アクナディンの告白
「殺した? 先王をですか?」
突然の告白に動揺するノエルに、アクナディンは続けた。
「まあの。 正直王なんてガラじゃないけぇ、やりとうはなかったんじゃがの」
アクナディンは遠くを見るように語り始めた。
かつてアクナディンはラバトゥ正規軍総大将、いわゆる軍のトップだった。
当時から軍事国家だったラバトゥは資源や食糧を獲る為各国に侵略行為を続けていた。
その中でアクナディンは若い時からその圧倒的な武力と天性の戦の勘で武功を上げ、その地位を手に入れた。
ただそれは侵略しそれを活かし発展させるのではなく、ただ奪うのみ。
文字通り略奪だった。
アクナディンは武人だが、そんな戦に対し不満を抱いていた。
ただどうしようもなかった。
当時の王は絶対的な権力を持ち、ラバトゥの巨大な軍事力にものを言わせる典型的な独裁者だった。
自分の意向に沿わね者は例え地位の高い者でも処分し、冷遇される。
それは総大将であるアクナディンすら例外ではない。
もし自分が今の地位を追われれば、部下達は更に無茶な戦場に向かわされる。
そうなれば有能な軍人が減り、国の防衛力は低下する。
それは即ち、今まで恨みを買った国から逆襲を受けることになる。
力無き民にも多くの犠牲が出る。
戦しか出来ないアクナディンには、今の地位を保ちつつ軍の力を他国に示し続けるしかなかった。
だがこんな無茶な侵略を長年続けていれば、必ず綻びは生じる。
兵も民も疲弊し、元々生産力の弱いラバトゥはどんどん衰弱していった。
それでも当時の王は侵略を止めなかった。
侵略行為こそ、ラバトゥを生き残らせる最善だと信じて疑わなかったからだ。
そしてとうとう、大国アルビアへの侵攻を開始した。
アクナディンには見えていた。
アルビアは確かに多方面の国から侵攻を受け、ラバトゥが攻めるには丁度いい国ではあった。
だが今のラバトゥ軍ではアルビアを攻めきるだけの余力はない。
仮にそれなりに豊かな土地を手に入れても、他の国とぶつかり大打撃を受ける。
それはラバトゥに壊滅的な損害を与えることになる。
アクナディンと同じ考えに至った者もいたが、皆王を畏れ、反対することが出来なかった。
アクナディンはアルビアへ攻めながら、どうにかならないかと苦手な頭を使い考えに考えた。
そんな中、ある人物がアクナディンを訪ねてきた。
それは当時若手の文官として冷遇されていたファクラだった。
そしてファクラは静かにアクナディンに告げた。
「貴方に王になってもらいに来た」
あまり物事に動じないアクナディンが珍しく動じる中、ファクラは続けた。
「このまま無茶な軍事行動を続ければ、ラバトゥは最悪滅びます。 それを止める為には新たな王が必要です。 それも他国に恐れられる強き王が。 アクナディン殿、今この国で最も王に相応しいのは貴方しかいないのです」
「正直耳を疑ったわ。 わしみたいな戦馬鹿に王になれっちゅう無茶言う奴がおるとは思わんかったからのぅ」
アクナディンは再びグラスを煽る。
ノエルはアクナディンの言葉を静かに聞いていた。
「わしも最初は断った。 王なんぞ興味もないしわしに政治は無理じゃとな。 じゃけんどファクラは実務面は全て自分が引き受けるとぬかしてのぅ。 ラバトゥの為にわしに強き王になってくれと散々頭下げられたわ」
「それで、受けたんですね」
アクナディンは静かに頷いた。
「ファクラは王の暗殺計画もその後のわしが王になる段取りも全部整えとったわ。 本当、味方なら頼もしいが、文官で敵に回しとうないと思うたのは奴が初めてじゃった」
当時を思い出し、アクナディンは苦笑する。
「それからわしはファクラのお膳立てで王になった。 そいで侵略行為は中断し、国力回復に努めたっちゅう訳じゃ。 苦労したわ。 特にアルビアはあんたの親父が魔帝なんて呼ばれる程急に強くうなってのう。 ある程度の強さ示しとかんといかんから、1度でかい戦して落とし所作らにゃいかんかったしな」
「それは、ギエンフォードさんとの?」
「おお! そうじゃそうじゃ! あの拳王じゃ! 奴は健在か!?」
「ええ。 今は僕に力を貸してくれています」
「そうか! なら次はやり合わんで済むか。 個人的にはあの時の決着付けたいんじゃが、軍を上げてじゃと被害がでこうなるしな」
懐かしそうに笑うアクナディンだったが、その表情には少し陰りが見える。
「ギエンフォードさん、片目でも全然影響ない位強いですよ」
陰りの理由を見抜かれ、アクナディンは苦笑いする。
「ほぉか。 しかし、本当面倒ばっかじゃったわ。 王になるっちゅうんわ。 色んなもんが全てのし掛かるけぇ。 総大将やっとる方が何倍も楽じゃった」
そう話すアクナディンに、ノエルは柔らかく、そしていつもの真っ直ぐな瞳の笑みを向ける。
「大丈夫です。 覚悟は出来てますし、僕には支えてくれる仲間がいますから」
ノエルはアクナディンが何故こんな話をしたか、十分理解していた。
アクナディンもノエル同様、王位とは無関係だったにも関わらず、王となる道を歩んだ者だ。
しかも元々なる気があったわけではなく、状況がそうさせたという点もそっくりだ。
アクナディンは先達として、ノエルにこれからどの様な苦難が待ち受けているか、彼なりに教えようとしたのだ。
わざわざ先王を殺した等と外部にバレれば大事となる事まで明かして。
それはアクナディンなりのノエルに対する優しさだ。
決勝でノエルが真っ直ぐ自分をさらけ出した様に、アクナディンも全てをさらけ出してノエルへと助言をしたのだ。
本当にどこまでも不器用で真っ直ぐな王だと思いながら、ノエルはアクナディンに感謝した。
アクナディンもノエルが自身の意図を理解したと悟り、ニヤリと笑った。
「本当に察しのいい小僧じゃ。 わしとは偉い違いじゃ」
「ある程度察しが良くないと、なかなか大変な人達と一緒にいるんで。 あ、今ケーキ欲しがってるなとか」
「ハッハッハッ! あんたも苦労しとるようじゃのぅ!」
笑うアクナディンにノエルもつられて笑う。
「わしはのぅノエル。 今の国を変えるつまりじゃ。 軍事国家なんてもんにも自分の王位にも未練はない。 わしみたいな強い王がいらなくなったら、ファクラに王位を譲って楽隠居するつもりじゃ。 あんたの援助はそれを確実に早めてくれる。 じゃからわしも、あんたが目的を遂げれる様に力貸したるけぇ。 困った時にはしっかり頼れや」
そう語るアクナディンの姿は力強く、そして頼もしく見えた。
ノエルは改めてアクナディンを味方に付けれた事の大きさと、その心根の優しさに感謝し手を差し出した。
「僕も貴方の夢を応援しています、アクナディンさん」
「おお、頼りにしとるけぇのぉ」
差し出された手に、アクナディンはニヤリと握り返した。
二人の王の強固な約束が交わされた瞬間だった。
同じ頃、宮殿の中庭に一人の青年が静かに空を眺めていた。
「随分昼間と雰囲気違うじゃねぇか、審判さんよ」
声をかけられた青年、シンが振り向くと、そこにはリナがいた。
シンはリナを見て慌てて佇まいを直した。
「こ、これはリナ様! いや、私も昼間少々喋りすぎましてね! 職業柄こうしてたまにのんびり静かに休んでいるんですよ!」
「そうか。 そいつは悪かったな」
「いえいえ、私もかの五魔の方とお会いできて光栄です! 所で、リナ様こそどうしてここへ?」
「なに、折角ラバトゥまで来たのに、俺だけ何にもしてねぇと思ってな。 そっちの最高戦力に挨拶くらいしとこうと思ったんだよ」
そしてリナは好戦的な笑みを浮かべる。
「そうなんだろ? 最後の、そして最強の八武衆さんよ」




