最後の八武衆
自分が八武衆と言われ、シンはリナに困惑の表情を見せる。
「わ、私が八武衆!? リナ様それはいくら冗談でも少々無理が・・・・」
「アクナディンやレオナクラスの攻撃や動きを見切って勝敗を見極められる目、激しい攻防の中巻き込まれず怪我一つ負わねぇで実況し続けられる体捌き。 どれも並大抵の実力じゃできねぇ。 少なくとも、ただの審判や実況程度じゃ確実に無理だな。 そして俺達やノエルの事を聞かせても絶対に大丈夫だとアクナディンやファクラに信頼される程の奴って言ったら、最後の八武衆位しかいねぇだろ?」
リナの分析にシンは驚きの表情を見せるが、その顔はすぐに戻り、静かに色眼鏡に手をかけた。
「そうですか。 もう少しおおざっぱな方だと思っていましたが、流石五魔の魔王ですね」
色眼鏡を取り、着ていた服を脱ぎ去ると、そこには純白の袈裟を右肩を出した状態で着た青年がいた。
「改めて名乗りましょう。 八武衆が一人、アシュラと申します。 以後お見知りおきを」
先程のシンの快活な雰囲気は消え、代わりに静かで清みきった空気がアシュラから流れてくる。
それは荒々しく覇気の強い人間が多いラバトゥではかなり特異に感じるほどだった。
「それが素かよ。 さっきまでと真逆じゃねぇか」
「リナ殿も真逆のおしとやかな姿になるとラシータ殿からお聞きしましたが」
「うるせぇよ」
リナの反応にアシュラは小さく微笑む。
「しかし、正直バレるとは思っていませんでしたよ」
「貴賓席まで吹っ飛ばされて無傷な野郎なんて誰でも怪しむっての」
「なるほど。 私もまだまだ修行が足りませんね」
「まあよく考えりゃ、審判なんて一番護衛すんのに都合がいい場所だしな。 八武衆が付くのは当たり前だろ」
「仰る通り。 私はアクナディン陛下に不測の事態が起こった時の為の護衛です。 最も、陛下のお力ならば、私など必要ないでしょうが」
「でも、八武衆じゃ一番強いんだろ?」
リナの一言で、一瞬アシュラの空気が変わった。
「・・・・そういえば、リナ殿は何故ここに? まさか私の正体を当てに来ただけではないのでしょう?」
アシュラの言葉に、今度はリナは好戦的な笑みを浮かべる。
「いやな、俺もここに来てなんもしてぇしな。 それにあんな戦いばっか見せられてたら色々疼いちまってよ。 だから発散がてらそっちの最高戦力の実力でも測っとこうと思ってな」
挑発的に闘気を発するリナに、アシュラは変わらず涼しい表情のままだ。
「もう1つ伺っても?」
「なんだ?」
「何故私が八武衆で一番強いとお思いなのですか?」
「王の護衛なんて一番重要な役を一番強い奴じゃなくて誰がやるんだよ? それに・・・・」
「それに?」
「素直に最高戦力をあんな場所に出す程ファクラの奴性格素直じゃねぇだろ」
「確かに・・・・」
アシュラは小さく笑うと、テンの様に合掌を基準とした構えを取る。
「では、折角の魔王からのお誘いですし、お受けしましょう」
「やけにあっさり受けたな」
「ええ。 貴女の力を測りたいのもありますし、正直私も少々高ぶってしまっているのですよ」
「なら、遠慮はいらねぇな!」
リナは斥力を使った反発で勢いよく飛び出すと、一気にアシュラの眼前に迫る。
そのまま拳を繰り出すが、アシュラは静かにそれを受け流すとリナを後方に投げる。
リナは自分が投げ飛ばされた事に気付くとすぐに体を反転させ再び斥力を発生させる。
そしてアシュラに向かって飛び出すと放つ。
アシュラはその蹴りに合わせて掌低を放つ。
掌低はリナの頬を掠め、アシュラはそのまま蹴りをかわしリナを後方へといなす。
リナはそこで一旦距離を置く。
「カウンターって奴か」
「ご明察。 この世の中は因果応報。 己のしたことは必ず自身に帰る。 私はそれを武技で表しているに過ぎません」
どこまでも冷静なアシュラの態度は、あらゆる攻撃に瞬時に対応する為のもの。
心を静かに保ち見極める。
単純な様だが、リナレベルの相手にカウンターを成功させる事は並大抵ではない。
正しく達人と呼ぶに相応しい力だった。
「ならこいつはどうだ?」
リナは両手に重力を集めると、それを球状にし幾つもアシュラに目掛け飛ばす。
当たれば重力の渦に当たった箇所を粉砕される重力球の連弾を前にしても、アシュラは落ち着いたままだった。
アシュラは柔らかく手を動かすと、弾の表面を1つ1つを撫でる様な仕草でいなす。
すると重力球は全てリナの方へと跳ね返る。
「嘘だろ!?」
驚くリナは慌てて重力球を全て叩き落とす。
叩き落とされた重力球は当たった場所を大きく渦の様に抉りながら消えていった。
「全ては因果応報。 力の流れを知ればこの程度の事も可能です」
静かに言い放つアシュラに、リナは驚きを隠せなかった。
重力を跳ね返す等今まで誰もしたことのない芸当だ。
それをアシュラは簡単に、しかもあれだけの数の重力球を前に一切動じず、まるで全てどこに来るかわかっている様にやってのけたのだ。
「こりゃアクナディンより強いかもな」
そう呟くリナは、再度重力を両手に集める。
「無駄ですよ。 全て貴女に返すのみです」
リナはアシュラに接近すると、そのまま拳の連打を放つ。
アシュラはその全てをいなし、リナに向かい掌低を放つ。
その洗練された動きは、まるで手が6本あるかと錯覚する程鮮やかだった。
「これはどうです?」
アシュラはリナの拳の力を利用し体を回転させると、その勢いのまま肘をリナの後頭部に放つ。
決まったと思ったアシュラだったが、すぐに違和感に気付く。
「やっと捕まえたぜ」
リナはアシュラの肘を掴むと、そのままもう片方の拳をアシュラ腹部に叩き込む。
アシュラは瞬時にそれを受け止めて防御し、後方へと下がる。
「あの体勢から反撃するとは・・・・」
「ちぃ、あれで決まらねぇのかよ」
リナとアシュラ、互いの力を再確認すると、再び二人は構える。
「リナさん! 何してるんですか!?」
声にギクッとしたリナが振り返ると、ノエルとアクナディンが立っていた。
「の、ノエル、どうしてここに?」
「アクナディンさんの部屋から二人が戦っているのが見えたんですよ! それより宮殿で乱闘なんて何考えてるんですか!?」
「そうじゃアシュラ! わし抜きでディアブロとやるとはズルいじゃろうが!」
「陛下、自分の怪我を考えてください」
自分も戦いたそうなアクナディンに、アシュラは構えを解きながら苦笑する。
「あのなノエル。 俺は向こうの戦力確認しようとだな」
「それでもやり過ぎです! こんなに中庭グチャグチャにして!」
中庭は二人の戦いでかなり荒れていた。
特にリナが重力球を弾いた箇所の損傷は激しかった。
「いや、これは跳ね返した向こうがわるい!」
「最初に放ったのは貴女でしょうリナ殿」
「リナさん!」
ノエルに叱られタジタジになるリナに、アクナディンは可笑しそうに笑った。
「ハッハッハッ! まあそう叱るなノエル! お陰でこっちは面白いもんが見れたけぇの!」
「でもこれは少しやり過ぎです。 やるならもう少しこっそりしてください」
乱闘自体は止めないノエルに、アクナディンは愉快そうに笑う。
「やっぱりあんたは肝が座っとるのぉ!」
「あれだけ試合見て自分が戦わないなんてあり得ないですからね。 絶対誰かと戦うかとは思ってたんですがこんな騒ぎにして・・・・」
「決勝で正体バラして騒ぎ起こしてるお前に言われてくねぇ!」
リナとノエルのやり取りを見ながら、アシュラは小さく笑う。
「あのディアブロと口喧嘩出来るとは、流石にリナ殿が王と認めた方ですね」
「わしとしては羨ましい関係じゃのぅ。 で、どうじゃったディアブロは?」
アシュラは静かにリナの拳を受け止めた手をアクナディンに見せる。
その手は明らかに折れていた。
「まだ本気を出していないのにこの威力です。 私のカウンターがあれだけかわされただけでも正直驚いているのに、ここまで攻撃の威力を受け流せなかったのは初めてですよ」
「本気でないのは私も同じですが」と小声で話すアシュラにアクナディンはニヤリと笑う。
「そおか。 やはりわしもやりたいのぅ」
「私がファクラ様に叱られるので自重してください」
「おどれもあいつに似てきたのぅ」
つまんなそうにするアクナディンだったが、ケーキ抜きと言われ慌てて謝るリナの姿にまた大笑いを始めた。
その様子を、宮殿の窓からファクラとレオナが眺めていた。
「だからやり過ぎないでって言ったのに。 これでまた協定考え直すなんて言わないわよね?」
「流石にそこまで融通の利かない事は言いませんよ。 というより、中庭荒らされた事で協定破棄なんてしたらデメリットの方が大きすぎます」
リナの実力の一端を見てファクラは改めてそう思った。
アルビアと将来的に激突することを考えても、リナを初めとした五魔とノエルの率いるプラネを味方にするのは有益だ。
最も、アクナディン自身がノエルを気に入ってしまったので今更協定破棄も何もないのだが。
「とりあえず、お互い時が来るまでは大人しくしていましょう。 今はまだアルビア側に我々の悟られたくはないですからね」
「それはあたしじゃなくてノエル君やリナに言ってよ。 まあでも、決戦までそんな時間もないし、準備はしといてね」
「了解しました。 アルビアと戦う時は正式に軍を出しましょう」
「それこそノエル君に言ってあげて。 ちゃんと正式な場でね」
釘を刺すレオナに、ファクラは苦笑する。
実際ファクラはアクナディンよりも現実主義だ。
自分達が損をすると判断すればプラネを見捨てる選択もするだろう。
ファクラもレオナにそこを見抜かれ、少し表情を正す。
「大丈夫ですよ。 最終的には陛下が決めますから。 陛下がノエル陛下を見捨てぬ限り、私もそれに従うつもりです」
アクナディンを持ち出すということは、ファクラにとって約定を違えないという最大の証だ。
レオナもそれを理解している為、それ以上突っ込まなかった。
「ならいいわ。 これからよろしくね」
「ええ。 お互い敵対しないことを祈りましょう」
こうして、ラバトゥの後夜祭は終わりを迎えた。




