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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
159/360

コキュートの末路・1


 朧気な意識の中その光景は広がっていた。

 それは決して消えない記憶の姿。

 多少驕りはあったが、王位継承者ではない次男の自分にも兄と同等の教育を施してくれた両親。

 次代の王となる者として、そして長兄として責任感の強かった兄。

 そして子供の頃からずっと住み続けた思い出の詰まった城。

 その全てが炎に包まれ、消えていく。


 悲しかった。


 家族を失った事実も勿論だが、大切なものが全て灰となっていくその光景をただ見ていることしか出来ない己の無力さが、ただただ悲しく、情けなかった。

 当時の自分に出来るのは、その光景を見て、感情のまま涙を流すだけだった。

『殿下、ご安心ください。 殿下の事は私が命に変えてもお守り致します。 貴方に幸福な人生が舞い降りる様に』

 そんな自分を、幼少の頃から付き従ってくれた存在の言葉と温もりが包み込む。

 その強くも優しい姿に、どれだけ救われたかわからない。

 最も辛い記憶と最も温かかった記憶。

 矛盾する2つの感情が同居する記憶の光景を見ながら、朧気な意識は光の中へと消えていった。






「ッ!?」

 意識を覚醒させたエドガーは勢いよく上体を起こした。

(私は一体? 戦いは!?)

 自分がどうしたのかわからず混乱するエドガーは、次の瞬間体の痛みを感じ顔をしかめる。

 痛みを感じたエドガーは咄嗟にその箇所を押さえるが、そこであることに気づく。

(手当てされている?)

 包帯が巻かれた体を見て、エドガーは周りを見渡した。

 そこは夜営用に建てられたテントの中で、自分は簡易的な医療ベッドに寝かされている様だった。

(どういうことだ? 私は確か、ノエル・アルビアと・・・・)

 漸く冷静さを取り戻し始めたエドガーは意識を失う前の事を思い出す。

(そうか。 私は敗れたのか)

 10年の歳月を懸けて望んだ復讐戦。

 因縁の魔帝の息子との戦いに敗れた事を理解し意気消沈するエドガーだったが、その胸中はどこかスッキリしていることに気づく。

(何とも不甲斐ない。 何が怒りの記憶だ。 これでは、バルドが感情を書き換えるのも仕方がない)

 エドガーは再び横になった。

 拘束すらされていない今なら、逃げることは容易かった。

 だが、エドガーにはその気力すら最早なかった。

「エドガー殿!」

 突然した声の方に視線だけ向けると、そこには宿敵であるノエルの姿があった。

 甲冑を脱ぎ私服姿のノエルの様子を見ると、恐らく自分の様子を見に来たのだろう。

 戦争を仕掛け、命を狙った相手になんとも甘いと思いつつ、エドガーはノエルから視線を反らした。

「よかった! 目が覚めたんですね!」

 そんなエドガーの事など気にする様子もなく、ノエルはエドガーに歩み寄った。

「大丈夫ですか? どこか痛む所は?」

「私はどのくらい寝ていた?」

 エドガーは無愛想に聞いた。

 本来なら返事もしたくはなかったが、敗残の将である自分を拘束もせず手当てし、あまつさえ護衛も付けず見舞いに来るこの男のことだ。

 無視しようがいらぬ世話を焼くに決まっている。

 ならば主導権を握り此方の知りたい情報を聞く方がまだマシだと判断した。

 ノエルはそんなエドガーの態度に気分を害する事もなく、素直に答えた。

「3日です。 怪我人の手当てもあって、まだ移動できていないんです。 貴方の意識もなかったですし」

「コキュートの者達はどうした?」

「あの後、ロシュさんがコキュート兵を止めてくれたお陰で、死者は出ていません。 ただアムドさんの様な重傷者は出たから、その人達の手当ても今進めています。 それとベラルガさんとギュスタブさんという人は行方不明です」

「そうか」

 ベラルガとギュスタブについては予想が付いていた。

 二人は元々自分の欲求を満たす為にコキュートに付いていた。

 ギュスタブはそれを隠していた様だが、彼の本心に気付くのは簡単だった。

 配色濃厚と見て早々にコキュートを見限り逃げたのだろう。

 ベラルガはジャバウォックに敗れたらしいが、恐らく途中で目を覚まし逃げたのだろう。

 戦闘を好む彼女だが、目覚めて逃げを選択したということはそれだけジャバウォックの力を驚異と感じたということだ。

 野生に近い彼女が本能的にそこまでの驚異を感じ取ったということは、最早プラネと戦うことは出来ないだろう。

 だがそんなことはどうでもいい。

 それよりも注目すべき点は、死者が出ていないという事実だ。

 表面には出さなかったが、エドガーは内心その結果に驚いていた。

 あれだけの戦場でそれはあり得ない事だった。

 しかもそれはプラネだけでなくラバトゥ等の援軍もコキュート兵を殺さなかったということだ。

 しかもノエルから直接指示を受けた訳でもないのにそうした。

 甘いノエルの配下ならともかく、あの城塞国家と恐れられるラバトゥの兵までもがノエルの意思を汲み、殺さぬ様に配慮したのだ。

 それはつまり、あの武王であるアクナディンとノエルがそれだけ密接な関係だということだ。

(それだけの男ということか、この男が)

 五魔だけでなくラバトゥにすら自分の意思を貫かせたノエルに、エドガーは自分の知る力以外の強さを感じざるおえなかった。

 だが不思議と悔しさはなく、その事実がエドガーを苛立たせる。

(バルドの香が無いと、こうまで腑抜けるのか私は)

 考えてみれば自分のいる所はいつもバルドの香で満ちていた。

 恐らくバルドがアルビアへの復讐心を失わせないように焚いていたのだろう。

「・・・バルドはどうした」

「手当てもして、今は意識もあります。 ですが、拘束して他の場所へ見張りを付けて隔離してあります」

「つまり、我が同胞(はらから)には香の事が知られているということか」

 ノエルが頷き、エドガーは理解した。

 ノエルはバルドの危険性を危惧したからではなく、守るために隔離したのだと。

 コキュートの人達からすれば自分の感情を書き換えられ利用されたのだ。

 中にはアルビアでの新しい生活に馴染めた者もいただろう。

 何も知らぬ子供もいた。

 それらを全て壊し利用された。

 バルドを怨み、襲撃する者も当然出てくる。

 それらからバルド守る。

 それが隔離の理由だ。

(つくづく甘い王だ。 いや、だからこそ五魔はこの男に惹かれたか)

 甘い理想を掲げそれを現実に叶えようとするノエルの姿は、五魔には眩しく魅力的だったのだろう。

 陰謀を巡らせ、血塗られた道を歩んだ者程、今のノエルの姿は眩しくも羨ましいものに見えるだろう。

(武王もこの男の真っ直ぐな所魅せられたということか。 私にはないものだ)

 そもそも最初から自分達を全滅させる気で戦えばもっと楽に戦えた筈だ。

 それをせずわざわざ自ら自分の元に来て戦を止めさせようとした。

 最後まで自分を説得し、それでも納まらない自分のアルビアへの怨みも全て受け止めた。

 完全に怨みが消えた訳ではないが、バルドの香が無くなり冷静になった今、王としてノエルに自分は勝てないだろうと悟った。

 そして、自分に幕引きの時が来たことも。

「状況は理解した。 それで、私はいつ処刑される?」

「処刑!? 何を言って・・・・」

「貴様こそ何を言っている? これだけの戦を仕掛けたのだ。 王としての責は負わねばならない。 貴様が我が同胞(はらから)に危害を加えないというなら、私は喜んで死のう。 それが傀儡の王でも出来る最後の選択だ」

 戦を仕掛けた首謀者の処刑。

 それが一番被害の少ない戦の終わらせ方だ。

 勿論それでも火種が残る場合もあるが、今回は違う。

 殺されるのは自分達を利用し操った王なのだから。

 ノエルはコキュートの民を悪しき王から解放した者となり、残った者達の復讐心も消えるだろう。

「・・・本気で言っているんですか?」

「当然だ。 それに私に最早王としての資格はない。 ならばせめて、形だけでも王としての役割を果たすさ」

 バルドに操られ10年にも渡る長い間アルビアへの復讐と、コキュートの再興のみを考えて生きてきた。

 だが最早それが潰えた今、冷静に民の事だけを考えることが出来る。

 少なくともノエルはコキュートの人々を強いたげる様なことはしない。

 ならば後腐れのないように自分が死ぬのが最良だ。

 それに、エドガーはもう疲れていた。

 何が自分の本当の感情かわからず10年間復讐の為に生き、王であり続けようとしてきた。

 責任感と苦しみと復讐心のみの10年だった。

 ノエルに敗れた今、漸くその重荷から解放されるのだ。

 エドガーがそう考える中、ノエルは立ち上がるとその腕を取り立ち上がらせようとする。

「な!? 何をする!?」

「貴方に見せるものがあります」

 ノエルから先程の温和な雰囲気が消え、エドガーを無理矢理立たせる。

「貴様、いい加減に!」

「黙って付いてきてください」

 有無を言わさぬノエルの言葉に、エドガーは思わず黙ってしまう。

 ノエルはエドガーの腕を引き、テントの外へと連れ出した。

 久しぶりの外の光に目を細めるエドガーだったが、徐々にその光景が鮮明となっていく。

 エドガーのテントの前には、ロシュを先頭に大勢のコキュートの民が集まってきていた。

「こ、これは・・・・」

 どういう事なのか理解出来ずにいるエドガーに、ロシュが声をかける。

「エドガー! よかった! 本当に意が戻ったんだね!」

 駆け寄るロシュに、エドガーは戸惑う様にノエルを見た。

「どういう事だ? 何故この者達は?」

「皆貴方を心配して集まったんですよ」

 ノエルの答えにエドガーは驚き益々混乱する。

「戦が終わった後、動ける人は大体ここにいましたよ。 いくらこっちの用意した寝床で休んでくれと頼んでも、貴方が心配だと言って離れないんです。 お陰で随分困りましたよ」

 やれやれと首を振るノエルに、ロシュが苦笑する。

「馬鹿な。 皆事実を知っているのだろう? なら何故まだ私を心配する?」

「貴方が僕達の王だからだよエドガー」

 ロシュはエドガーと真剣な表情で向かい合う。

「僕達は確かに感情を書き換えられていた。 それでも君が、僕達の王であり続けようとしていたことは知っている。 その重荷もね。 そんな君だからこそ、僕達は君を王と認めたんだ。 それはバルドの香が消えた今も、いや、消えた今だからこそ、それが本当の気持ちなんだとわかるんだ。 僕達にとって、君こそが王だったんだと」

 「それに」とロシュはずいっと顔をエドガーに近付け続けた。

「元々は僕だって皇太子だったんだよ? 国の再興とか色々背負っていたんだよ? そういうの全部呑み込んで君を王と認めたんだ。 血筋云々で言えば僕が王でもよかったのにだよ? わかってるそこの所?」

「ろ、ロシュ?」

 詰め寄る様にグイグイ来るロシュに戸惑うエドガーに、ロシュは急に表情を緩める。

「それでも僕は君を王と認めた。 少なくとも僕より王の器だと、僕より確実に皆の想いを遂げてくれると思ったからだよ。 だから、そんな君が腑抜けた顔しないでよ、エドガー。 どうなろうと、僕達は君に付いていくと決めたのだから」

 ロシュの言葉に賛同する様に、コキュートの民達から歓声が上がった。

 目の前の事に圧倒されるエドガーに、ノエルが声をかける。

「これだけの人達に認められるなんて、僕にはまだ出来ません。 曲がれもなく、この人達にとって貴方は王だったんですよ」

 その言葉に、エドガーの目に熱いものが込み上げる。

 あの日、城が焼け全てを失ったあの日以来流したことのなかった涙が、エドガーの両目からこぼれ落ちそうになる。

 最も信頼していたバルドに利用されていたと知り、もう何も残っていないと思っていた。

 そんな空っぽの自分を、彼らはまだ王と認めてくれる。

 付いてきてくれると言ってくれている。

 久しぶりに感じる温かい感覚に、エドガーの心が潤っていく。

 だがエドガーは涙を抑え込み、表情を引き締める。

「ノエル王。 少しいいか?」

 ノエルが頷くと、エドガーはロシュの肩を借り一歩前に出る。

 エドガーの意図を察したコキュートの民達は、その言葉を聞くため静まり返る。

「我が同胞(はらから)よ。 まずは私の不甲斐なさ故、諸君らの生活を壊し再び戦場に駆り立てた事を、そしてそれにも関わらず諸君らの心に敗北を刻んだ事を謝罪しよう。 本当にすまなかった」

 エドガーは深々と頭を下げると、再びコキュートの民と向き直る。

「だが諸君らはそんな私を、未だに王として認めてくれている。 諸君らの想いに応える為にも、私も諸君らの王として最後の役目を果たさねばならない。

 私は、今をもってコキュートの解散を宣言する」

 エドガーの言葉に、周りがどよめき出す。

「諸君らが混乱するのも無理はない。 だが私は、此度の戦で気付いたのだ。 大切なのはコキュートの再興ではなく、諸君らが新たな一歩を踏み出せる様にすることだと。 だからコキュートの存在は、最早諸君らにとって足枷にしかならない。 よって、コキュートを解散する事が最良と判断した」

 エドガーはそこまで話すと、ノエルへと向き直る。

「ついてはノエル殿に頼みがある」

「なんですか?」

「敗残の王の分際で不相応な願いなのは承知しているが、我が同胞(はらから)達が新たな生活を送れる様支援していただきたい。 その見返りとして」

 エドガーはロシュから降りるとそのままノエルに跪き頭を垂れた。

「私が貴方に忠誠を誓い、その大願成就の為命を懸けて尽くす事を約束しよう」

 アルビアを最も怨み、戦い続けてきたコキュートの王であるエドガーが怨敵である魔帝の息子に忠誠を誓う。

 それは民の為とはいえ決してあり得ない光景だった。

 少なくとも、コキュートの者達は想像すらしていなかっただろう。

 だがエドガーは頭を下げた。

 全ては自分が巻き込んだ自分の国民の為に。

 それが彼なりのけじめなのだ。

「それが、貴方の答えですか?」

 ノエルの問いに、エドガーは顔を上げて頷いた。

「元々死ぬつもりだったが、ここまでされて死んでは私は本物の愚王に成り下がる。 ならば生きて彼等の為に出来ることをする。 それが私の王としての最後の勤めだ」

 先程のテントの中と違い光の灯ったエドガーの眼差しに応える様に、ノエルは膝を折りエドガーの手を握った。

「約束します。 コキュートの民とそれに与した勢力全て、プラネが支え続ける事を誓います。 プラネ王、ノエル・アルビアの名に懸けて」

「感謝致します。 ノエル陛下」

 エドガーはノエルを陛下と呼び、再び深々と頭を下げた。

 それはエドガーがノエルを王と認めた証であり、魔帝ノルウェ時代からのコキュートの怨みの終わりを意味していた。

 エドガーの想いに応える様にロシュが、そしてその場のコキュートの民達がかつての王を讃える拍手を送った。

 





「たく、負けた側の演説って雰囲気じゃねぇな」

 少し離れた所でリナはその光景を眺めていた。

「で、あんたはどうすんだ? まだやるってんなら相手になるぞ?」

 リナが背後に目線をやると、そこには松葉杖を突いたアムドの姿があった。

「あそこまでの醜態を晒して、今更復讐等と宣う気はない。 それに・・・」

 アムドはノエルの肩を借り立ち上がるエドガーの姿を見た。

 その表情は自分の知っているものではなく、憑き物が落ちた様に穏やかだった。

「それに自分がいらぬことをしては、新たな主の覚悟に泥を塗ることになる」

「新たなって、お前もプラネに来るのかよ?」

「勘違いするなディアブロ。 自分は未だに故国の事を忘れていないしお前達を許した訳ではない。 だが、折角死に損なった命だ。 1度は王と認めた者の為に使うのも悪くはないだろう」

 そう言うとアムドは背を向けその場を後にした。

「素直じゃねぇおっさんだぜ」

 リナはそう言いながら、今の状況に悪い気はしなかった。

 自分達が滅ぼした国の者達と、こうして同じ道を歩めるようになるとは、欠片も思っていなかった。

 それを成し遂げたのもノエル一人では出来なかった。

 だが、ノエルが理想論を本気で現実にしようとしなければ起きなかった。

 ノエルの本気が五魔を、亜人達を、ギエンフォードやラバトゥを動かしたのだ。

「あ~あ、さっさと祝いのケーキでも喰いてぇな」

 リナはノエルとエドガーを眺めながら、楽しそうに笑った。

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