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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
147/360

復讐の王国


 マサラ地方のとある村。

 そこはかつて穏やかな農村だった。

 だが今はその面影もなく、大量のコキュートの兵に覆い尽くされていた。

 その村の奥の広場に、急造で造られた玉座にコキュートの王、エドガー・リノリスが瞳を閉じ座っていた。

 その後ろにはコキュートの国旗と槍に突き刺さった好好爺、先の戦いで討ち取ったリックスの首が置かれていた。

 短く整った青い髪の美青年が敵の首の前で思索にふける姿は、異様な美しさを醸し出す。

 そんなエドガーの背後に近付く影がある。

 気配に気付いたエドガーは静かに目を開けると、慣れた様に声をかける。

「首尾はどうだバルド?」

 エドガーの執事であり参謀のバルド・ロディウスは、主に丁寧に頭を下げる。

「既に村の食料は全て我らが押さえました。 これで元からある兵糧と今まで蹂躙した町や村の分を加えれば、半年は優に持つでしょう」

 三万を越える大軍を有するコキュートの弱点は兵糧。

 大軍になればなるほど必要な食糧が増えるのは当然だ。

 よってそれを確保するのはコキュートにとって最重要事項。

 勿論事前に十分な食料を用意しているが、エドガーは兵糧が自軍の生命線だと十分に理解している。

 故にこうして村や町を蹂躙し、食糧の補給に余念がないのだ。

 バルドの報告にエドガーは口を開く。

「ならばいい。 だがバルドよ、少々違和感を感じないか?」

「ええ陛下。 途中から襲う町や村の住民が誰一人としておりません」

 バルドの答えにエドガーは頷いた。

 当初は襲う村や町の住民や兵士から抵抗を受け、何度も交戦していた。

 だがリックスの部隊を倒してから暫くすると、見つける村や町には兵士は愚か子供一人すらいない。

 無論途中でアルビアの部隊と交戦はしている。

 だがその全て此方を討ち取る様子もなく、軽くつつけばすぐに撤退してしまう。

 ちょっかいは出してくるくせに町等の居住地の防衛は一切ないのだ。

 本命の前に大きな損害が出ないのはいいが、あまりにもおかしい。

「ファッファッファ。 心配しすぎですぞエドガー様」

 そんなエドガーに、新たに四人の人物が近付いてきた。

 エドガーににんまりと独特な笑みを浮かべながら話し掛けたデップりとした男はフォン・ギュスタブ。

 旧アンドレス王国財務大臣だった男であり、現コキュートの活動資金の調達を担う金色卿(こんじききょう)の異名を持つやり手だ。

「どうせ敵が怖じ気づいたのでしょう。 この大軍を前に如何にアルビアが強かろうと小勢で倒せるわけありませんからな」

「ギュスタブ殿、油断は禁物だ。 貴殿は金に関しては優れているが軍事は素人。 これは我等を油断させ、アルビア本隊の到着させるまでの時間稼ぎの可能性が高い」

 ギュスタブを嗜めたいかにも堅物な雰囲気の鎧に身を包んだ男はアムド。

 アシール国元軍団長で、ペガサスに騎乗し空中戦を得意とする騎兵団を率いる

騎士だ。

「ヒャハハ! そうカリカリすんなよアムドのおっさん! 漸く楽しめそうなんだ! 罠だろうがなんだろうが、蹴散らしゃいいんだしよ!」

 逆立った白髪を靡かせながら好戦的な笑みを浮かべるの虎の獣人女性はベラルガ。

 バッカス国でかつて戦姫(バルキリー)と称えられた英雄として知られている。

「皆さん、僕達の王の御前ですよ。 もう少し控えてください」

 眼鏡をかけた緑のローブ姿の青年はロシュ・サムタン。

 元サムタン国の皇太子だ。

 彼ら四人はアルビアに滅ぼされた国の生き残りであり、復讐の機会を伺っていり、居場所を無くしさ迷っていたり、再起を図っていた所をエドガーに拾われコキュートに加わった。

 今ではそれぞれの同郷の喪のを纏めた部隊を率いる幹部としてコキュート内で活動している。

 他の3人を嗜めるロシュにエドガーは表情を変えず「構わない」と制した。

「私にとって君達は大切な同胞(はらから)だ。 皆の意思は私の意思だ。 だから遠慮せず話してくれ」

「では陛下、進言してもよろしいでしょうか?」

 エドガーが頷くとアムドは跪く。

「この度のアルビア側の動きはどうも不可解です。 1度動きを止め、情報を集めるが吉と愚考致します」

「おいおい、折角勢いがあんだからさ。 このまま一気にいけばいいじゃないか」

「ベラルガ殿。 貴殿の勇猛さはよく知っているが、それは早計というもの。 我らは所詮アルビアの一部隊を半壊させたに過ぎん。 それに我らが目指す憎き魔帝の子が治めるプラネという集団には、あの五魔もいる。 折角巡ってきたこの機を我等の勝利で迎える為にも、1度冷静になる必要がある」

 冷静にと口にするアムドの目からは並々ならぬ執念が籠っていた。

 故国の復讐の為ずっと待ちわびたこの機会に何としても宿願を果たす。

 それがアムドの唯一の願いだった。

 アムドの執念を知るベラルガも、それ以上反論はしなかった。

「僕もアムド殿の案に賛成です。 少なくとも僕達はまだプラネに対してもアルビアに対しても優位という状況ではないのですから」

 ロシュもアムドにさんせいする中、エドガーは「問題ない」と返す。

「既に手は打ってある。 直に知らせが来る」

 そう言うと同時に、エドガーの横に影が降り立った。

 黒いフードと口元をマスクで覆ったその影はすぐにエドガーに跪く。

「主よ、遅くなり申し訳ありません」

「いや、丁度いいタイミングだ。 報告しろリド」

 リドと呼ばれたこの男も、かつてアルビアに滅ぼされた国の生き残りであり、オーラン国暗殺者(アサシン)の頭領をしていた。

 現在は当時の暗殺集団を率いてエドガーの元で諜報を主な仕事としている。

 エドガーに促されたリドは立ち上がるとロシュ達にも視線を向ける。

「やはり敵の動きには意図があるようです。 我等をある場所に誘導しようと企んでいるとのこと」

「ファッファッファ! 無能な領主が無い知恵を絞った様ですがなんとも愚かな! 本隊が集結するにもまだ時間は掛かるだろうに、たかが一貴族が集められる兵力程度で我等を誘導してどうするというのか!」

「いや、ギュスタブ殿。 どうやら今回領主に入れ知恵した者がいるようだ」

「なんだと? アルビアが何か企んでいるというのか?」

 ギュスタブの問いに首を横に振ると、リドは静かに告げた。

「我等が手に入れた情報にこんなものがある。 プラネがゼノ盆地に布陣すると」

 その言葉に周囲の空気が一変する。

「ハハッ! こっちが攻めてくると知って籠城じゃなく出向いてくるか! 魔帝のガキはなかなか気持ちいい野郎みたいだな!」

「本拠地ではなくわざわざ決戦の場を変えるとは、何かの罠か?」

「可能性はあります。 もしかしたら五魔を存分に暴れさせる為の采配かも」

「小賢しい! まだ五魔だけで勝てると思っているなら魔帝の子はとんだ愚か者だ!」

 四人がそれぞれ反応を示す中、リドはエドガーを見た瞬間背筋が凍りつく。

 先程まで殆ど表情を変えず冷静だったエドガーの顔に歪んだ笑みが浮かび、髪と同じ青い瞳は赤く血走っている。

 狂喜に満ちたその顔は、暗殺者(アサシン)として多くの凄惨な仕事をこなしてきたリドですらゾッとするものだった。

「ふ、ふふふ、ははは、ハッ~ハッハッハッ!!」

 急に豹変したエドガーに他の四人もエドガーの状態に気付き驚く。

 ただ一人、バルドだけは変わらず静かに控えている。

「そうか! 魔帝の子が軍を率いてやって来るか! ならば急ぎ我等もゼノへと向かうぞ!」

「お、お待ちください陛下! 敵の罠の可能性があります! ここはリド殿達にまず偵察を!」

「黙れアムド!!!」

 エドガーの一喝で、アムドは硬直する。

 数々の修羅場を潜り抜けてきたアムドですら、今のエドガーには恐怖を覚えざるおえなかった。

「いよいよ時が来たのだ! 我等が大切なものを踏みにじり! 奪ってきた者達に! 我等の怒りを示す時が漸く来た!! 向こうがその舞台を整えてくれたのだ! ならば我等もそこに向かい正面から叩く!! そうでなければ、亡き同胞(はらから)達を満たしてやる事など出来る筈がない!!!」

 感情を剥き出しにするエドガーにアムドは最早言葉を出すことが出来なかった。

 自分やリドは故国の復讐の為、忠義の為にここにいる。

 その執念が揺らいだことなど1度もない。

 だがエドガーのそれはその執念すら呑み込む程の巨大で黒い。

 まさに怨念、いや、そう呼ぶことすら生ぬるい。

 そう思える程の何かがエドガーを動かしていた。

「バルド!」

「はっ。 直ちに全軍に出陣の準備をさせましょう」

「お、お待ちくださ・・・・」

「アムド殿」

 それでも尚気力を振り絞り進言しようとするアムドを止めたのはロシュだった。

「最早こうなれば止まりません。 それなら僕達がする事は、ただ陛下に従うだけです」

「どうせ奴等の所に乗り込む予定だったんだ。 手間が省けて丁度いい」

 ロシュに続きベラルガも好戦的な笑みを浮かべ拳を鳴らす。

 最早流れは止められない。

 プラネ出陣は、エドガーの狂気を噴出させるのに十分過ぎる起爆剤となった。

 覚悟を決める時が来た。

 アムドはそう思い、エドガーに頭を下げる。

「直ちに各軍に出陣の旨を伝え、準備に入ります」

 アムドに続き、ロシュ達も同意する様に跪く。

 エドガーはそこで、先程の冷静な姿へと戻った。

「期待しているぞ、我が同胞(はらから)よ」

「「はっ!」」

 コキュートも決戦の地へと流れ出す。

 魔帝の遺したもの全てに償いをさせる為に。


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