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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
149/360

開戦


 左右を小さな山や丘に囲まれた横長の盆地地帯、それがゼノだ。

 丘の間には草原が広がり、既にその端にはコキュートが陣を敷いている。

 その様子を、コキュート陣営に近い山から見下ろす影があった。

「これはこれは! なんとも意外な先客ですな~!」

 背後に現れたアルゼンとリザに驚く様子もなく、その人物はキセルを吸いながらフェッフェッと特徴的に笑う。

「お前さんも物好きじゃの~。 わざわざこんな所まで見物に来るなんて」

「それはそうですぞメロウ殿。 これ程張り詰めた心地よい殺気の満ちた戦場、なかなか御目にかかれませんからな」

 ラズゴートの知恵袋メロウは呆れた顔をしながら煙を吐き出す。

「相変わらずの戦闘馬鹿ぶりじゃな」

「ふふふ、流石に乱入する気はないのでご安心を。 メロウ殿は偵察で? てっきりアルファ殿達が来られていると思ったのですが?」

「向こうには暗殺者(アサシン)がいるからの。 元同業のわしの方が適任ってことで来たっちゅうわけじゃ。 全く面倒を押し付けられたわい」

 面倒そうにしながらも、近くのコキュート軍を見下ろすメロウに続きアルゼンはニヤリとする。

「いやしかし壮観ですな~。 アルビアに恨みを持つ国の残党約35000。 これだけ集まるのは実に壮観!」

「わしはこの集団が不気味でしょうがないがね」

「まあ、そこは我が輩も同意ですがな」

 確かにコキュートを中心に約6か国の残党、生き残りが結集しているだけあり屈強な戦士から熟練の魔術師まで幅広い人員が揃っている。

 しかも装備も、聖五騎士団に引けを取らないレベルだ。

 だがその中にいるコキュート国の者達は、鎧兜で隠れてはいるが明らかに戦士ではない一般人と呼べるレベルの者達がいる。

 女に老人、果ては十に満たない子供までいる様だ。

 しかもそれがこの集団でかなりの割合を占めている。

 一般人を戦に引っ張り出すのは戦争では日常茶飯事だが、これはメロウの目から見てもやり過ぎだ。

 更に驚くのは、その一般人達の目だ。

 暗い闇を抱えた様な深く重くどす黒い、あらゆる怨念を凝縮させた様な光を宿している。

 いくらアルビアに、そして魔帝に恨みを持つとはいえ、十に満たない子供まであの様な目をするのは異常だ。

 そして何より、そんな戦闘の素人と呼べる者が多いこの軍がリックスの部隊を無傷で倒したこと。

 あまりに歪であまりに不可解。

 単に数ではない何かがある。

 メロウはそう感じざるおえなかった。

(これがわしを送り込んだ理由かい。 全く面倒な命令だしよって)

 ラズゴートに悪態を付きながらも、メロウはある気配に気付く。

「どうやら、観客はわしらだけじゃないようじゃな」

 メロウの巨大な目に写るのは、自分達とは向かいの丘にいるルシウスの賢王マークスその人だった。

「ふふふ、これはまた大物が来ましたな~」

「恐らく分身体(ドッペル)じゃろ。 あの王も酔狂な男だよ」

「しかしあの賢王までもが見に来るとは、これは益々目が離せませんな~」

 そこまで言うと、アルゼンはコキュート陣営とは反対側に気配を感じ、口角を上げる。

「どうやら、役者は揃った様ですな」

 メロウも気付き目を向けると、遠目にジャバの影が見えた。

(さて、あの小僧がどう出るか、見物させてもらうとするかの)

 メロウがキセルをもう一度吸う中、アルゼンは大仰に両手を広げた。

「さあ開幕ですぞ! どんな戦が見られるか! 期待しておりますぞノエル殿!」






 コキュート陣営最奥で、エドガーは玉座に座りながら戦場の方を見つめていた。

 そこへバルドとロシュが報告へとやって来る。

「陛下、プラネの軍がやって来ました」

 バルドの言葉に、エドガーは先の様な狂気を見せず静かに返す。

「数は?」

「2000にも満たないかと」

 そう答えるバルドにロシュが続ける。

「敵はジャバウォックを先頭に鬼人(オーガ)、トロール、獣人部隊、更に数10頭もの魔獣とラバトゥ製と思われる石動兵(ゴーレム)を前衛に。 その後ろにドワーフと海人(シーマン)、人間の部隊が。 そして後衛にエルフとドルイドの部隊が配している模様です。 対して我が軍はアムド殿のペガサス騎兵隊2000とベラルガ殿の獣兵隊3000を先頭に配し、各部隊にはリド殿の暗殺者部隊を配備、後方は我がサムタン魔術師部隊とギュスタブ殿の傭兵部隊が固めています」

「魔帝の子は?」

「先頭で魔物に騎乗しています」

 エドガーは僅かに歪んだ笑みを浮かべたが、すぐに元に戻し立ち上がった。

「ならば最早待つ必要はない。 アムドとベラルガを突撃させ、そのまま一気に押し潰す。 二人とも、頼むぞ」

「「はっ!」」

「全軍! 敵を蹂躙せよ!!」

 エドガーは正面のプラネ軍を見据えながら全軍に号令をかける。

 同時にロシュは詠唱を始め軍全体に各種強化魔術を発動し、バルドは手に持った香炉から合図の様に煙を出す。






「む? 合図か」

 空中で待機していたアムドは合図に気付き闘志をみなぎらせ、積年の恨みを晴らすべく槍を構えた。

「行くぞペガサス騎兵隊! 今こそアシールの無念を晴らす時!」

 ペガサス騎兵隊は声を上げると、アムドを戦闘に突撃を開始する。

「へ、張り切ってるなアムドのおっさん。 行くよお前ら! 一番槍はあたし達のもんだ!!」

 雄叫びを上げながら、ベラルガ率いる獣兵隊も突っ込む。

 それに呼応する様に後続の部隊もプラネを飲み込む勢いで一気に動き出す。

 30000を越える大軍が、プラネ軍を押し潰す為押し寄せる中、空中のアムドの眼前に一人の人影が写る。

 一瞬なんなのかわからなかったアムドだったが、すぐにその正体に気付き目を見開く。

 何故ならその影は、兜は被っていなかったが、かつて数多の同胞を押し潰した漆黒の魔王の鎧を纏っていたからだ。

「!? 奴はまさか!?」

 可愛らしい顔付きの女性の顔に驚いたが、その好戦的な笑みと体から発するオーラですぐにそれがディアブロだと確信する。

「五魔のディアブロとお見受けする! 自分はアムド! 亡きアシールの無念、今日こそ晴らしてくれる!」

 アムドは勇ましく名乗るとリナに突進する。

 リナは向かってくるペガサス騎兵隊に向け右手をかざした。

「! 全部隊! 回避行動!」

 その意味を知るアムドは急ぎ回避を命じた。

 リナは手に魔力を込めると、一気にそれを解き放つ。

「重力十倍!!」

 その途端巨大な重力場が出現し、一気に十倍となった重みが衝撃となり、コキュート軍全てにのしかかる。

「く!」

 事態に一瞬焦るアムドだったが、どうも様子がおかしい。

 かつてのディアブロの重力場なら確実に今ので死者が出ている。

 無論ディアブロの重力対策としてサムタンの魔術師達に魔力の壁を作らせてはいたが、それでも下を見る限り死者所か怪我人すらいないようだった。

「一体どういう事だ? 我等を愚弄しているのかディアブロ!?」

 アムドの言葉にリナは口角を上げる。

「愚弄はねぇだろ? これでもこっちは王様の願い叶えるんで結構必死なんだぜ?」






 アルゼンが物資を持ってきたあの日、ノエルの頼みにリナは驚く。

「ちょっと待てよ!? 俺にコキュート連中全員止めろってのか!?」

「ええ。 完全でなくても動きを重力で鈍らせてください。 勿論、コキュート軍の人達のみを」

 あっさり言っているが、ノエルの注文は無茶苦茶だった。

 30000を越える大軍を殺さぬ様に重力をかけ続ける。

 しかも自軍に影響がないようにということは、実質敵軍一人一人に重力をかけるのと同じだ。

 それには精密な魔力のコントロールと、それを持続する集中力が必要であり、到底不可能な事だった。

 当然、百戦錬磨のリナですらそんな無茶はしたことがない。

 だがノエルは続けた。

「これはリナさんじゃなきゃ出来ない事です。 能力の話だけじゃなく、今まで何万人もの人をその力で潰してきて、どの程度の重力で人が死ぬかを感覚レベルで理解しているリナさんじゃないと」

 真っ直ぐ自分を見るノエルの目は、強い意思とリナへの信頼が宿っている。

「かつて人を殺めた経験を、今度は生かすことに使ってください。 お願いします、リナさん」

 真剣なノエルにリナは頭をかきながら、いつもの自信に溢れた笑みを浮かべる。

「おもしれぇじゃねぇか。 やってやるよ」






「自分の王様にあそこまで信じてもらってんだ。 俺がやらねぇわけにはいかねぇだろ」

 魔力コントロールに全神経を集中させるリナだったが、あくまで余裕の態度を崩さない。

 それは魔王ディアブロの名に相応しく、堂々とした姿だった。

「だがこの程度で我らの軍は止めることは出来んぞ!」

 アムドの言葉を裏付ける様に、すぐ下から雄叫びが上がる。

「うらああああ!! こんなもんであたしらが止められると思ってんのか~!!?」

 ベラルガの獣兵達を先頭に、元々兵士だった者達が一気に突撃を開始する。

「あ~あ、やっぱり元々兵隊だった人達は止められないみたいね」

「でも、これで女子供といった一般人は暫く動けないだろう。 予定通りだよ」 向かってくる大軍を見据え、レオナと鎧姿のリーティアを従えたクロードは構える。

「さあ、! 久しぶりに開演と行こうか!」

 クロードは一気に100体の人形達を展開し、ベラルガ達を迎え撃つ。

「あたし達もうかうかしてられないわね。 ジャバ! ラグザ君!」

「うがあああああ!!」

「おっしゃ! 鬼人(オーガ)部隊! 戦闘種族の底力見せ付けろ!!」

 ジャバの咆哮とラグザの号令で魔獣達と鬼人(オーガ)達が攻めかかり、それにレオノアやジャック達といったプラネ軍が続く。

 レオナも鉄根を産み出し敵陣へと向かっていった。

 同時に、キサラのエルフ隊とノーラのドルイド達が麻痺効果のあるやと魔力球を敵陣に放ち始める。

 五魔が本格的に動き出したと感じたアムドは、重力の枷を早急に取り除くべきだと判断した。

「ディアブロを倒せ! 奴を討てば我らの勝機はより濃厚となる!」

 アムドの号令と共にペガサス騎兵隊がリナに向かって突撃していく。

 だがそれを阻む大きな影がペガサス騎兵隊を遮った。

「キェェェェ!!」

 ジャバの連れてきたスカーベアコンドル率いるベアコンドル達がリナを護る様にその周りを浮遊する。

「わりぃな。 今回は護衛付きなんだよ。 これでも魔王なんでな」

「ディアブロ~!!」

 リナの軽口に、アムドは激昂しながらベアコンドル達と乱戦を開始する。

 プラネとコキュート戦いの幕が、切って落とされた瞬間だった。


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