聖王の審判
突然現れたアーサーにより、その場は緊迫した空気に包まれた。
「今日は随分派手な格好じゃねぇかエミリア。 いや、聖王アーサーさんよ?」
「お二人に久しぶりに会うんですからね。 前の様な姿では失礼でしょう?」
アーサーは兜から露出する口元で柔らかい笑みを浮かべながら答える。
その立ち振舞いは以前会った時と異なり、聖王の名に相応しい優雅さと気品に満ちている。
「エミリアさん」
声をかけられ、アーサーはノエルに意識を移す。
「お久し振りですねノエルさん。 お元気そうで何よりです。 ですが今は聖王として来ているので、その名は呼ばないでもらえますか?」
一瞬エミリアとしての顔を覗かせたアーサーだったが、すぐに切り替えた。
敵意こそ感じなかったが、エミリアとして接していた時にはなかった重さが今のアーサーにはあった。
それは聖五騎士団最高幹部としてのノエルは感じた。
「わかりました。 では此方もプラネ王ノエル・アルビアとして対応しましょう。 それでいいですね、アーサー殿?」
「ご理解ありがとうございます、ノエル陛下」
丁寧に頭を下げるアーサーの態度は、明らかにノエルを王として扱っていた。
そんなアーサーに、ノエルは一旦刀から手を離した。
「本日は何のご用ですか? そちらと約束した期日まではまだ少し時間がある筈ですが?」
「ええ。 本来なら此方もその日まで一切接触する気はありませんでした。 ですが、そちらがコキュートを倒したことでそうも言っていられなくなりましてね」
プラネがコキュートを倒した。
しかもコキュートの人員約30000を自分の陣営に加えたとなれば、それはアルビアにとって脅威以外のなにものでもない。
コキュートを倒したという事実だけでも脅威なのに更にそれを吸収したとなれば、アルビアとしても黙っているわけにはいかなかった。
「加えて、ラバトゥやギエンフォード将軍まで味方に付けたプラネは、現在アルビアにとって最も危険な存在となっているのです」
「だから今の内に潰しとこうってわけか?」
「それも考えましたが、やはり私としても貴方方は惜しいのですよリナ殿」
「つまり、前回エルモンドさんに話した和解の事ですか?」
「ええ。 ですが、前回こちらが提示した条件では、恐らく貴方はイエスとは言わないでしょう。 ですから更に、今此方に下ればコキュートの今までのテロ行為、そして今回の軍事蜂起を不問としましょう」
アーサーの言葉に、ノエルとリナは驚きを隠せなかった。
「それは、本気なんですか?」
「ええ。 更にプラネを国として認め、ギエンフォード将軍の管轄を含めプラネの領土として認めましょう。 勿論、国境警備やラバトゥとの交渉の窓口等はやってもらいますがね」
前回の条件ですら破格と言えるものだったのに対し、今回の条件はそれを圧倒的に上回っている。
敵対組織を許し、更に国として認め自分の国の領土まで与えるなど、普通に考えれば正気の沙汰ではない。
ましてやアーサーは王ではない
聖王はあくまで異名であり、アルビアの王はあくまで聖帝フェルペスだ。
当然最終的な決定権は全てフェルペスにある。
にも拘らずそんな無茶な条件をフェルペスに認めさせた。
元々のアーサーの発言力を考慮しても、かなりの労力を労した事は容易に想像出来る。
「それだけの価値が、今のプラネにあると?」
「ええ。 プラネや五魔だけでなく、貴方に対しても私は高く評価しています。 貴方が全面的に協力してくれれば、アルビアは必ずどの国にも負けない強国へと生まれ変わります。 そうなれば、もはやかつての様に侵略に脅えることは無くなるのです。 それがどういうことか、貴方なら理解出来るでしょう?」
兜から覗く視線が、アーサーの本気を物語る。
本気でアーサーはノエルを、プラネを味方に付けようとしている。
「アルビアの平和ですか。 確かに、それは父が命を犠牲にしてでも成し遂げたかった悲願です。 それが成されるなら、僕も喜んで協力したい」
「では・・・」
「ですが、アーサー殿。 僕達はそちらに付けません」
瞬間、アーサーの空気が微かにに変わった。
「やはり、そうなりますか」
ノエルは少し悲しそうに頷いた。
「貴方がどれだけ此方を認めてくれているのかは、先程の条件を聞けばわかります。 ですが僕達。味方に付けるのに、そんなものはいらないんです。 たった1つ。 たった1つの条件を認めてくれるだけでいいんです。 それさえしてくれれば、僕達はすぐにでも貴方達に協力出来ます」
たった1つの条件。
ラミーア復活計画の破棄。
それはノエル達の目的であり、ただ1つの願いだ。
「僕達にラミーア程の力はないかもしれません。 ですがそれでも、僕達と貴方達が手を取り合えばそれを越える成果が見えるかもしれません。 誰も犠牲にせず、新しい未来が築けるかもしれないんです」
「私達も犠牲は望んでいません。 ですから、最小限の犠牲で済む方法を模索しているのです」
「それでは駄目なんです!」
強いノエルの言葉に、アーサーは僅かに反応する。
「アーサー殿、僕はこの前人を一人殺めました」
突然のノエルの告白に、アーサーは意図が読めずにいた。
「アーサー殿からすれば恐らくたったの一人でしょうが、僕にとっては大きな一人でした。 それこそ、自分の理想の無力さを痛感する程にね。 でも最終的にはその死が教えてくれたんです。 自分の目指す道を」
「それが、誰も犠牲にしない事ですか?」
アーサーの問いに、ノエルは力強く頷いた。
「僕は命を奪ったことで、1つの命の重みを知りました。 もし今僕が貴方の誘いを受け最小限の犠牲を許容する様になれば、その重みをいつか忘れてしまう。 それは僕を信じて付いて来てくれた人達への、そして僕を許してくれた人達への裏切りです。 その重みを背負って、理想を実現する。 それが僕の目指す道です。 その為に、ラミーアの復活だけは絶対に認める訳にはいかないんです!」
絶対に揺るがない意思。
ノエルが示した決意を聞き、アーサーは感情を出さずに口を開く。
「現実を知ってもどこまでも青臭く、どこまで夢想し続ける。 ですが、貴方のそんな所がとても光輝いて見えるんでしょうね。 なら、私もその意思に応えねばなりませんね」
アーサーが指を鳴らすと、皆がいる岩山を大きな結界が覆った。
「な!?」
「なんだよありゃ!?」
岩山内では、レオナ達は急に展開された結界に驚きながら、事態を把握しようとしていた。
「ちょっとこれどうなってるの!?」
「どうやら何者かが、高密度の魔力結界が岩山全体を覆っている様です!」
「うがああああ!!」
ノーラの言葉を聞いたジャバが全力で結界の表面を殴り飛ばす。
だが、結界はびくともせず逆にジャバの拳を弾いてしまう。
「うがう! だめ! 全然壊れない!」
「お退きくださいジャバ様! レザースゥケイム! コラン!!」
ノーラの放った巨大な炎の竜巻が、結界に激突する。
それでも結界は欠片も歪むことなくその場にあり続けた。
「そんな!?」
「ふひひ、これはこれは。 ここまで強力な結界は珍しいね」
エルモンドは結界に振れると、興味深そうに表面を歪める。
「なるほど。 物理的な防御力は勿論、魔力防御もかなり高い。 おまけに火、水、風、土の耐性が明らかに高くされている。 どうやら僕の精霊対策だね」
「精霊対策って、まさか!」
「ここまで大規模な結界を張れて、尚此方の特性を理解している。 そんな敵は、僕らの知る中で一人しかいないね」
瞬間、エルモンド達は自分達の魔力が抑えられる感覚に襲われる。
「この忌まわしい感覚は、やはりあいつか」
かつて完全に魔力を無力化された感覚を思い出し顔を歪めながら、クロードは崩れ落ちぬ様に何とかリーティアに魔力を送り続けた。
その周囲の様子を見てエルモンドはふひひと笑った。
「随分威力を増した様だね。 完全ではないとはいえこの規模で魔力を封じられるとは、君は素晴らしい研究者だよギゼル君」
岩山なら離れた森の一画に、聖人ウリエルことギゼル、そしてその部下である白いローブ姿の女性、魔甲機兵団第六部隊隊長ミューの姿があった。
「いつ見ても見事な結界だな、ミュー」
「いえ、全てはギゼル様のお力があってのこそ。 私はそれを使わせていただいているに過ぎません」
岩山に手をかざしながら、ミューは静かに答えた。
ミューは防衛特化部隊の隊長であり、本来聖都防衛を主な任務とする。
その結界はアーサー達も認める程であり、範囲を限定すればラバトゥの城壁をも越える壁となる。
そして今、その結界はプラネを閉じ込める強固な檻と化していた。
「がっはっはっ! じゃが実際エルモンド達を閉じ込めとんだ! 大したもんだぞ嬢ちゃん!」
背後からの声に、ミューは首だけそちらに向け丁寧に頭を下げる。
「お褒めに与り光栄です、ラズゴート様」
ギゼル達の背後には、聖獣ラズゴート、聖竜カイザルとその相棒であるジーク、そして聖盾クリスといった残りの聖五騎士団最高幹部が勢揃いし、その後ろにはこの森の主である山脈巨象とジャバの使役している森の魔物達が倒れていた。
「皆護衛の任、感謝する。 流石にこの強度を維持したまま魔物の相手は出来ないからな」
「いえ、私は新参ゆえ、この位当然です」
「僕はまた美味しいご飯もらえればそれでいいよ」
カイザルとクリスがそれぞれ答える中、ラズゴートは一人複雑な心境だった。
(ついにここまで来たか。 こうなっては後は天運に任せる他ない。 リナ、ノエル陛下を頼む)
覚悟を決めながらも、心の中でかつての主の子であるノエルの無事を祈るラズゴートだった。
「アーサー殿! 何を!?」
「ご安心を。 貴方の民は誰一人傷付いていませんから。 ただ、邪魔が入らない様にしただけです」
そう言いながら、アーサーは腰の細身の剣をゆっくり抜いていく。
「言葉による交渉が決裂した以上、仕方がありません。 残念ですが、力づくで貴方達を従えさせます」
先程よりも冷淡な声で話すアーサーに、リナは好戦的な笑みを浮かべる。
「おもしれぇ! 邪魔もんなしで決着着けようじゃねぇか!」
拳を打ち鳴らすリナに呼応する様に、ノエルも刀を抜いて構える。
「貴方もやる気ですかノエル陛下」
「ええ。 僕には貴方が何故ラミーアに固執するのかわかりません。 ですが、お互い譲れないなら戦う覚悟は出来ています」
ノエルの覚悟に、アーサーは感情を見せず静かに構える。
「いいでしょう。 ならばお見せしましょう。 聖王アーサーの力を」
「てめぇこそ、魔王の力にビビんじゃねぇぞ!」
リナとアーサーは飛び出し、拳と剣がぶつかり合う。
今、魔王と聖王、プラネとアルビア双方の最強の二人がぶつかり合った瞬間だった。




