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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
152/360

それぞれの対峙


「これはこれは、なんとも珍しい光景ですな」

 アルゼンは興味深そうに戦場を見詰めていた。

 コキュート側の兵は皆謎の強化が始まりその姿が変容。

 リナの重力にも耐え、ジャバ達に気絶させられた兵達も復活、先程とは比べ物にならない力を発揮している。

「これは、一体どういうことなの?」

「ふ~む、我輩もこの手のものは専門外ですからな~。 メロウ殿はわかりますかな?」

 秘書のリザの質問をそのまま自分に振るアルゼンにヤレヤレとため息を吐きながら、メロウは渋い顔をする。

「さてね。 わしだってこんなもんはわからんさ。 ただ言えんのは、ありゃかなりリスクがデカイもんだってこと位だよ」

 急激に体を強化させることは、それだけリスクも大きい。

 ましてやコキュート兵には兵士ではない一般人が多い。

 体を鍛えていない者にあのレベルの変化が起これば体は壊れ、最悪死ぬ。

 その事を理解し、かつその用な方法を取るコキュート側にメロウは不快感を感じていた。

「流石あの獣王の知恵袋だ。 あれの危険性にすぐ気付くなんてね」

 背後からした声にメロウは顔をしかめた。

「あんた向こうで見てたんじゃないのかいルシス王?」

 反対側の丘で見ていた筈のマークスの接近に動じることなく、メロウは煙管をふかした。

「これはこれは! かの賢王がわざわざ此方に来ていただけるとはなんたる光栄ですな~!」

「私も君に会えて嬉しいよアルゼン君。 君のお陰でこんなむさ苦しい場所で美しい花に出会うことも出来たしね」

 アルゼンの横にいるリザにウィンクをするマークスに、リザは緊張しなからも頭を下げた。

「わざわざなんでこっちに来たんだい? あんたこんなとこにいるのバレたらまずいんじゃないのかい?」

「それは、同盟国の中でこんな戦が起きれば、心配で駆け付けるのは当然だよ」

「よく言うよ。 アルビアとプラネ、どちらに旨味があるか品沙汰目に来たくせに」

 一国の王に対して不敬と言える態度のメロウに、マークスは不快に思うどころか楽しそうに笑う。

「いいね君。 君みたいな人材は私は大好きだよ」

「そうかい。 じゃあ大好きついでにあちらさんが何したのかご教授願えるかい賢王殿」

「残念ながら私にも正体はわからないよ」

「ほぉ~、貴殿程の方ですらわからないのですか?」

「私だって万能じゃないよアルゼン君。 薬でもないし、魔力でもない。 一番近いのは洗脳だけど、先の状況を見るとそれも違う。 でも、これだけ精神的、肉体的に影響を与えるもの。 エルモンドならわかるんだろうけどね。 ただ1つ言えるのが・・・」

 そこで先程まで軽かったマークスの目付きが賢王のそれへと変わる。

「このままだと確実にプラネは負けるよ」






 エルモンドはバルドと対峙しながらシルフィーを出現させる。

 その風により戦場全体の把握を試みたのだ。

 戦場全体を見た感想はかなりまずい。

 強化されたコキュート兵にプラネ側は防御に徹している。

 この戦は攻めていればプラネ側に利があるが、守勢に回れば数の多いコキュートが断然有利となる。

 善戦していると言えるが、それでもこのまま続けば確実に呑み飲まれプラネは負ける。

 ノエルがエドガーを倒しても今の様子では止まるかどうかも微妙な所。

 つまり、エルモンドがこの謎の強化の正体を探り出さなければプラネの勝ち目はない。

 そんな状況でも、エルモンドはいつもの態度と笑みを消さなかった。

「随分余裕ですね。 私等すぐに処理できるとお思いですか?」

「ふひひ、いやいや違うよバルド君。 僕自身楽しいのさ」

「楽しい?」

「そうとも。 自分にとって未知のものと対峙しそれを知り経験出来ることが、僕にとってこれほど楽しい事はないさ」

 己の知識欲と好奇心の疼きに更に笑みを深めるエルモンドに、バルドは不気味さを感じながらもそれを表には出さなかった。

「この状況で楽しいなどとは、魔人とはどうやら現状が見えぬ愚か者の事を言うようですな」

「その愚か者でも、幾つかはわかった事はあるよ」

「なに?」

「まず、リックス君の部隊が何故半壊だったのか。 それは全滅させる前に君達の兵力の体に限界が来たから。 つまり時間制限がある。 それともう1つ。 今の強化は君の持っている香炉のせいじゃないということ。 コキュートには特殊な香を使う一族がいるとは聞いているけど、それならシルフィーの風で全て無効化出来る。 つまり、その香は彼らを強化させるトリガーの役目をしているに過ぎないってことだよ」

 いつも通り敵に解説するエルモンドに、バルドは驚きながらも冷静だった。

「僅か短時間でそこまで理解するとは、愚か者という評価は撤回致しましょう。 ですが、貴方が全てを見抜く前に、プラネ本隊が潰れるでしょうがね」

 バルドが違う香炉を取り出すのを見ながら、エルモンドはその笑みを消さなかった。

「ふひひ、皆を舐めない方がいいよ」






 


「ウガアアアアアア!」

「ガアアアアアアア!」

 ジャバが雄叫びを上げながらその拳を振るうと、ベラルガは爪を振るい激突させる。

 純粋な力同士のぶつかり合いに、両者は後方に弾かれる。

「うがぅ。 おまえ、なんだその体?」

 ジャバの目に映るベラルガも強化の対象で、その姿は瞳は血走り一回り巨大化している。

 その為、ジャバとも打ち合えるだけの剛力をも手に入れていた。

 ベラルガは当初よりも凶悪な表情になりながらも、少し不満そうだった。

「たくよ、もう少し素で楽しみたかったってのに、余計な横槍入れやがって。 向こうでなんかあったか? ま、あたしは楽しめりゃそれでいいけどな!」

 ベラルガは跳躍するとジャバに向かっていく。

 猫科獣人独特のしなやかさを活かして素早く移動するベラルガは、その太く長い両手に体重を乗せてジャバに襲い掛かる。

 ジャバはそれに瞬時に反応し払う様に腕を振るう。

 ベラルガはそのままジャバの腕に飛び乗り一気に駆け上がる。

 そしてその鋭い牙でジャバの喉元に噛み付いた。

 ジャバは痛みに声をあげベラルガを掴もうとするが、ベラルガはすぐに離れて再び距離を取る。

 離れる時に食いちぎられた場所から血を流しながら、ジャバは威嚇する様に唸る。

 ベラルガは先程からこうしてヒット&アウェイを繰り返しながら、少しずつジャバにダメージを蓄積させている。

 それはまるで、狩りで獲物を疲れさせるかの様だった。

 ベラルガは食いちぎった箇所を吐き出すと獲物を狙う獣の目になる。

「どうしたジャバウォック? あんたこんなもんかい?」

 挑発する様に言うベラルガに、ジャバは威嚇しながら距離を保つ。

 そんなジャバに、ベラルガは違和感を覚える。

(おかしいね。 昔見たこいつはもっと激しかったんだけどね)

 かつてベラルガが見たジャバは縦横無尽に戦場を駆け回り、その巨体と豪腕で全てを凪ぎ払うまさに魔獣だった。

 だが今のジャバはそんな気配はまるでない。

 何か自分を抑えている様な・・・・そこまで考えてベラルガはあることに気が付いた。

「あんたさ、まさかとは思うけど周りを巻き込まない様にとか考えてないだろうね?」

 その指摘に、ジャバは驚いた様に目をぱちくりさせた。

「本気出したら、仲間巻き込む。 みんなに怪我させたくない」

 ジャバ達の戦っている場所は戦場のど真ん中だ。

 他の兵は二人の闘いに巻き込まれない様にある程度離れてはいるが、乱戦となった今、ジャバが本気で暴れれば十分被害が出る位置にいた。

 それを聞いたベラルガはガッカリした様にため息を吐く。

「なんだよそりゃ。 随分あまっちょろくなったもんだな」

「? 群れの仲間護るのは当たり前だ。 おまえもそうじゃないのか?」

 本当にわからないという顔をするジャバに、ベラルガは近くいた自分の味方を何人か爪で引き裂いて見せた。

「!? おまえ! 何してる!?」

「下らないねぇ。 所詮この世は弱肉強食。 弱くて邪魔な奴は死ぬんだよ。 獣の世界じゃ当たり前だろ?」

 ベラルガは祖国では英雄と呼ばれる程の戦士だった。

 だがそんな彼女にあるのは愛国心でも忠誠心でもなく、強者と闘いたいという戦闘欲と弱肉強食という野生の考え。

 故に祖国が滅ぼされても、それは祖国が弱かったからと何も感じなかった。

 ただそんな彼女の性質ゆえ、居場所が戦場しかなかった。

 コキュートに加わったのもただ闘える居場所が欲しかったからに過ぎない。

 だから本気で強者と闘う為なら、邪魔になるものは全部排除する。

「さてと、あんたがまだ本気で暴れられないってんなら、その周りにチョロチョロしてる連中先に消してやろうか? ・・・・!?」

 瞬間、ベラルガの体に何かが走る。

 それは獣人であるベラルガの野生の本能が何かを警告している感覚。

 ベラルガが顔を向けると、怒りの表情を浮かべるジャバの姿があった。

(こいつは、殺気!? こんな凶悪なもん、今まで受けたことが・・・・)

「おまえ、獣違う!」

「な、なに?」

「獣が闘うのは獲物を狩る時と、自分と仲間を護る時だけ! でもおまえ、自分の仲間傷付けた! 自分が楽しむだけの為に仲間捨てた! そんなの獣でもなんでもない!」

 元来ジャバは優しく仲間想いな性格だ。

 それは自分を護るためその身をは捧げた母ディーアの影響もある。

 そんなジャバにとって、自分の仲間を簡単に傷つけるベラルガの行為は、理解出来るものではなく、許せないことだった。

 自分の行為がジャバを怒らせた事を理解したベラルガだったが、その表情はより凶悪さを増す。

「獣じゃないか! 上等だよ! だったら最強の獣喰らって、最強の化け物にでもなってやるさ!」

 本能の警告を無視し、己の戦闘欲を満たす為にベラルガは突撃した。

 最強の魔獣を引き裂く為に。

「ウガアアアアアア!!」

 だがその欲はジャバの雄叫びでかき消された。

 ベラルガの突撃は、ジャバの突進に簡単に弾き返された。

 頭部に被った母親である巨大鹿ディーアの角に自慢の爪は砕かれ、上空へと吹き飛ばされる。

 先程の様に飛び乗ることも打ち合う事すら出来ず簡単に吹き飛ばされた事に、ベラルガは愕然とする。

「嘘だろ・・・・・まさか、こんな馬鹿な事が・・・・」

 全身に走る痛みすら忘れ、ベラルガは状況を理解しようと必死になる。

 だが、それも全て無駄に終わった。

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ジャバの咆哮をもろに喰らい、ベラルガはコキュート軍の後方へと吹き飛ばされる。

 ベラルガは何人かの兵を巻き込みながら地面に激突し、そのまま意識を失った。

「おまえこれで反省しろ」

 ジャバはそう言うと元の表情に戻り、仲間を助ける為再び戦いの中へと駆けていった。


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