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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
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魔王対聖王・1


 リナの拳とアーサー剣が激突し、辺りに衝撃が走る。

 リナとアーサーは互いに初激を引くと間髪入れずに二撃、三撃と打ち合い始める。

 拳と剣という異質なぶつかり合いが高速で繰り広げられていく。

「流石リナ殿。 私の速さに付いてこれる者はそういませんよ?」

「はっ! よく言うぜ! 小手調べ程度の速さしか出してねぇくせによ!」

「やはり気付いてましたか。 これでもセレノアで出した位の速さは出していたんですけどね」

 その時、アーサーの顔の横を黒い雷が通った。

 黒雷が放たれた方を見ると、ノエルが刀の先端に魔力を込め狙っている。

「なるほど、貴女はノエル陛下が狙いやすくする為の囮ですか」

「俺だけでも勝てるけどな! てめぇは確実に潰しとけって勘が言ってんだよ!」

 実際、リナは既にアーサーの実力の高さを感じていた。

 リナはアーサーの剣を折ろうと何度も拳を叩き込んでいる。

 折れやすい細身の剣にも関わらず、アーサーは巧みな剣捌きで力を逃がしリナの拳を捌いている。

 しかも片手でだ。

 それだけでも、ラズゴートに殆ど無傷で勝ったという話が真実だと実感する。

 しかもアーサーは腰にもう一本剣を差している。

 つまりアーサーは本来二刀流。

 まだまだ底が知れない存在である以上、リナは確実に勝てる手を打つことにした。

「好戦的ながら実に冷静ですね。 百戦錬磨の経験からですか」

「いつまで余裕ぶってんだよ!? ちったあ本気出さねぇと、そろそろ潰すぜ!」

「そうですね。 ではお言葉に甘えて」

 瞬間、リナの前からアーサーが消えた。

「な!?」

「本気でやらせてもらいましょう」

 背後から聞こえた声にノエルは戦慄する。

 刹那と言える程の時間。

 その僅かな時間で、アーサーはリナをすり抜け、ノエルの背後に迫った。

「く!?」

「遅いですよ」

 ノエルが迎撃しようとする間に、アーサーは既に斬撃を放っていた。

 だがその斬撃はノエルに届かなかった。

「ちぃ!」

「リナさん!」

 リナは斥力を全開にし、ノエルとアーサーの間に割って入り剣を受け止めた。

 アーサーは深追いせず、すぐその場から飛び退き距離を置いた。

「リナさん! 大丈夫ですか!?」

「こんなもん、唾つけときゃ治る」

 リナの手のひらには血で滲んだ傷が出来ていた。

 全ての斥力を移動に使い防御に回せなかった証拠だ。

「リナさん、あれは一体? まさかベクレムさんみたいに瞬間移動を?」

「いや、ちげぇよ」

「え?」

「あいつは何にも特別な事はしてねぇ。 ただ速ぇだけだ。 それもとてつもなくな」

「やはり貴女には見えていましたか」

 リナの言葉に、アーサーは薄い笑みを浮かべる。

「その通り。 私はただ単に速いだけです。 リナ殿の様に重力も操りませんし、ギゼル殿の様に特殊な装置も着けていない。 単純に速いだけ。 それが魔力もろくに使えない私が出来る唯一のことです」

「よく言うぜ。 それがどんだけヤバイか自覚あるくせによ」

 実際、アーサーの能力は単純な速さだけではない。

 ただ物凄いスピードを出せるだけなら、アーサーはそこまで驚異ではない。

 真に恐ろしいのは、その超スピードの中自在に動ける反応速度と動体視力。

 本来先程のアーサーのスピードを出せば確実に制御を失い、最悪どこかに激突して自分が大怪我を負う。

 そんな超スピードの中、アーサーは完璧に体をコントロールしてみせた。

 それはアーサー自身がその速さに完全に反応し、瞬時に状況を把握出来ている。

 それはつまり、自分以下の速さの攻撃は全て対処出来るということだ。

 もっとも、アーサーの速さなら相手が何かする前に先程のノエルの様に反撃の間おろか、姿を見る間もなく瞬時に終わらせることも出来る。

(こりゃ、おっさんが勝てねぇのも仕方ねぇな。 元々速い相手得意じゃねぇし)

 アーサーの危険度を再確認したリナは、ノエルを守る様に構える。

「ノエル、結界張って全力で防御してろ」

「そんな! 僕にもまだ何か・・・」

「相手の姿が見えねぇ奴に何が出来るんだよ!? しかもお前の攻撃で一番速い黒雷がかわされてんだ! よっぽどじゃねぇ限りお前の攻撃は当たらねぇよ!」

 語気を強めて言うリナに、ノエルは悔しさを感じながらもその言葉の正しさを痛感して拳を握る。

「心配すんな。 俺一人でも十分やれる。 それに今のお前なら、防御に専念すりゃ俺の全力に巻き込まれても耐えられるだろうしな。 頼む」

 リナの真剣な目に、ノエルは小さく頷いた。

 リナが全力を出す。

 しかもノエルを気遣えない程の力を出す。

 それはそのまま、今がどれ程危機的状況なのかということをノエルに教えた。

「絶対、死なないでくださいよ」

「そこは勝てって言えよ王様」

 軽口を叩くリナに苦笑しつつ、ノエルは少し離れて黒い結界で自身を覆った。

「賢明ですね。 逃げを選択させていれば、今頃ノエル陛下は私の手の中でしたよ」

「てめぇこそ、今の隙に攻撃してこねぇなんて随分お行儀がいいじゃねぇか?」

「いや、私はまだノエル陛下の説得を諦めていないので、彼を傷付けたくないんですよ」

「お優しいこったな」

「そうでもないですよ。 全力の貴女を目の前で葬れば言うことを聞いてくれるかもしれないという打算もありますから」

 その時、周囲をリナの殺気が包んだ。

 殺気だけで周囲の木が軋み、空気が震え、結界にいるノエルですら突き刺さる様な感覚を覚える。

「調子に乗るんじゃねぇぞ、小娘」

「女はこの兜を被った時捨てましたよ」

 再び二人が激突し、周囲に轟音が響く。

 高速を越える剣撃がリナの重力を纏わせた拳とぶつかり合う。

 更にリナは重力球を幾つか出現させ、アーサーに向かって放つ。

 アーサーはそれを瞬時にかわし、外れた重力球が木や地面を抉っていく。

 アーサーがそのまま剣を振るうとリナは斥力を全開にしかわし、その背後の地面が細切れになる。

 かつてリナとラズゴートが戦った時の様に、二人の激突だけで周りの地形が変わっていく。

 アーサーは更に速度を上げ、リナへと迫る。

「うざってぇんだよ!」

 リナが全身から斥力を放ちアーサーを弾き飛ばす。

 距離を取ったアーサーに、リナは地面を片手で勢いよく叩いた。

「大地の反乱(アースクラッシュ)!!」

 リナの周りの地面が一気に盛り上がり、生えている木や岩ごと爆発する様に弾け飛ぶ。

 当然アーサーの足場も吹き飛び、アーサーの体は宙に飛ばされる。

「そのまま押し花みたいに潰れてろ!」

 空中なら避けられないとリナはアーサーの動きを止める為重力波を放つ。

 だがアーサーは何も足場の無い所で空中を駆け抜け始める。

「ちぃ! 宙まで走れんのかよ!?」

「跳躍と落下の力が釣り合う瞬間の完全な浮遊状態さえ見極められれば、後は地を走るのと大差ありませんよ」

「その涼しい顔、ひっぺがしてやらあ!!」

 リナは重力波で周囲を押し潰しながらアーサーを追う。

 だがアーサーは重力波を遥かに上回る速度でそれをかわしていく。

「戦ってわかりましたが、まだこの前のコキュート戦の疲れが抜けてないみたいですね。 魔力に揺らぎを感じます。 やはりあの人数を長時間殺さぬ様に重力を放ち続けるのは、かなりの負担だった様ですね」

「魔力使えねぇ癖にデタラメ言ってんじゃねぇよ!」

「使えないからと言って、感じない訳ではないですよ。 その証拠に・・・」

 アーサーは宙を蹴ると更に速度を上げ、一気にリナの懐まで接近する。

「私の速さに対応しきれなくなっている」

「てめ!?」

 リナは迎撃の殴りかかるが、アーサーはすり抜ける瞬間リナの肩を切り裂いた。

「ぐ!?」

「リナさん!!」

 血を流しながらも、リナは気にせずアーサーに反撃をかける。

「本来なら万全の状態の貴女と戦いたかったですが、こちらも譲れないものがあるので」

 アーサーはリナの攻撃をかわすと、腰に差していたもう一本の剣を抜いた。

「終局です」

 無数の見えない斬撃が、一気にリナの体を襲う。

 そしてアーサーが剣を鞘に納めると同時に、リナの体から血しぶきが吹き出した。

「リナさん!!」

 それは有り得ない光景だった。

 ノエルはリナの戦闘を幾つも見てきた。

 その殆どの戦いでリナは圧倒的な強さを見せ付けていた。

 ラズゴートやレオナと戦った時ですら、いつも余裕を感じさせていた。

 そのリナが、今自らの血溜まりへと崩れ落ちようとしている。

 ノエルは絶叫し、結界から飛び出そうとした。

「来んじゃねぇ!!」

 リナは深手を負いながら辛うじて膝をつき、結界から出ようとするノエルを鋭い一喝で制止した。

「さっき言ったろ? こんなもん唾つけときゃ治るってな」

「でも!」

「驚きましたよ」

 ノエルの言葉を遮り、アーサーはリナを見下ろす。

「まさかあの一瞬で斥力を出して防御するとは。 ですが、その怪我ではもう戦闘は不可能です」

 アーサーは冷徹に剣をリナに向ける。

「さてノエル陛下。 先程の条件に、更にリナ殿の命を助けることを加えましょう。 お返事を聞かせてもらえますか?」

「貴方という人は・・・」

 ノエルは刀を握りアーサーを睨み付ける。

 だが先程の戦いで何が起こったかすら見えなかった自分では、この状況を打開出来ない事を理解している為アーサーに斬りかかる事が出来なかった。

(どうすれば、どうすればリナさんを助けられる!?)

「さあノエル陛下、そろそろ決断していただきましょう。 私としても、こんな陳腐な手は趣味ではないので・・・」

「ざけんな」

 瞬間、アーサーは悪寒を感じその場を飛び退いた。

(なんだ今のは? この私が、まさか恐怖したのか?)

 冷静だったアーサーの頬に一筋の冷や汗が垂れる。

 その視線は、ゆっくり立ち上がろうとするリナを捉えていた。

「さっきな、約束したばっかなんだよ。 何があっても味方だって。 だから安心して進めってな。 それなのによ、そんな俺がノエルの足枷になるなんてよ、許せるわけねぇだろが!!?」

 リナが激昂すると同時に、先程とは比較にすらならない殺気が魔力と共に広がった。

(なんなんですかこれは!? こんなの、殺気だけで人が死にますよ!?)

 全てを押し潰す様な圧倒的なまでの殺気を放つリナに戦慄を覚えながら、アーサーはリナから目を反らさず再び剣を構える。

 そんな中、完全に立ち上がったリナの瞳を見てノエルは悟った。

 リナが本気でキレた事を。

 何故ならリナの瞳は、かつてライルがオメガに貫かれた時の様に、自分の髪と同じ燃える様な赤に染まっていたからだった。

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