怒った事に驚くライルにエルモンドが続けた。

「あの子はね、本当に怒るととんでもない力を発揮するんだよ。 ああなったら僕達四人でも抑えるのはかなり難しい」

「そ、そんなにヤバいのかよ? 今の姉さんは?」

 エルモンドは頷くと、エルモンドは語り始める。

「最初に僕がその力を見たのはリナと出会った時だよ。 あの子のいた村は独自の身分制度があってね、リナの家族はその中でも最下層にいた。 リナは母親と二人でひっそりと身を潜める様に暮らしていた。 酷い村でね、最下層の人間は殺されようが何をされようが文句も言えない状態だった。 あの子のあの口調も、女だとわかれば上流の男達のいい玩具にされるからと、母親がリナを守る為に男として育てた時の名残さ」

「まさか、姉さんが?」

「でもね、ある日その事がバレて母親がなぶり殺されてしまったんだよ。 そして、その時リナは初めてキレた。 当時五魔候補を探していた僕が巨大な魔力を感じて向かった時、そこには瓦礫と村人全員の肉塊、そして返り血で真っ赤に染まったリナの姿だった。 あの時は流石の僕でも恐怖を感じたね。 何せまだ4、5才の子供がそれだけの事をしたんだから」

 壮絶なリナの過去に皆が絶句する中、エルモンドは続けた。

「で、その後我を忘れて暴走するリナと戦う事になって、そのまま僕があの子を引き取って五魔にしたんだよ。 いや~本当生きた心地がしなかったよ」

「今の姉さんが、その時の姉さんと同じだって言うのかよ?」

「その通りだよライル君。 当時の出来事もあり、リナは大事な相手を失うことを極度に恐れる傾向がある。 そして大事な者を傷付けた者と、守りきれなかった自分への怒りが爆発してあの状態になるんだよ。 大戦中も似たような状態になった事はあったけど、今度のはかなり危険だね」

「危険って、強くなるだけじゃないんですか?」

「違うよイトス。 それなら最初からあの状態で戦えるんだけど、あれには2つ欠点がある。 1つは敵味方見境が無くなる。 目に入る全てのものが敵さ。 現に当時リナは上流階級だけでなく、自分と同じ最下層で苦しんでる人間すら手にかけている。 老若男女問わずね。 まあライル君の時は魔力が使えず、更に僕が生き返ったという精神的ショックもあったからすぐに戻れたけど」

 もしあの時リナが魔力を使えて暴走したら、そう想像するイトスはゾッとする中、ライルは結界の表面を殴り付ける。

「ちょっとなにやってんのよ!?」

「んな状態の姉さんやノエルほっとけるかよ! 早く行ってやらねぇとノエル達が!!」

 再び殴ろうとするライルの手を後ろからアシュラが止める。

「落ち着いてください。 拳を痛めるだけです」

「ああ!? 余所もんに何がわかんだよ!? 俺はこんな時姉さん達の力になる為に親時にしごかれてきたんだ! これで何にも出来ねぇんじゃ、俺は何の為に帰ってきたんだよ!?」

 感情のまま声を荒げるライルに、アシュラは冷静に、静かに口を開く。

「私達も同じです。 アクナディン陛下の命で有事の際全力でノエル陛下達を御守りする様に言われてきました。 コキュートとの戦の後確実にアルビアが動くことを見越して。 ですから私達はコキュート戦後帰らずここに残ったのです。 ですが、結果はこの様です。 なんとも不甲斐ない限りです」

 敬愛する王が認めた者の力になる為に来たのに、肝心の時に何も出来ない。

 その無念さが、ライルの腕を掴む手から伝わってくる。

 アシュラだけではない。

 その場にいる皆がノエル達の元に駆け付けられない事に無力さと憤りを感じている。

 そんな皆の状態に気付くライルは、拳を下ろした。

「すまねぇ。 周り見えなくなってた」

「構いません。 皆気持ちは同じですから」

アシュラがそう言うと、レオナがライルの肩にそっと手を置いた。

「本当はあたし達だってすぐに駆け付けたい。 でも今は待つしかないの」

「今ノーラ達ドルイド達が結界の解析を急いでいる。 その時までに、今は堪えてほしい」

 本当は今一番駆け付けたい筈のクロード達の言葉に、ライルは頷いた。

「解析が終われば僕が精霊の力で結界に穴を空ける。 その時すぐ出られる様、力を温存しててよ。 いいね?」

「おお!」

 ライル達に言いながら、エルモンドはあることを気にしていた。

(こっちはとりあえずこれでいいけど、問題はやっぱりリナか。 このままだとここまで破壊しかねない)

 普段のリナですら本気を出せば地形を変えてしまうほどの力だ。

 そんなリナが加減なしで見境なく暴れれば、確実にこんな岩山は粉々、開拓した中の町や住民達にもどれだけの被害が出るかわからない。

 故に今は皮肉にも自分達を閉じ込めている結界が、岩山への被害から守る盾になってくれている状態だった。

(ただ、それで事が済めばいい。 最悪五魔全員とノエル君で対処すれば抑えることは可能だね。 だけど、もし今戦っているのがアーサー君なら、少しまずいかもしれないね)

 エルモンドは暴走したリナのもう1つの弱点を思い浮かべた。

 アーサーが相手なら、かつて自分がした様にそこを突いてリナを倒してしまう事も十分考えられた。

(少し、急いだ方がいいかもね)

 エルモンドもノーラ達と共に結界の解析に加わった。






(どうやら、私は本当に貴方を侮っていた様ですねリナ殿)

 今のリナの姿を見て、アーサーは己が傲っていた事を認めた。

 アーサーは今まで傲ったことはなかった。

 魔力もろくに使えず、唯一人並み以上は速さのみ。

 そこに活路を見出だし必死に鍛え続けた結果、漸く今の力を手に入れた。

 それでも慢心は出来なかった。

 かつて人より劣っていたということは、またそこに堕ちる事も十分有り得る。

 そう自分を戒め、決して傲る事なくどんな相手にも向き合ってきたつもりだった。

 だが今のリナと対峙し、自分が無意識に相手を過小評価していた事に気付かされる。

 それほど、リナから発せられる殺気は凄まじかった。

「うらあああああ!!」

 リナが拳を振るい、アーサーは咄嗟に上空に逃げた。

 するとリナの腕の一振りで前方にあるものが全て抉られる様に吹き飛んだ。

(重力の衝撃波ですか。 これが、魔王というわけですね)

 アーサーは今リナを、いや、魔王ディアブロを真に排除すべき敵だと認識した。

 アーサーは近付くのは不利と見てリナに剣速で生み出した無数の衝撃波を放つ。

「ああああああ!!!」

 リナはそれらを一喝で消し飛ばす。

「これでは、ジャバウォック以上に獣じみて見えますね」

 アーサーが愚痴る中、リナは周囲の瓦礫を持ち上げ2本の竜巻を造り出す。

 巨大な瓦礫で形成された竜巻は、まるで巨大な龍の様にアーサーに向かっていく。

「最早、重力なのかなんなのかよくわかりませんね」

 アーサーは速度を上げ瞬時に2本の瓦礫の龍を切り裂きチリにした。

 リナはすぐに追撃の為に先程より遥かに大きな重力球を無数に生み出し打ち始める。

 アーサーはそれをかわしていくが、重力球1つ1つがアーサーを引き付け、その速度を鈍らせる。

 そしてついにその内の1つがアーサーを捉えた。

「重力の奔流(テラ・グラビトン)!!!」

 重力球は突然膨れ上がり、周囲のものを全て飲み込む巨大な重力場となった。

 アーサーはそこから逃げ出そうと空中を駆け、重力範囲からのがれようとする。

「ッ!?」

 すると、頬に鋭い痛みが走る。

 見ると小さな切り傷がアーサーの頬に出来ていた。

「カマイタチですか」

 重力場の引寄せる力により産まれた無数のカマイタチが、不規則にアーサーに襲い掛かる。

 アーサーはそれをいなしながらと

徐々に重力場に引き寄せられていく。

「全く、本当に想定外でしたよ。 その傷でここまでの大技を繰り出せるなんて」

「うらあああああ!!!」

 リナは更に重力を強めようと力を込める。

「!?」

 だが次の瞬間、不意にその力が緩んだ。

 その刹那の隙を見逃さなかったアーサーは、即座に守勢が攻勢へと切り替える。

 弱まったリナの重力すら利用して加速し、一気にリナとの距離を詰める。

「ぐ!?」

 リナは反応が間に合わず、さっきと逆の肩を斬られる。

 両肩を斬られたリナは再び膝を付いた。

「リナさん!?」

 ノエルの呼び掛けに顔を上げると、その瞳は赤から元の黒へと戻っていた。

 それは、暴走状態が解除されたことを表していた。

「正直賭けでしたよ」

 リナが振り向くと、アーサーが立っていた。

 変わらず冷静に話しているが、先程の様な余裕はなく、疲労している様だった。

「あの状態の貴方にどれ程の理性があるか正直疑問でしたが、どうやら大切な人の事は忘れていなかった様ですね」

 アーサーはそう言い、ノエルの方を見た。

 あの時、アーサーは重力とカマイタチに襲われながら必死に移動を続けていた。

 リナの視線に自分とノエルが移る場所まで。

 あれだけ無差別に暴れながらも、ノエルの方へ攻撃が行っていないと気付いたアーサーは、リナが無意識にノエルを避けていると思った。

 故に、ノエルの姿を見れば動きが鈍ると予想したのだ。

 結果は見ての通り。

 ノエルの姿を見て巻き込むと感じたリナは力を緩めてしまい、アーサーに逆転を許してしまった。

「くそったれ・・・」

 リナは傷付きながらも腕を上げ重力球を出そうとする。

 だが、手のひらからはなにも出てこなかった。

「無駄ですよ。 前の戦いの負荷も回復しきらず、更にそれだけの怪我の中あれだけの大技を後先考えずに連発したんです。 今の貴方の魔力はほぼゼロでしょう」

 これがエルモンドが危惧したキレたリナのもう1つの欠点。

 キレて暴走していたリナは配分も何も考えずに、無差別に暴れ魔力を連発した。

 結果、完全に魔力が切れてしまった。

 アーサーもそれを狙い、敢えて反撃せず守勢に徹する事でリナに大技を連発させたのだ。

 魔力の尽きたリナに対し、アーサーは2本の剣を構える。

「さて、本当にこれで最後にしましょう」

 アーサーは剣を強く握ると、2本の剣からそれぞれ魔力が溢れだす。

「!? 魔力は使えないんじゃ!?」

「ええ、私に魔術の才はないですよノエル陛下。 ですが武具に宿る魔力を使うことなら、私にも可能です」

 2本の剣から雷、水、炎、風、聖、魔、強化の魔力が迸る。

「貴方の力に心から敬意を表する証として、私の切り札をお見せしましょう」

 アーサーは静かに、そして徐々にその速度を加速させる。

 するとまるで分身したかの様にアーサーの姿が7人に分かれた。

「七光の断罪(セブン・ジャッジメント)

 アーサーはそのまま剣を振るうと、魔力を宿した7種の斬撃が衝撃波の様にリナに向かっていく。

「てめぇより遅い攻撃なんか喰らうかよ!?」

 リナは力を振り絞り回避しようとする。

 だが、その動きは止まった。

 自らの斬撃すら追い越し、アーサーが自分の懐に接近していた。

「さようなら、リナさん」

 アーサーは一瞬エミリアの顔を覗かせると、そのまま剣を振るった。

 そして瞬時にその場から離れると、残りの斬撃が全てリナに降り注ぎ、粉塵が上がった。

 アーサーは剣を収めるが、その目から警戒が消えることはなかった。

 アーサーは粉塵に視線を向けると、徐々に粉塵が晴れていく。

 すると粉塵の中から黒いドーム状の結界が現れる。

「驚きましたよ。 よく間に合いましたね、ノエル陛下」

 結界が解けると、リナを護る様に刀を構えるノエルが姿を現した。

「見えなくても、来るとわかっている所に割って入る位は出来ますよ」

 技が完全に決まる直前、ノエルはアーサーの動きを予測し全力で二人の間に割って入ったのだ。

 だが当然完全に防ぐことは出きず、ノエルの体は傷付き、護られたリナも地面に俯せに倒れている状態だった。

「貴方も恐ろしい方ですね。 予測だけでそれだけの動きが出来るんですから」

「僕も誓ったばかりなんでね。 誰も犠牲にしないって」

 ノエルは挑発的に笑いながらも、明らかに消耗していた。

「ノエル、どけ。 ここは俺が・・・」

 なんとか力を込めて立ち上がろうとするリナだったが、最早力は残っておらずその体が崩れ落ちる。

 同時に、その意識が徐々に薄れていく。

 そんなリナに、ノエルはいつもの雰囲気のまま微笑んだ。

「リナさん、ここは僕に任せて下さい。 後は、僕がやります」

「待っ・・・ノエ・・・」

 声を絞りだそうとするリナに背を向け、ノエルは覚悟を決めた様に刀を構えアーサーに向かい駆け出した。

 それが、リナの見た最後のノエルの姿だった。






「ノエル!?」

 リナは叫びながら体を起こすと、全身に激痛が走り顔を歪める。

「俺は・・・」

「リナ!!」

 状況がわからず混乱する中、レオナがリナに抱き付いてきた。

「よかった。 本当に、よかった」

 レオナは目を涙で濡らし、リナの胸に顔を埋めた。

「レオナ・・・」

「姉さん!! 目覚めたんスね!?」

「リナ! 起きた~!!」

「皆、怪我人なんだからそんなに騒がないで」

 ライル、ジャバも駆け寄り、クロードはリナを気遣い二人を嗜める。

「お前ら・・・俺は一体?」

「ずっと眠っていたんだよ。 5日ほどね。 まあ、あの怪我でそれくらいで目覚めるんだから、相変わらずタフだね」

 エルモンドの説明に、リナは徐々に当時の事を思い出していく。

「5日・・・!? ノエルは!? ノエルはどうした!?」

 表情を変えて聞くリナに、皆の表情が沈痛なものに変わる。

「おい、なんだよ? ノエルはどうしたんだよ!?」

 事実を否定する様に聞くリナに、エルモンドは残酷な事実を告げる。

「ノエル君はアーサーの、アルビアの手に堕ちたよ」

 エルモンドから告げられた真実に、リナから一気に血の気が引く。

 まるで地面から全てが崩れ落ちる様な感覚がリナを襲う。

「ごめん。 あたし達が間に合ってれば・・・」

 レオナの言葉も、リナには届いていなかった。

 また守れなかった。

 その事実だけが重くのし掛かり、リナは言葉にならない叫び声を上げた。

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