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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
161/360

コキュートの末路・2


 コキュートとの戦いから数日、ノエル達は漸くプラネに帰った。

 行きよりも時間がかかったのは単純に移動人数が増えたせいだ。

 合流したライルや荒くれ連合、ラバトゥの援軍に加えて元コキュート約30000と人数が増えたのだ。

 移動が遅くなるのも仕方がない。

 到着した元コキュートの面々はエドガーが纏めてくれていることもあり、今は落ち着いてくれている。

 彼ら全員プラネの新たな国民・・・・という訳ではない。

 エドガーが此方に下ったとはいえ、流石に約30000人全員プラネに付くわけではない。

 ロシュ達の様にエドガーと共にプラネに参加する者達もいれば、アムドの様にエドガーには従うが、まだわだかまりが完全に消えていない者達もいる。

 中には戦いから離れて普通の生活に戻りたいという者達も多くいる。

 だがコキュートに参加し、アルビアとも戦ってしまったせいで元々住んでいた町や村にはもう帰れない。

 そこで彼らが無事に普通の生活出来る様になるまで、サポートしながらプラネで一時預かることになったのだ。

 それがエドガーと約束したノエルの決断だった。

 幸いアルゼンからの物資もあり、当分の間は食糧は持つだろう。

 その間に色々整えていけばいい。

 勿論やることはそれだけではない。


 今回の戦の事後処理だ。


 結果として、プラネに死者は出なかった。

 リナの重力でコキュート側の動きが制限され、更にクロードの人形達が各所で皆をサポートした事が死者を出さなかった大きな要因だ。

 他にも人数が少なかった事もあり、クロードやレオナ達の手が届きやすかったという事もある。

 だが、代償も大きかった。

 死者こそ出なかったが、多くの重傷者を出し、ラバトゥ製の石動兵(ゴーレム)50体は全て大破、ジャバの従えたノクラの森の魔獣達も大多数が暫くは戦えない程のボロボロだった。

 更にリナ達五魔の消耗も激しい。

 特にリナとクロードは、大規模且つ繊細な魔力コントロールをずっとし続けたのだ。

 クロードに関しては更に100体いた人形も約7割以上が破壊され、無事だった人形と合わせて修理とメンテナンスに追われている。

 無論、レオナやジャバも消耗しており、エルモンドもバルドから受けた香による影響か調子は良くなさそうだ。

 五魔を含め、皆今は療養させるしかない状況だ。

 そこでノエルにある考えが過る。


 今のやり方をつらぬくべきか。


 勝つには勝った。

 自分の理想の為に皆が力を出し、必死に勝ち取った勝利だ。

 だが、王としてこれでいいのかという考えが過る。

 死者が出なかった事を当然と思うほどノエルは愚かではない。

 今回の事は運がよかっただけだ。

 そしてアルビアと本格的に争えば、そんな運など消し飛ぶだろう。

 敵の死者を気にし、国民に負担を強いる今のやり方は果たして本当に王として正しいのか。

 かつてギエンフォードとのやり取りで問われた自分の選んだ道の困難さを、ノエルは改めて感じていた。

 だがその事について悩む前に、ノエルにはしなければならないことがあった。






 プラネで皆が集まり話し合いの場としているいつもの集会所。

 そこでは普段とは違う緊張感が流れていた。

 集まったのはノエルを始め五魔とライル、ゴブラド達亜人の長達、そしてエドガーとロシュ、アムドといった元コキュート勢の幹部と数人の代表者だ。

 そんなメンバーの前に、一人の男が連れてこられた。

 バルド・ロディウス。

 元コキュート王、エドガーの執事であり参謀、そしてコキュート全員を影で操っていた男だ。

 姿を現したバルドに、アムドを筆頭にコキュートの一部の者達が睨み付ける。

 長年自分達の感情を勝手に書き換えられていたのだ。

 彼等が憎むのも当然だ。

 バルドは後ろ手に拘束されたままノエル達の前の椅子に座らされる。

 数日監禁されたせいで多少消耗していたが、その表情は戦場で会った時と同様落ち着いたものだった。

 これから行われるのは、バルドの裁判だった。

 コキュートの処遇はエドガーを含め大方決まっていたが、苦慮したのはバルドの処遇だった。

 バルドは自分の主であるエドガーすら香で長年操り、今回の戦を起こした。

 いわば影の首謀者だ。

 簡単に許してプラネに加えることは出来ない。

 表の首謀者であるエドガーの場合は、コキュートの民達からの支持もあった為ノエルに忠誠を誓う形で穏便に収める事が出来たが、バルドの場合そのコキュート勢からの怨みもある。

 下手に許せば、今丸く収まっているコキュート勢の反感を買いまた騒動が起きかねない。

 加えて、バルドの真意もまだわかっていない。

 エドガーは怨みを乗り越え、ノエルを認めてプラネに加わることを誓った。

 バルドがまだ魔帝への、そしてノエルへの怨みを持っているなら当然エドガーの様にすんなりとプラネに加えることは出来ない。

 だからと言ってエドガーを許した手前簡単に処刑することも出来ない。

 最も、ノエル自身処刑は元から考えてはいないが。

 そこでコキュート側の人間も交えて、改めてバルドの処遇を話し合うことになったのだ。

「さて、早速ですが彼をどうすべきか意見のある方はいますか?」

「処刑が妥当だろう」

 ノエルの問い掛けに真っ先に答えたのはアムドだった。

「この者は我々の感情を土足で踏みにじったのだ。 しかも主君であるエドガー殿すらも欺いてな。 その罪は万死に値する」

「勿論今回の戦の罪を彼一人に全て押し付けるつもりはありません。 仮定がどうであれ、あの戦は僕達コキュート側全員に責任があります。 ですがそれを考慮しても、彼が僕達にしたことは許せるものではないでしょう」

 ロシュの言葉にエドガー以外の元コキュートの代表者達も頷いた。

 最も触れられたくない感情を長年弄られ続けたのだ。

 考えるのも無理はなかった。

「だが簡単に処刑というわけにもいかんだろう。 その様な決定をすれば、そちらの者達の中にいらぬ動揺を生むことになる」

「ええ。 そうなれば余計な争いの火種になる可能性も十分考慮できます」

 レオノアとキサラの意見も確かに十分考えられる。

 エドガーを許したのにバルドを処刑すれば、中には全てをバルドに押し付けて都合のいい様に自分達を操作しようとしていると勘ぐる者も出てくる可能性がある。

 元々ノエル達に反感を持っていた者が多いコキュートの人間がそんな疑念を抱けば、また血が流れる事態になるかもしれない。

 それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

「バルド殿、貴方に聞きたいことがあるんですがいいですか?」

 ノエルの問い掛けにバルドは小さく笑みを浮かべる。

「構いませんよ。 なんなりとお聞きください」

「貴方は何故エドガー殿の感情まで書き換えたんですか?」

「全てはコキュート再興の為。 その為にはエドガー陛下はあまりにも弱すぎた。 だから私はエドガー陛下を強くして差し上げたのだ」

 迷いなく言い切るバルドに、ノエルはエドガーを想い複雑な気持ちになる。

 幼い頃から信頼し、最も頼りにしてきた存在が自分を利用したと断言されたのだ。

 信じていたものが偽りだったと知ったエドガーの心境は、どれ程苦しいものか。

「1つよろしいですか、ノエル陛下?」

 その時、ずっと沈黙を守っていたエドガーは声をあげた。

「バルドの件、私に任せてくれませんか?」

「いいんですか?」

「ええ。 バルドは元々私の腹心。 ならば彼の処遇も私が決めるべきかと」

「わかりました。 全てエドガー殿に任せます」

「感謝します、陛下」

 エドガーは軽く会釈すると、バルドの正面に立った。

「陛下ですか。 まさか貴方が奴をそう呼ぶ日が来るとは」

「私は王である事より、民を守ることを選んだ。 それがコキュートや私を信じて加わってくれた他の国の者達に対して私がすべき事だと、今回の戦で確信した」

「魔帝や五魔に殺された者達の無念は如何にお考えか?」

 心の傷を抉る様なバルドの質問に、エドガーは動じなかった。

「国とは民あっての初めて意味を為す。 その民の為になるなら、父上や兄上も理解してくれるはず。 それに、死した同胞(はらから)も今生きてる者を不幸にしてまで復習は願わないだろう」

「詭弁ですな」

「ああ。 全ては私の独り善がりな解釈だ。 だがそれを言えばお前のコキュート再興も同じだ。 お互い死者がそれで喜ぶと思い込んで必死に前に進もうとしている。 何とも滑稽な話だ。 いくら考えても、何が正しいか答えなどないのに」

 エドガーは屈んで視線を合わせるとバルドを真っ直ぐ見据えた。

「だがそれでも私は前に進むと決めた。 かつての怨敵と和解し、民にまた安寧が訪れる様に。 その為にはバルド、お前の力が必要だ」

 その言葉に、コキュート勢がざわつき出す。

「エドガー殿正気か!? その男が何をしたか貴方が一番わかっているはず!」

「その通りだアムド。 決して許しがたいことをバルドはやった。 だがそれをしたのは当時の弱かった私だ。 バルドを処刑するというなら、私も同様の罰を受けねばならない」

 アムドが黙ると、エドガーはノエルに跪く。

「私の監視の元、2度と過ちを繰り返させないと誓います。 ですのでどうか、バルドの助命をお願いいたします」

 頭を下げるエドガーの姿に、アムドやロシュ達もその想いの強さを感じ、納得したように口出ししなかった。

「ええ。 さっき言った通り全てエドガー殿に任せるつもりですから、それで構いません。 皆もいいですね?」

 ノエルの問いに、反論する者は誰もいなかった。

「ありがとうございます。 ノエル陛下」

「つくづく甘いですね」

 その時、バルドは拘束から抜け出し右腕でエドガーの首を絞めた。

「かはっ!」

「エドガー殿!」

「おっと、動かないで頂きましょうか?」

 その場の皆が動こうとした瞬間、バルドの親指から刃が現れ、エドガーの頸動脈に当てられる。

「下手に動けば、このままブスりといきますよ」

「貴様バルド!! 貴様の助命の為にあれほど頭を下げたエドガー殿を! そこまで堕ちたか外道め!!」

「勘違いしないで頂きたいアムド殿。 私はコキュート王族に代々仕える執事の一族。 王であることを辞めたエドガー様に仕える理由など、最早欠片もありません」

「貴様!」

 怒りで歯を食い縛るアムドを他所に、バルドは意識を他に向ける。

「おっと、余計な事はしないでくださいよ、バハムートにデスサイズ。 確かに貴方方の技なら私を今殺せますが、その衝撃でエドガー様から綺麗な血の雨が吹き出る事になるかもしれませんよ」

 バルドの視線の先で、クロードは火球を、レオナは指先から鉄の針を打ち出そうとしていた。

「ちぃっ」

「本当、とんでもないゲスねあんたは」

「なんとでも。 私は私の目的の為に動くだけです。 さて、ノエル陛下」

 視線を向けられノエルはバルドを睨み付ける。

「ふふ、そんな怖い顔しないで下さい。 先程温情をかけてくださったじゃないですか?」

「ええ。 その判断を今後悔している所ですよ」

「いけませんね。 王足る者常に冷静でなければ」

 バルドは刃をちらつかせノエル達を牽制する。

「私はこのまま失礼させてもらいますが、エドガー様を盾にするだけでは正直心もとない。 ですので、貴方のその漆黒の刀を頂けないですか? それほどの業物があれば、弱っている貴方達から逃げる位は出来るでしょう」

「いけない、ノエル陛、くぁ!?」

 止めようとするエドガーの首を締め上げるバルドに怒りながらも、ノエルは刀を手に取った。

「素晴らしい。 ではそのまま此方に投げていただきたい」

 ノエルは言われた通り刀を投げた。

 バルドはそれを取ろうと、空いた左手を伸ばす。

 だが、バルドの動きが突然止まり刀は床にカシャンと音を立てて落ちた。

 バルドは刀を取らなかった。

 いや、取れなかった。

 突然背中を何かに刺された感触がし、その場所から異様な熱さを感じた。

 やがてそれは激痛へと代わり、バルドの口から血が溢れる。

「ばっ、なにが・・・・」

 バルドが振り向くと、そこにはロシュやアムド同様にエドガーに仕えた暗殺者(アサシン)の姿があった。

「また、主を死なせる訳には、いかない」

「リド!」

 ライルとの戦いで負傷し今尚動けない筈のリドが、苦しそうに息をしながら小刀をバルドの背中に突き刺していた。

「き、貴様!!」

 バルドはエドガーを拘束していた右腕でリドを払い除ける。

 リドは床に叩き付けられたが、バルド自身刺された箇所からの出血と痛みでふらついている。

「今の内に取り押さえろ!」

 リナの言葉にジャバとライル、ラグザがバルドに向かって走り出す。

「ま、まだだ!」

 バルドは奥歯を噛み締めるとそこから勢いよく煙を吐き出した。

「野郎! まだこんなもんを!」

 煙は部屋全体を包み込み、バルドの姿を完全に消した。

「(このまま逃げる気か? いや、違う!)ノエル!!」

 リナが叫ぶと同時に、煙からバルドが勢いよく飛び出しノエルに迫った。

「せめて! 貴様だけは!!」

 鬼気迫る表情で迫るバルドに、ノエルは一瞬反応が遅れる。

「ノエル陛下!!」

 声と共に煙からノエルの刀が飛び出してくる。

 ノエルは咄嗟にそれを掴むと、居合い切りの要領で刀を振り抜いた。

 刀はバルドを斜めに切り裂き、そこから鮮血が飛び散る。

 ノエルはその光景に言葉を失うと、バルドは小さく口角を上げ、小さな声で囁いた。

「そうだ、これが、命を奪うということだ・・・・よく覚えてお!?」

 バルドが言い終わる前に、リナの拳がバルドの胸を貫いた。

 バルドが口から血を吐くと、リナは振り抜く様にバルドを床に叩き付けた。

「陛下! ご無事ですか!?」

「ノエル君、怪我はない!?」

 ゴブラドやレオナが心配して駆け寄る中、ノエルは呆然としながらバルドに視線を向ける。

 床に倒れるバルドは、既に絶命していた。

 目を見開いたまま息絶えたその姿に、ノエルの背中に今まで感じたことの無い暗く冷たい感触が走る。

「ぼ、僕は・・・・」

 動揺するノエルの頭を、リナがいきなり掴み抱く様に自分の胸に押し付けた。

「り、リナさ・・・・」

「こいつは俺が殺した。 お前じゃない」

 そう言うリナの抱き締める力が強まる。

 その時ノエルは理解した。

 リナは自分がバルドを殺したと思わない様に、わざわざ止めを刺したのだと。

 自分の為に、汚さなくていい手を汚したのだと。

 だが、それは意味を成さなかった。

 寧ろ自分のせいでリナに無用な殺しをさせてしまった罪悪感が、ノエルの中を蝕んでいく。

 それだけじゃない。

 自分の判断で、エドガーの命を危険に晒し、更にこんな結末を迎えさせてしまった。

 バルドを殺し、エドガーを傷付け、リナに手を汚しさせてしまった。

 ノエルは自分の中の溢れそうになる黒い感情を抑えながら、リナの胸の中で涙を流した。

 リナはそんなノエルを静かに抱き締め続けた。

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