場外戦
プラネ対コキュートの決着が着いたその頃、丘の上の林を急いで移動するいくつかの人影があった。
「何をやっている!? 早くしろウスノロ共!」
ギュスタブはそのデップリとした体型に似合わぬ身軽さで林をかき分け、護衛の五人の傭兵達を怒鳴り付けている。
ベラルガがジャバに吹き飛ばされる姿を見たギュスタブは、早々に逃げを選択した。
コキュートは数で勝り、切り札の身体強化の発動もしていた。
その様な状態であるにも関わらず戦闘特化したベラルガが敗れた。
瞬間ギュスタブは悟った。
コキュートは負けると。
それを証明する様にプラネ側の援軍到着、リドやアムドといった幹部達の敗北、そしてついにコキュート敗北を告げる魔力球が打ち上げられた。
(クソ!クソ!クソ!! 再び大臣の地位に返り咲くチャンスを!! あの役立たず共が!!!)
ギュスタブは内心コキュートへの理不尽な怒りで満たされていた。
バルドの香の効果もあり、それはまさに腸が煮えくり返る程だった。
(だが、まあいい。 今は逃げ延びる事が先決だ。 コキュートなど、どうせ一時の隠れ蓑に過ぎん)
ギュスタブは香で増加する怒りすら呑み込み、逃げることへと神経を集中させる。
元々金と自分の命以外に執着のないギュスタブにとって、コキュートもプラネも、祖国すらもどうでもいい。
今この場で優先すべきは自分の命と金。
その2つへの異常な執着が、偶然にもバルドの香すら抑え込む精神力をギュスタブにもたらしていた。
(もう地位等どうでもいい! 今まで集めた活動資金を使い国外に逃げれば、それを元手にまた大金に囲まれたあの毎日に戻れる! 今の資金があれば過去を消して正式に市民権を買うことだって出来る! ファファファ、そうとも! 最後に笑う私こそ真の勝者だ!)
ギュスタブは己の未来を思い浮かべニヤリと笑った。
「ふぇっふぇっふぇっ、見た目の割に素早いじゃないか」
「な、何者だ!?」
突然した声にギュスタブは慌てて周りを見回す。
「お、お前達何をしている!? 早く私を守れ!」
ギュスタブが傭兵達に自分を囲ませると、目の前に一人の影が降りてきた。
「ふむ、自分を守る陣形としては定石と言える陣形だね」
降りてきた小柄な年寄りに、ギュスタブは見覚えがあった。
アルビアを攻める為に調べたリストの中にいた聖五騎士団ラズゴートの部下という情報を瞬時に取り出したギュスタブは、この事態を好機とみた。
「ま、待て! 貴殿はアルビアのラズゴート将軍配下の方か!?」
「おや、わしを知っとるとは、優秀な情報網をお持ちの様だね」
メロウが感心するのを見て、ギュスタブは畳み掛ける。
「私の名はギュスタブ! 旧アンドレス王国で財務大臣をしていた者だ! コキュートに無理矢理従わされていたが、今隙を見て逃げ出してきた! 貴殿に私の保護をお願いしたい! 無論、此方にはそちらの好意に報いるだけの用意がある! 情報でもなんでもそちらの望むものを提供しよう!」
ギュスタブの一番の武器はその交渉術だ。
その話術をもって財務大臣時代、そしてコキュートでの資金集めに大きな成果を残した。
現にコキュートがあれだけの人数を維持するだけの資金と物資を調達出来たのも、ギュスタブの手腕が無ければ不可能だったと言って過言ではない。
(この者に上手く取り入りアルビアの上層部に接触する。 そうすれば私の身は安泰。 上手く事が運べば貴族や大臣になることも夢ではない。 なんとしてもこの男に私が有益だと思わせねば)
ギュスタブはメロウの様子を伺いながら、自分の心情を悟られない様に口を開く。
「何がお望みかな? コキュートの様な反アルビア組織の情報? それともプラネの陣営ですかな? 金銭がお望みなら、コキュートの資金の隠し場所を・・・・」
「ああ待った待った。 そんないっぺんに話されちゃ頭がこんがらがっちまうよ。 こっちは年寄りなんじゃからの」
メロウの様子に、ギュスタブはチョロいと思った。
これなら上手くいきそうだ。
そう確信したギュスタブは、更に口を開こうとする。
「これは申し訳ない。 だがこの場は危険ゆえ出来れば移動を・・・・」
「待てと言っとるだろうが」
瞬間、ギュスタブの顔に赤い水の様なものがかかった。
ギュスタブはそれを拭おうとすると、一気に青ざめる。
「ひぃ!? ち、血ぃ!?」
大量の血に混乱するギュスタブだったが、顔を上げた瞬間更に奇声を発した。
自分を囲んでいた傭兵達の首が無くなり、切り口から血が吹き出している。
「ば、馬鹿な!? 何時の間に・・・・ッ!!?」
腰を抜かしたギュスタブの手元に落ちた傭兵の首が触れ、ギュスタブは声にならない悲鳴をあげる。
恐怖で混乱するギュスタブを気にする様子もなく、メロウは煙管を出すと軽く吸った。
「え~と、ギュスタブとか言ったか? お前さんの噂は聞いとるよ。 横領に脱税、国宝や罪人の密売とまあ随分悪どくやっとったそうじゃの~。 その上祖国や世話になったコキュートへの忠誠心も欠片もない。 あるのは自分の保身と金だけ。 金色卿と言う割には、腹の中が真っ黒だね」
自分の情報を次々話していくメロウにギュスタブは驚愕する。
アルビアは自分の、いやコキュートの情報を既に調べ尽くしている。
少なくとも自分の事がこれだけ知られているなら幹部クラスの詳細な詳報は確実にバレている。
ギュスタブは自分の体全体で警鐘が鳴らされている様に感じた。
だがこのままでは確実に死ぬ。
ならばなんとしても切り抜けなければ。
その思いが、ギュスタブの恐怖を無理矢理押し込ませた。
「そ、その通りだ。 私は己の安全と金さえ手に入ればそれでいい。 他のことなどどうでもいいのだ」
ギュスタブは自分の本音を語った。
最早駆け引きは無駄。
ならば本音を話し自分に利用価値を見出だしてもらうのみ。
この頭の柔らかさも、ギュスタブの強みの1つであった。
「だがそれは裏を返せば、それらを保証すれば私は決して裏切らない! アルビアに莫大な富を築かせる事すら可能だ! アンドレスやコキュートを見ろ! 確かに私は自分の私腹も肥やしたが、それ以上に国や組織も富ませた! 私の才覚があれば、アルビアを更に豊かな大国にすることが出来る! 私を利用すれば、アルビアは・・・・」
その時、ギュスタブの胸に衝撃が走った。
ギュスタブが恐る恐る見ると、胸にクナイが刺さっている。
それを認識すると徐々に刺さっている部分が熱くなり、そしてそれは激痛へと変わる。
「ぎ、ぎゃ~!!? 痛い! 痛い~!?!」
もがくギュスタブに、メロウはクナイを取り出しながらゆっくり近付く。
その姿には普段の飄々とした空気は欠片もなかった。
「お前さんも運が悪かったね。 普段ならその開き直りに免じて命くらいは助けてやってもよかったんじゃが、生憎今のわしは機嫌が悪い。 それにの・・・・」
メロウは冷徹にクナイをギュスタブに向ける。
「わしの主はお前さんみたいなのが一番嫌いなんじゃよ」
「ま、待っ!?」
ギュスタブが命乞いをしようとすると、無数のクナイがギュスタブに突き刺さり、その勢いのままギュスタブの体は木に貼り付けにされた。
ギュスタブの体はピクピクと動いていたが、やがてそれも止まり、完全に絶命した。
メロウがギュスタブの死体を一瞥すると、大きな拍手が鳴り響いた。
「いや~お見事お見事! 流石獣王の目と言われるラズゴート殿の腹心ですな~!」
アルゼンから盛大な拍手と賛辞を贈られながら、メロウは機嫌が悪そうにフンと鼻から息を出した。
「こんなもん何にも自慢にもなりゃせんよ。 お宅の秘書の嬢ちゃんでも片手で片付く程度の連中だよ」
「いやいや、我輩はメロウ殿の技術に感嘆したのです! 一瞬で傭兵の首を切り落とし、あの体格のギュスタブ殿をこの様な小さな獲物で貫き、揮に張り付けにする! これが、かつて穴蔵の暗殺ギルド1の暗殺者の実力というわけですな! いや実に素晴らし・・・・」
瞬間、メロウのクナイがアルゼンの首筋を掠めた。
メロウの大きな目がギョロりとアルゼンを睨み付ける。
「つまらない挑発するんじゃないよ? わしと殺りたいんだろうが、生憎こっちは無駄な殺し合いも暗殺稼業ととっくに辞めとるんだからな」
その目から放たれる殺気に、アルゼンは背筋が震えた。
勿論恐怖ではなく、歓喜の震え。
どこまでも冷たく、業物の刃の様な鋭いメロウの殺気は、アルゼンにとって心地いいものだった。
「いや、失礼。 我輩も久しぶりに胸が踊ってしまい、ついついはしゃぎすぎてしまいました」
自分の殺気に怯むどころか上機嫌のアルゼンに、メロウはこれ以上の脅しは逆効果と悟り殺気を納めた。
「たく、お前さんの戦闘好きは本当病気だよ」
「否定は致しません。 強者との死闘こそ、我輩の至福ですからな。 特に今回のノエル陛下とコキュートのエドガー陛下の一戦はこの戦のメインイベントと呼ぶに相応しいものでしたな」
「・・・・本当厄介なことをしてくれたよあの小僧は」
そう言ってメロウは煙管に新しい葉を入れ火をつける。
メロウの不機嫌な理由はノエルの勝利だった。
勿論ただの勝利ならばここまで不機嫌にはならない。
むしろ暴走する危険性の高いコキュートが敗れた事は喜ばしい事だし、自分の主のラズゴートもノエルの勝利を知れば喜ぶだろう。
だが、メロウの危惧はその後にある。
(もしわしの読み通りに事が進めば、とうとう本格的にあの小僧共と殺り合わんとならんのぅ)
五魔の力を使い虐殺を行っての勝利ではなく、コキュートの大部分を生かしたまま勝利するというより困難なことをやり遂げたプラネの力を、アーサーが見過ごす訳がない。
アーサー自身多少情が移ったのか半年という猶予をプラネに与えていたが、もはやそんなものを待っていられなくなるのは確実だろう。
(おまけにラバトゥとギエンフォードの小僧まで向こうに付いとるし、あの若作りエルフも何かしらプラネに協力するだろうよ)
共に戦を見ていた賢王マークスは、ノエル対エドガーの決着を見てすぐに分身体を消した。
ラバトゥや間接的とはいえセレノアまでプラネに協力したのを見て、恐らく何かしらやる気でいるのだろう。
当然、アルビアに不利になりプラネの助けになる様なことを。
しかもプラネに恩を売り、アルビアとも明確に敵対しない厄介な方法で。
そうしてどちらが勝っても利益が出るように動く、それがメロウの知るマークスという王だった。
(アルビア周辺の四大大国のウチ3つがプラネに付く。 完全に連携を取られる前に潰すが定石。 ラズゴートの小僧がまたキツい思いをしそうじゃな)
これで自分の主がまたノエルの事で苦しむことになる。
そう思うとメロウは何とも言えぬ苛立ちを覚えずにはいられなかった。
その上今は戦闘狂アルゼンの相手までしなくてはならず、機嫌は最悪と言っていい状態だった。
「で、お前さん結局どっちに付くんだい?」
メロウの質問に、アルゼンはニヤリと笑った。
「さてさて、どうしますかな。 我輩としては両方を敵に回して五魔と聖五騎士団両方と戦いたいくらいです」
「やりたきゃ勝手にしな。 わしゃ止めんから」
「ははは、まあいくら我輩でもそれでは体が持ちませんからな。 どちらに付くかは、じっくり思案しなくては」
アルゼンはかけている色眼鏡の奥の瞳を光らせ、楽しそうに思案し始める。
だがメロウにとって、アルゼンがどちらに付こうと関係なかった。
わかるのは1つ。
次に起きる大きな戦が、プラネとアルビア最後の決戦になるだろうということだ。
(そうなれば今回の様にはいかん。 はたして誰が生き、誰が死ぬことになるのやら)
メロウは確実に来るノエル達との決戦への複雑な想いを乗せ、煙管の煙を吐いた。




