決着
エルモンドがバルドを下し、その場は静まり返る。
「師匠、大丈夫なんですか?」
「ふひひ、心配ないさ。 まだ若干の影響は感じるけど、君らを攻撃したり暴走はしないから安心しなよ」
心配するイトスにエルモンドはいつもの笑みを浮かべ答えた。
「エルモンドさん、あの香わざと受けたでしょ?」
「まあね。 香自体もだし、理性の働かなくなる激情ってものにも興味があったからね。 いい経験が出来たよ」
あっけらかんと言うエルモンドに呆れながら、ノエルはロシュ達に向き直る。
ロシュ達は完全に意気消沈している様だった。
「どうします? まだ続けますか?」
ノエルの問いに、ロシュは静かに首を横に振る。
「もう、僕達は自分の感情が信じられない。 どこまでが本当のものなのか、どこまでが書き換えられたものなのかすらわからないのだから。 例え元々アルビアに対する憎しみがあったにしろ、それすらもうどうでもいいよ」
ずっと自分の意思で進んでいたと思っていた事が、全てバルドの手の上だった。
純粋に抱いていた気持ちすらバルドに書き換えられていたのではないかという事実は、ロシュ達の心を折るには十分すぎた。
今のロシュ達は、自分が本当に何をしたいのかすら、何もわからない状態なのだから。
ロシュの答えを聞き、ノエルは今度はエドガーに向き直る。
「エドガー殿。 もう終わりにしましょう。 これ以上続ければ、それこそ罪のない貴方の民が傷つきます。 我々プラネもそれは望んでいません。 どうか、戦を治めてください」
先程から沈黙するエドガーに、ノエルは手を差し出す。
エドガーは静かに、その手に視線を移す。
だが次の瞬間目を見開き、持っていた尖槍をノエルに振るった。
何本もの氷柱と共に襲ってくる斬激を、ノエルは黒炎で氷柱を防御しながら尖槍を刀で受け止める。
「エドガー殿!?」
「ふざけるな! 誰がここで止まるものか!?」
エドガーはそのまま力任せにノエルを弾き飛ばす。
「バルドを倒したからと図に乗るな! まだコキュートには私が、コキュート王エドガー・リノリスがいる!!」
「エドガー陛下! いや、エドガー! もう止めるんだ!」
戦意の衰えないエドガーをロシュが止めに入る。
「僕達はバルドに操られていたんだ! この復讐心も、10年間の怨念も皆バルドに植え付けられるか強化されたものだ! そんな復讐心の為にこれ以上戦うのは・・・・」
「そんなもの関係ない!!!」
説得しようとするロシュの言葉をエドガーは遮り、ノエルを睨み付ける。
「バルドに憎しみを強化されようが感情を書き換えられようが関係ない! 10年前のあの光景の記憶は嘘偽りのない私自身の記憶だ! あの時感じた喪失感と己の無力さへの怒りの記憶はな! それだけ確かなら、私には十分すぎる理由だ!」
感情を操作される前の原初の記憶。
それは忠信に裏切られ利用されていたという事実を知ってなお、エドガーを突き動かす。
「貴方は、まだ復讐の為に戦い続けるというんですか?」
「無論だ! そして私は王だ! 仮にも王と名乗った者として、この戦を始めた責任が私にはある! 例え偽りの王であろうが、利用されただけの傀儡の王であろうがそれは変わらない! 私は、私を王として付いてきた者達の為に、戦いを完遂する! 例えそれが、どの様な結果になろうとな」
最後の言葉を、エドガーは噛み締めるように言った。
それは自分に付いてきた者達への責任であり、彼の背負う王としての矜持なのだろう。
どの様な形であれ、彼もまた王なのだ。
それは自分と同じ、いや、ある意味自分よりも過酷な覚悟だったのかもしれない。
少なくとも、エドガーは10年前の幼い時から、その覚悟と共に生き続けていたのだから。
ノエルはエドガーの覚悟を汲み取ると、静かに口を開く。
「もし、この戦いで僕が勝てば、戦を止めてくれますか?」
「約束しよう。 コキュート王、エドガー・リノリスの名に懸けて」
エドガーの返答に、ノエルは刀を構える。
「なら、僕も全力で貴方の覚悟に応えましょう。 プラネ王、ノエル・アルビアとして」
「なら、始めようか!」
エドガーは尖槍を振るい氷柱にノエルを襲わせる。
氷柱は螺旋状に回転し地面を抉りながらノエルへと迫る。
ノエルは黒雷と黒の強化魔術で身体を強化し氷柱を避ける。
先程より速度の上がったノエルの動きに驚きつつ、エドガーは自分の足元に氷柱を出し、それに乗り何本の氷柱と共にノエルに突撃する。
ノエルは氷柱を襲い来る飛び移りながら、エドガーに接近し斬り結ぶ。
「すげぇ。 あいつらなんつぅ戦い方してんだよ」
「ふひひ、ノエル君もだけどエドガー君もやるじゃないか」
上空で戦うノエルとエドガーを、エルモンドは感心した様に見上げる。
特にエドガーは既にノエルに左肩を斬られている。
加えてバルドの裏切りの件もある。
肉体と精神両方で深手を負いながら今のノエルとここまで渡り合えるのは、エルモンドから見ても賞賛に値するものだった。
「私は、私は負けられん! 死したコキュートの同族の為、付いてきた同胞の為にも! 何がなんでも負けられん!」
「それは、僕だって同じです!」
エドガーの鬼気迫る気迫にノエルは正面からぶつかった。
かつてアクナディンが自分にした様に。
それが王としての責務を果たそうとするエドガーへの、最大限の礼だと知っているから。
既に互いに傷付き、魔力も消耗してきている。
二人の拮抗はいつ崩れてもおかしくなかった。
そして、それは突然訪れた。
「ぐっ!?」
先に限界を迎えたのはエドガーだった。
周りを飛び交う氷柱が統制を失い始め、その形が崩れ始める。
「まだだ・・・・まだ終われるか~!!!」
エドガーは氷を右腕事尖槍に纏わせる。
巨大な氷の槍となった右腕で、ノエルの穿つ為渾身の一撃を放った。
「消えろノエル・アルビア!!」
大きな金属音と共に、氷の槍がノエルに届いた。
そうエドガーには見えていた。
だが次の瞬間、エドガーの氷の槍は音を立てて砕け散った。
「な!?」
驚愕するエドガーの視線の先には、漆黒の炎と雷を纏う刀を構えるノエルの姿があった。
「終わりです」
ノエルは刀を振るい、エドガーはそれをガードする。
だが刀を受けた尖槍は、エドガーの体事斬られた。
エドガーの体は斜めに斬られ、傷口から血が滲み出す。
「これが・・・・貴様の・・・・」
何か言おうとしたエドガーだったが力尽き、それに呼応する様に、周りの氷柱が全て砕け散った。
ノエルは落ちるエドガーを掴むと、優しく地面に下ろした。
「エドガー!」
下ろされたエドガーにロシュは慌てて駆け寄った。
エドガーは意識こそ無かったが、まだ生きていた。
「よかった。 でも、なんで・・・・」
「僕は戦を終わらせたいだけです。 無駄に命は奪いませんよ」
穏やかにノエルが答えると、ロシュは混乱しながらも、どこか安堵の表情を浮かべる。
そして全てを受け入れた様に、小さく息を吐いた。
「・・・・彼に代わって、皆に知らせて。 戦は終わったと」
ロシュが部下の魔術師に命じると、魔術師達は一斉に空に光の球を打ち上げる。
そしてロシュは立ち上がると倒れたバルドの懐から香炉を取り出した。
「これは、バルドが解毒に使う香が入っているものです。 貴方なら、これを使って皆を正気に戻せますよね?」
ロシュが香炉を差し出すと、エルモンドはニッコリ笑った。
「ああ、任せてよ」
エルモンドは香炉をイフリートの炎で灯すと、出てきた煙をシルフィーの風に乗せ戦場へと運んだ。
ライル達の目の前でそれは起こった。
戦っていたコキュート兵の動きが止まり、その体が徐々に元に戻っていく。
「おい、こいつはもしかして!」
「ええ、ノエル様が勝利されたんです」
リーティアの答えに、ライルはガッツポーズを決めた。
コキュート兵は元に戻ると、反動で体の力が入らず倒れたり、意識を失ったりしていく。
「急いで彼等の手当てを! 戦は終わりました! もう敵味方関係ありません!」
キサラの言葉に頷くと、ライル達は倒れたコキュート兵達の手当てを始める。
その光景を見たリナは、ノエル達がいる方向に視線を移す。
重力は解除したが、流石のリナも今回は消耗しきっていた。
だが、その表情は晴れやかだった。
「本当にやりやがったな、ノエル」
リナはやり遂げたノエルを思い、ニヤリと笑った。
こうして、プラネとコキュートの戦は、プラネの勝利で幕を閉じた。




