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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
143/360

ノエル対マークス


「チェスですか?」

 唐突な提案にノエルが首は首を傾げた。

「そういうこと。 エルモンドの話だと、そちらはアルビアと戦う為色々しているんでしょ?」

 ノエルがチラリと見ると、エルモンドは頷いた。

「ええ。 彼方があることを止めない限りそこは揺るぎません」

「なら、ルシスの協力も欲しいよね?」

「つまり、ルシスがプラネに協力するかどうかをチェスで決めると?」

「それは君次第」

 マークスは軽い調子で続ける。

「チェス自体は、君達が帰るまでエルモンドに負けた分の腹いせだよ。 でも私がそれを楽しめたら、もしかしたら手を貸す気になるかもしれないよ」

 そう言うとマークスは先程エルモンドとチェスをしていたテーブルに座った。

「そうだな、普通にやるんじゃつまらないから、10回中1回でも君が勝てばそちらの勝ちでいこうか。 どう? 受けるかい?」

 マークスの真意がわからないノエルだったが、少なくとも品定めに来たというのだから自分を試す意図があるのは確かだ。

 ならば、受けない訳にはいかなかった。

「わかりました。 お相手しましょう」

「そうこなくっちゃ」

 ノエルが席に付くと、マークスはニヤリと笑った。

「では始めよう。 プラネ王とルシス王のチェスの試合だ」

 そう言い、マークスはノエルに先手を譲り、ノエルが駒を動かし始めた。

「なんなんだあいつ? まさかチェスで全部決めるってんじゃねぇだろうな?」

「さあ? あの方の真意は私にはわかりません」

 リナに答えるキサラは「ただ・・・」と続けた。

「あの方はメリットのある事でしか動きません」






「チェック。 これで私の9勝目だね」

 機嫌良くニコニコ話すマークスに対し、ノエルは少しげんなりしていた。

 マークスとのチェスを始めて計9ゲーム。

 そのマークスの手はあまりにもえげつなかった。

 騙し、裏をかき、心を揺さぶる。

 チェスは元々知略のゲームであり裏をかくのは当然だが、ここまでやるかと言うほどマークスは容赦がない。

 しかもマークスの質の悪いのは、此方が後一歩で勝てそうな所までわざと追い詰められ、その後一気に逆転するというもの。

 必死に紡いだ勝利という希望を、容赦なく完全に粉砕する。

 しかも回を重ねるごとに、徐々に己の手が正しいのか、これは本当に自分が追い込んでいるのかと自分の手が信じられなくなってくる。

 最早最初の一手から、マークスの手のひらの上で遊ばれている様な感覚すらする。

 その相手をコントロールする手腕はある意味賢王と呼ぶに相応しいが、それにしてもえげつない。

「あいつぜってぇ性格悪いだろ?」

「それ言ったら、あの人に勝ってるエルモンドはどうなのよ?」

 すっかり観戦モードなリナとレオナをよそに、クロードはエルモンドに問い掛ける。

「それで、実際どうなんだい?」

「ふひひ、なにが?」

「彼の思惑だよ。 今の所、まだ何も条件を話してはいない」

「まあ、ルシスの協力が欲しいって聞いただけだしね」

「更に此方が負けた時のペナルティーに関しても何も話していない。 ノエル君を見極めるにしても、その意図がわからない」

「さあね~。 彼は僕ですら読みきれない所がある数少ない人物だからね。 最も、何かするならそろそろだと思うよ」

 エルモンドの考察通り、マークスは静かに口を開く。

「さて、ここまでいい気分にさせてもらったし、最後にもう少し遊ばさせてもらおうかな」

「? なんですか?」

「いやなに、簡単な問答だよ。 カフェで注文するみたいに、気軽に答えてくれ」

 そう言うと、マークスはノエルを真っ直ぐ見据えながら駒を動かした。

「君は、王に情はいると思うかい?」

 マークスの問いに、ノエルは少し考え駒を動かす。

「はい。 情の無い王は他者の心を理解出来ないと思います。 何より、他者を考えるということは国民の事を考え、理解すること。 王ならば民を理解するのは重要な事だと思います」

「なるほど。 それもある意味正解だ。 だが、私は情はいらないと考えている」

 駒を進めながら、マークスは続けた。

「君は民を理解すると言ったが、では民は王を理解してくれるだろうか?

 王が必死に民の苦労を理解し、解決しようと奮闘しても、民は自分達の問題が解決しない限り王を労いはしない。

 むしろ罵倒する。 所詮王等、国という仕組みを成立させる為の役割に過ぎない。

 だから役目を果たせなければ仕組みの恩恵を受ける民からは嫌われる。

 ならば情等無く、ただ役割を遂行することだけを考えるべきじゃないかな?」

「では、逆に聞きます。 マークス殿の言う王の役目とは?」

「国を豊かにすること」

 即答しナイトを進めるマークスに、慌ててノエルはキングを遠ざける。

「豊かで快適な国、それこそが民が求める唯一絶対なもの。 私はそれを造る為なら、時に一部の民すら見捨てるね」

「それで、本当にそんな国が造れると?」

「少なくとも、この500年は民からの反発はないね」

 そう言い、マークスはノエルのビショップを取った。

「例えばこのチェス。 この駒を本物の軍、つまり民の命としよう。 私はこれまでの9回、必要な犠牲を出しながらも、最低限の労力で勝利を納めた。 実際の戦争も同じだ。 1を切り捨てる事で10を取る。 結果残った民はその恩恵を受け、幸福に暮らすことができる。 早く戦争を終わらせ、利益を得る。 王として立派に役目を果たしているだろ?」

 実際マークスはナイトやルーク、クイーンといった優秀な駒すら躊躇無く捨て駒にした。

 だが結果を見れば、失った駒の数もマークスの方が少なく、最短でゲームが終わっている。

 マークスは最適かつ最短な方法で、結果を出していたのだ。

「チェスというのは人のあらゆる面を浮き彫りにする。 知識、判断力、そして性格。 君は先程の言葉通りかなり情が深い。 恐らく今まで敵を殺すことも極力しなかっただろう」

 図星を突かれたノエルにマークスは更に続ける。

「君のその行動はある意味英雄と呼ぶに相応しいだろう。 情け深い王。 敵を殺さずに制する者。 その行為は見る者によっては、とても魅力的だろう。 だが、それはただの偽善だ。 私に言わせれば、君は最低限の平和の為の対価すら惜しむ傲慢で強欲な王だ。 そして、強欲な王の末路は大抵決まっている。 全てを抱えようとした末に、抱えこんだモノの大きさに潰れ、滅びる。 それは王とはとても呼べる代物ではない。 違うかな?」

 マークスはそう言いクイーンを取り、ノエルの顔を見る。

 だが、そこに見えたのは穏やかないつものノエルの顔。

 その表情にはマークスの言葉に対する怒りも悲壮も焦りもない。

 そしてノエルは静かに自身の駒を動かした。

「確かに仰る通り、僕は王に相応しくはないかもしれない。 実際アルビアとの事が済んだ後、プラネをどの様な国にするかもまだわからない。 僕には貴方やアクナディンさんの様なビジョンは、まだ描けない」

「ほぅ」

「それでも、進むって決めたんです。 その覚悟は揺るぎません」

「それで君に付いてきた者が不幸になるかもしれないのにかい?」

「不幸になんてしませんよ」

 ノエルがポーンを動かすと、マークスの表情が変わる。

 そこはマークス側の一番端。

 最弱の駒であるポーンが相手陣地の最終ラインに到達すると、好きな駒へと変えるプロモーションを行うことが出来る。

「ポーンをクイーンに」

 ポーンから変化したクイーンの位置は、マークスのキングの逃げ場を完全に奪っていた。

「チェックです、マークス殿」

 盤を見つめるマークスは、表情を緩め降参と言う様に両手を上げる。

「参った。 私の負けだよ」

 漸くもぎ取った一勝に、ノエルは肩の力が抜けどっと疲れが出る。

「ハハッ、なかなか楽しめたよ。 ありがとうノエル殿」

 ニッコリ笑うマークスの表情には、最早先程の問答をしていた時の様な空気は無くなっていた。

「おい、これでルシスはこっちに手を貸すんだよな?」

「え? 別にしないよ。 国の行く末をチェスだけで決めるわけないじゃないか」

 あっけらかんと答えるマークスに、リナの額に青筋が浮かぶ。

「・・・・・一発ぶん殴っていいか?」

「リナさん、控えてください」

 指を鳴らすリナをノエルが制すると、マークスはクスクス笑う。

「まあでも、楽しませてもらったのは事実だ。 そこで新米王のノエル殿にご褒美として、ルシスとしてではなく私個人で手は貸そうかな」

 マークスの言葉にノエル達の表情が変わる。

「それは本当ですか?」

「ああ。 国としてではなく一個人として私の力を貸す。 残念ながら書面はないが、マークス・アクレイアの名に懸け誓わせてもらうよ」

 あくまで口約束、そしてマークス自身どこまでが本音かわからない。

 が、それでもマークス自身の口から協力という言葉が出た以上、その事実だけでも大きな影響力を持つ。

 ノエルは素直に、その言葉を受け取った。

「感謝します、マークス陛下」

「陛下はよしてくれ。 今はただ個人として約束しただけに過ぎないのだから」

 そう言うとマークスは「さてと」と立ち上がる。

「そろそろ私も帰るとするか。 目的のプラネ王にも会えたし、そちらも帰った早々、相手をさせてしまってすまなかったね」

「いえ、こちらこそ、御会いできて光栄でした」

「そう言ってもらえると助かるよ。 ああ、ついでに1ついいかな?」

「なんですか?」

「君があそこで、付いてくる者を不幸にさせないと言い切った理由は何かな?」

 微かに王の顔を覗かせるマークスに、ノエルは軽くリナ達の方を見た。

「僕が道を誤りそうになったら、容赦なく殴って止めてくれる人がいますからね。 だからそんな未来は来ません」

「おう。 その時は思い切りぶん殴る」

「あなたは少し加減しなさいよ」

「ふひひ、ノエル君らしいね」

 ノエルの答えとリナ達の反応に、マークスは思わず笑いだす。

「ふっ、ハハハッ! なるほど、それはいい。 自分を正してくれる対等な仲間か。 確かに、それは私にはない宝だね」

 納得すると、マークスは穏やかな表情を浮かべる。

「なら、君は彼女達を大事にしないとね」「ええ。 そこは大丈夫です。 僕は強欲ですから」

 ノエルの返しに小さく笑うと、マークスはエルモンドに向き直る。

「なかなか面白い王を見付けたね」

「だろう? ふひひひ」

「では五魔の皆さん。 私はそろそろ失礼するよ。 また会える日を楽しみにしてるよ。 特に、美しいお嬢さん3人は、今度はぜひディナーでも」

「特大のケーキ大量に用意すんなら考えてやる」

「あたしは旦那がいるから」

「リーティアに手を出すなら、王でも容赦しないよ?」

 3人それぞれの反応に満足すると、マークスは軽く会釈して扉の方へ歩みだす。

「私がそこまでお供します」

「ああキサラ! やはり君も私と一緒に!」

「出口までです。 仮にも一国の王に見送りなしでは我が国の面子が潰れますので」

「その手厳しい所も素敵だね。 ではプラネの皆さん、まあ会おう」

 そう言ってマークスはキサラを伴い部屋を出ていった。

「なんつうか、変な人だったわね」

「正直何を考えてるか読めない。 結局何しに来たんだか」

「まあ、そこが彼らしいんだけどね。 ふひひ」

 レオナとクロードがそうこぼし、エルモンドが答える中、リナはノエルの肩に手を回す。

「でも、よくあいつに1回でも勝てたな。 大したもんだ」

「勝ててませんよ」

「あ?」

 ノエルは疲れた様に息を吐いた。

「わざと勝たせてくれたんですよ」






「どういうつもりですか?」

 出口に向かうマークスに、キサラが歩きながら問い掛ける。

「何がだい?」

「ノエル様とのやり取りですよ。 わざと負けたり、口約束とはいえ協力を約束したり、貴方らしくありません。 一体何が目的なんですか?」

「そこまで私の事を理解してくれるなんて、やはり君と私は赤い糸で結ばれて・・・・」

「射抜きますよ?」

 キサラに睨まれ、マークスはやれやれと首を振る。

「ノエル王の値踏みというのは本心だよ。 ついでに、アルビアとプラネのどちらに付く方がおいしいかとね」

「それで、ノエル様が取るに足らなければプラネの情報をアルビアに渡して利益を得ると。 相変わらずですね」

「まさかラバトゥと協定を結んでくるとは、思わなかったけどね」

「それで、ノエル様はそちらの期待に添えましたか?」

「少なくとも凡人ではないようだ。 アクナディンは戦馬鹿だが愚か者ではない。 そのアクナディンが認めたとなればそれだけでも十分価値はある。 後は、なかなか器は大きそうだ。 これならプラネに多少手を貸して、アルビアと潰し合ってくれれば此方も後々都合がいい」

 プラネを利用すると堂々と言い放つマークスに、キサラは呆れた様子だった。

「本当、貴方は利益の為ならなんでもするのですね」

「王が善人である必要はないからね。 だから私は必要ならいつでも悪になれるよ」

 国が豊かになる為なら悪行も辞さない。

 それは現実主義である賢王の矜持と覚悟でもあった。

 そんなマークスの内面を知るキサラは、呆れながらもその考えを否定はしなかった。

「ですが、ノエル様は貴方の思い通りにはなりませんよ」

 キサラの評に、マークスはまた軽い笑みを浮かべる。

「それは楽しみだ。 では暫く見守らせてもらうとしようかな。 彼がアルビアとの戦いの前に訪れる危機を乗り越えられるかどうか」

「? なんのことです?」

「近い内に大きな戦いが起こる。 その戦いで、彼の甘く傲慢な考えがどこまで通じるか、高みの見物をさせてもらうよ」

 そう言うと、マークスの体はは光の粒子となり消えていった。

 それは分身体(ドッペル)から魂を抜き、本体へと帰った事を意味する。

「そういう思わせ振りな所が、私は嫌いなんですよ」

 キサラはそう呟くと、ノエルの元へと戻った。






 マークスが目を開けると、そこは玉座だった。

 全てが氷で出来た世界一美しいと言われるルシスの象徴、モン・サン・グレッチャー(聖なる氷河)。

 そこの玉座で目覚めたマークスは軽く伸びをすると、目の前で跪く10人の騎士に向き直る。

「ただいま。 護衛ご苦労さま」

「はっ。 無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます」

 先頭で跪く騎士が応えると、マークスは楽にしろと手をかざす。

 騎士達は立ち上がると姿勢を正し整列した。

 彼らはエルフ騎士(ナイツ)

 この国の最高戦力であり、マークスを守る最後の砦といえる精鋭10名。

 全員が魔術の施された鎧と武器を身に付け、如何なる敵が来ようと王を死守する事を使命とする。

 堅苦しくも忠実な部下に苦笑しながら、マークスはノエルの事を思い出す。

(さて、あの若き王が魔帝の負の遺産とどう対峙するか、なかなか楽しい見世物になりそうだ)

 マークスの頭は、プラネが生き残った場合どうでるかの思索に移った。






 とある洞窟の最奥。

 人も寄り付かない広く深い闇の底といえるその場所に、薄暗い蝋燭の灯りが灯っている。

 そこに作られた一室には、洞窟の中とは思えぬ香の香りが充満していた。

 部屋の主である一人の青年が、扉に視線を送ると、見計らった様に一人の執事姿の人物が入ってきた。

「エドガー様、皆集まりました」

 白髪の混じった執事風の男が恭しく、そして整った仕草で丁寧に頭を下げると、エドガーと呼ばれた青年は静かに立ち上がる。

「うむ。 行くぞバルド」

 青い髪の青年、エドガーが歩みだすと、バルドと呼ばれた執事もその後に続く。

 そして辿り着いた広間に待っていたのは、広い洞窟の空間を埋め尽くす程の大勢の人。

 その数は優に万を越えている。

 エドガーが現れ、人々は静かにその姿に注目した。

「待たせなた我が同胞(はらから)よ。 これより我らの復讐を始めよう。 我が祖国、コキュートの名の元に!」

 エドガーの宣言に、洞窟内に歓声が響き渡る。

 かつて魔帝ノルウェの滅ぼした最大規模の国であり、アーサー達ですら最大限の警戒をしている反アルビア組織コキュートが、今ノエル達にその牙を剥く。


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