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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
163/360

香の残り香・2

 それはプラネに帰還してすぐの頃、バルドは岩山内の牢屋に監禁されていた。

 簡易的なベッドと小さな格子付きの窓以外何もない部屋で、バルドは全ての武器を没収され、両手を拘束された状態で座っていた。

 最も、既に体に仕込んでいた刃物等は気付かれずに忍ばせていたが、それを使う様子もない。

 ただただ静かに目を閉じたままベッドの上で座り続けていた。

「ふひひ、居心地はどうだい?」

 バルドは声に反応し目を開けると顔をしかめた。

「なんの用ですか魔人?」

 そんなバルドの態度に、エルモンドは気分を害することなく笑みを浮かべたまま牢屋の格子の前で立っていた。

「落ち着いてるね。 君の精神力は素晴らしいね」

「用がないのならさっさとお帰り願えますか?」

「そう邪険にしないでよ。 ちょっと確認したいことがあってね」

「貴方方に話すことは最早なにもありません」

「いやいや、まだ聞きたいことがあるんだよ。 例えば、君がエドガー君達を操っていた本当の理由とかね」

 バルドは返事をせず無反応だったが、エルモンドは続けた。

「どうも君の態度には色々と不自然な所がある。 そこら辺がどうしても気になってね。 もし良ければこの場で僕の考察を話したいんだけどいいかい? それとも君が話してくれるかい?」

 沈黙しようと思ったバルドだったが、エドガー達への感情の書き換えを見破ったエルモンドなら既に自分の真意を見抜かれていると思い、勝手に話されるよりはマシと口を開くことにした。

「貴方という人は、本当に気に入らない」

「誉め言葉としてもらうよ。 さてと、まず何から話してもらうかな」

「最初に断っておきますが、アムド達に対する感情の書き換えは裏も何もありませんよ。 私の目的の為に利用したまでです」

「でも、エドガー君は違った。 そうだろ? いやそもそも、君の目的自体本当は違うんじゃないのかい?」

 やはり見透かされていると感じたエドガーは、諦めた様に溜め息を吐いた。

「私の目的、それはエドガー様の幸福のみです」

 そこから、バルドはまるで懺悔の様に淡々と語り出す。

「私は幼少の頃からあの方にお仕えしてきました。 無邪気な所もあり、とても優しい性格をしておりました。 不敬にも、私はあの方を実の弟の様に感じていましたよ」

「そんな彼の感情を書き換えたというわけかい?」

 エルモンドの言葉に、バルドは頷いた。

「先程言った様にエドガー様はとてもお優しい方でした。 同時に、幼いながら責任感の強いお方です。 そんなあの方が、ご家族を残し自分だけ生き残るという状況で何を考えるか、貴方なら予想がつくでしょう?」

「まあ、最悪後を追うことになるだろうね」

 エルモンドの言葉を肯定する様にバルドの表情を曇らせる。

「当時のエドガー様は人を恨むことなど出来ない様な方でした。 例えそれが家族を奪った相手であっても」

「だから君は彼の感情を書き換えたというわけかい。 彼の精神を守る為に」

「そうだ。 魔帝、そしてアルビアへの憎しみの感情、それがあの方の生きる糧となると判断しました。 怒りや憎しみの力の強さは貴方もご存じでしょう?」

「まあね。 ついこの間君の香で体験させてもらったし、負の感情の瞬発的な強さは理解出来るよ」

「更にコキュート再興という目的を加える事で、エドガー様に生きる目的を与えることになります」

「なるほどね。 つまり君はコキュート再興の為にエドガー君達を利用したんじゃなく、エドガー君の為にコキュートを利用したというわけか。 自分の命さえも」

 エルモンドの指摘に、バルドの目付きが変わる。

「どうやら正解らしいね」

「いつから気付いていたんですか?」

「エドガー君に感情の書き換えがバレた後だね。 それまで器用に立ち回っていた君が明らかに変わったのがその瞬間だったんだ。 恐らく、君は感情の書き換えがバレたら責任を全て被り、エドガー君が新しい場所で生きられる様にしようと思ってたんじゃないかい? いや、もしかしたら再興したとしても、エドガー君の地位を確実なものにする為処断されるつもりだったんじゃないかな?」

 バルドはエルモンドの指摘に、驚きと呆れの混じった表情を浮かべる。

「貴方は、心でも読んでいるんですか?」

「そんな便利な能力あったら僕の好奇心はもっと満たされていただろうね。 人の、ましてや個人の感情や心は一番僕には読むのが難しい。 だからそれを理解して巧みに操る君の事は素直に尊敬してるよ」

「なるほど、私は1つ位は貴方に勝てたということですか」

 バルドは苦笑すると軽く宙を見上げた。

「事をスムーズに運ぶ為には、共通の悪が必要です。 そして私は主君や仲間の感情を無断で書き換えた大罪人。 その役に相応しいでしょう。 後はもう一押しして、エドガー様をプラネの者に信頼させねばなりません」

 そのバルドの表情には、ある決意が浮かんでいた。






「つまり、バルド殿はエドガー殿の為に?」

 ノエルの言葉にエルモンドは頷いた

「そこで僕も1つ頼まれてね。 自分が事を起こしたらシルフィーの風でリド君に事態が伝えてほしいって。 彼の性格上、虫の知らせ程度の予感でも必ず主の元に来るだろうとね」

 エルモンドの説明で、ノエルら漸く理解した。

 リナやクロード達他の五魔はあの時何かしら動こうとしていたが、エルモンドだけはなにもしなかった。

 それだけでなく、あの時珍しく弟子であるイトスも同行させなかった。

 それはつまり、回復に秀でたイトスにバルドを治させない為。

 バルドの死という形で事態をスムーズに進める為だった。

「バルド君は本当によく人の心理を理解してるよ。 憎しみの対象が別に出来れば、他の憎しみは大分薄れる。 それは大局としては優れた判断だよ」

「つまり、私が弱いからバルドはこの様な事をしたわけか」

 エドガーは力なく呟いた。

 その顔は先程の毅然としたものではなく、とても弱々しかった。

 自分が弱い為、バルドは感情を書き換えた。

 弱いから全てを利用し、自分の為に尽くした。

 弱いから、命を捨てた。

 全ては弱い自分を守る為。

 これならば寧ろ、自分の復讐心の為にエドガーを利用していたと言われた方がマシだった。

 それ程エドガーにとってその事実は辛いものだった。

「やはり私は、愚者のままだ」

「それは違うよ」

 自嘲気味に呟くエドガーに、エルモンドはキッパリ否定した。

「バルド君は君が弱かったから死んだんじゃない。 君が強くなったから死んだんだよ」

「どういうことです?」

「バルド君は最早エドガー君が自分がいなくとも歩いていけると判断したからこそ、全てを背負って死ぬ覚悟が出来たんだよ。 第一、本当に弱くて心配のままだったら、その相手を残して死ぬなんてとても出来ないだろうしね。 エドガー君が王として、そして一人の人間として十分強くなった。 あの時のノエル君との戦いでそれを感じたのだろう。 だから、彼は最後の役目を果たす決意が出来たんだ」

 ノエルの質問に答えたエルモンドは、エドガーの肩に軽く手を乗せた。

「君は十分、彼の望みを叶えるに足る人間になったんだ。 それだけは確かだよ」

 エドガーはバルドの墓に視線を向けると「バルド」と小さく呟き涙を流した。

「それとノエル君、君も彼から託されてたんだよ」

「え?」

「バルド君はあの時君に選択を迫ったね」

 ノエルはバルドがエドガーを人質に取った時、刀を投げる様に指示されたことを思い出す。

「あの時バルド君を抑えるだけならいくらでも出来た。 でも君はエドガー君の安全を優先した。 その時、バルド君は君がエドガー君を託せる人物だと確信したんだろうね。 だからこの先、君が経験するであろう事を自分の命を使って経験させた」

 その時、ノエルの中にバルドの最後の言葉が頭を過る。


『これが、命を奪うということだ』


「あの言葉は、そういう意味だったのか」

 ノエルは漸く言葉の真意を理解した。

 最初はバルドの言葉は呪詛の言葉だと思っていた。

 だが本当は自分の命を使い、命とは、殺すとはどういうことかをノエルに伝えた。

 もしノエルにその時が来た時、ノエルが自分のしたことで潰れぬ様に自分の命を使ったのだ。

 それはノエルに託したエドガーの為でもあった。

 ノエルはまだ斬った感触の残る手を見詰めた。

 斬った感触が、託された重みへと変わる気がする。

「さて、二人に最後に1つ、僕から言うことがある」

 二人を様子を見ていたエルモンドはニッコリ笑いながら話し出す。

「ノエルには前に王の役目とは間違えないこと言ったね。 でも、本当はそれだけじゃないんだよ」

「じゃあ、王の役目って?」

「間違いを最善を変えること」

 エルモンドはノエルとエドガーをしっかり見つめた。

「確かに間違えないことは大切だ。 間違えないことにこしたことはない。 でも何かを決断する前に、それが正解かなんて誰にもわからない。 だからね、大切なのは判断した後。 それがどんな結果だったとしても、その後それをどうするか? どう正解に、最善に近付ける様に努力するかにかかっている。 今回君達の下した決断は君達にとって最悪の部類かもしれない。 でも、その最悪をどう最善に変えるか、そのまま最悪のまま終わるかは君達次第だ。 だからね、足掻くことを忘れちゃダメだよ? それが死んだバルド君に対する、唯一の弔いだ」

 ノエルとエドガーは静かに頷くと、エルモンドは何かを思い出した様に懐から紙の束を取りだし、エドガーに渡した。

「これはバルド君に協力する報酬として貰った彼の全ての香の製法と使用法のメモだ。 でも本来隠しておく真実を君達に全てを話してしまったから、これは受け取れないね。 だからこれは、彼の主である君に返すよ」

 エドガーはメモを受け取ると、それを強く握りしめた。

「ありがとうございます、エルモンド殿」

 絞り出す様に礼を言うエドガーに、エルモンドはいつもの笑みを浮かべた。

「ノエル陛下」

 エドガーはノエルに向き直ると跪いた。

「これから一層、陛下の力になる為尽くします。 我が配下バルドの為にも」

 跪くエドガーに、ノエルは屈み同じ目線になる。

「ええ、僕もこれからより頑張ります。 だから一緒に前に進みましょう、エドガー殿」

「エドガーで構いません。 共に進むなら、いつまでも畏まった呼ばれ方をされるのは、配下として少々照れ臭いですからね」

「じゃあ、エドガーさんで。 改めてよろしくお願いします、エドガーさん」

「はい、ノエル陛下」

 調子の戻ったノエルとエドガーを見て、エルモンドはふひひと笑った。






 二人が戻った後、エルモンドは一人エドガーの墓の近くにいた。

「君も少しは安心したかいリナ?」

 声をかけると、木の影からリナが姿を表した。

「やっぱバレてたか」

「ああ。 ノエル君の為にやったら、余計ノエル君を傷付ける事になっちゃって、どうすればいいか心配でいたのは知ってたからね。 僕が連れ出せばこっそり付いてくると思ったよ」

 リナはバツの悪そうな顔をして舌打ちした。

「悪かったな、余計な事して」

「構わないさ。 お陰でノエル君は一回り大きくなれた。 後は普段通り彼と話してあげればそれでいい。 ケーキでもおねだりしてね」

「わかったよ。 で、どうなんだ?」

「? なにがだい?」

「あの話、どこまで本当なんだよ?」

 リナの言葉に、エルモンドは楽しそうに笑った。

「ふひひ、何か嘘っぽく聞こえたかい?」

「別に。 ただ、てめぇはなんでも教えるが、必要なら平気で嘘もつくからな」

「君も成長したね。 昔は疑わずに簡単に信じてたのに」

「何度騙されたと思ってんだよ? それに俺にはアイツがそんな善人には見えなかったんでな。 てめぇが色々上手く運ぶために裏で唆したんじゃねぇかと思ってよ」

 リナの追究に、エルモンドは否定せず笑みを浮かべたままだった。

「てめぇなら、回収した香見りゃ製法くらい簡単にわかんだろ?」

「まあそうだね。 事態の早期終息にはあれが最善だったし、製法も現物を見ればすぐにわかるのも確かだよ。 でも、それが嘘かどうかなんて誰にもわからない。 僕以外はね」

 エルモンドは背を向けその場か歩き出す。

「おい、エルモンド!」

「まあ別にいいじゃないか、バルド君の真実がなんでも。 聞いた人の好きな解釈でね。 ただ確かなのは、彼の死がプラネと元コキュートの蟠りを緩和したこと、そして今の話がノエル君とエドガー君が前に進む為に必要だったってことだよ」

 エルモンドはふひひと笑うと、そのままその場を去っていった。

「・・・・昔からてめぇのそういう所が苦手なんだよ」

 スッキリしないまま、リナはバルドの墓を一瞥しその場を後にした。

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