ラバトゥ杯・準決勝2
テンとの試合を終えたノエルを待っていたのはイトスの治療と・・・。
「このアホ!」
「痛っ!」
リナの拳骨だった。
「てめぇバカリナ! 怪我してる奴殴る事はないだろ!?」
「頭は怪我してねぇだろ」
「そういう問題じゃねぇ!」
リナの行動に怒るイトスに、ノーラやレオナはそれぞれヤレヤレという反応だ。
ノエル達は今専用の控え室にいる。
本来ならすぐにレオナ対虎仮面の試合が始まる予定だったのだが、ノエル達の試合で予想以上に武舞台に大きな破損が出た為、その補修が行われている。
その為ノエルやレオナも控え室で待機中となり、イトスやリナ達と一旦合流したのだ。
「第一、こいつが無茶な戦い方するからだろうが。 特に最後のあのおっさんの頭突き。 なんで拳で受けたんだよ?」
「あ~それは俺も文句言いたい。 刀あんだからあれで防げばよかったじゃねぇか。 そうすりゃこんな怪我しなくて済んだのに」
イトスが治療している右手は骨にこそ異常はなかったがかなりボロボロだった。
黒の魔術で強化してこれなのだから、改めてテンの技の凄まじさがよくわかる。
「いや、刀だと折れると思って。 折角造って貰ったのに折れたらドルジオスさんに申し訳なくぎゃっ!?」
「当の使い手のお前が怪我済んじゃ意味ねぇだろ!?」
リナは二発目の拳骨を見舞うと、真面目な顔でノエルと向き合う。
「それにな、刀が折れそうだから素手で殴って怪我したなんて、造り手に対する侮辱もいいとこだ。 全然自分の武器信用されてなかったって事だからな」
リナの言葉にノエルは漸く己の考え違いに気付き、申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「刀なんてまた造らせりゃいい。 だがお前には代わりはねぇ。 ましてやお前は俺らの王なんだろ? そこんとこもう少し自覚しろ」
「はい、次からはもう少し自重します」
反省するノエルの頭に、リナは軽くポンと手を置いた。
「全く、本当は勝ってホッとしたとかあのお坊さんに勝てたの褒めたい癖に、最初にお説教なんて優等生になったわね」
「な! ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!!」
レオナに本心を突かれ顔を真っ赤にするリナだったが、いつもの様に喧嘩越しになることはなかった。
レオナの空気がどこか違うのと、その理由もリナにはわかっていた。
「お前だって随分高ぶってるじゃねぇか。 らしくねぇんじゃねぇか?」
「そうね。 あたしはあんたと違って戦闘を楽しむタイプじゃないんだけどね」
レオナはずっと使っていた剣と同じものをもう一本産み出すと腰に下げた。
「王様があれだけ頑張ったんだもの。 仮にも五魔の魔器デスサイズが情けない所見せるわけにはいかないでしょ」
レオナはそう言うと扉の方へと視線を向ける。
同時にカルラが部屋へと入ってきた。
「武舞台の補修終わったよ~♪ レオナちゃんは準備お願いね♪」
「わかったわ」
レオナは武舞台へ向かおうとするが、その前にノエルの方に顔を向ける。
「ノエル君。 次の試合、しっかり見ていてね」
「はい。 レオナさんも、頑張ってください」
レオナは軽く笑うと、控え室を後にした。
『さあ皆さんお待たせ致しました! 武舞台も完全復活! 早速再開といきましょう! まずは今大会注目の女剣士! レオナ選手!』
レオナが出ると、武舞台はすっかり元通りになっていた。
闘技場は先程のノエルとテンの試合の興奮がまだ治まらず、中断したにも関わらず熱気は欠片も衰えてはいなかった。
証拠に、レオナが登場すると大きな歓声が闘技場を包むんだ。
レオナが武舞台中央に立つと、シンは反対側に目を向ける。
『次はラバトゥ杯大本命! 虎仮面選手の入場です!』
観客の視線が虎仮面の入場口に向くと、大きな人影が現れた。
虎仮面の姿に歓声が上がる中、レオナはある変化に気付く。
大会が始まってからずっと素手で戦っていた虎仮面の背に、剣先が三又に分かれた巨大な剣が背負われていた。
『あ~っと! なんと虎仮面選手! 自身最強の武器! 大剣サンダリオンを装備しての入場だ~!! これはとうとう本気の虎仮面が見れるのか~!?』
闘技場に更なる熱気が渦巻く中、レオナが出てきた入場口からリナが苦笑する。
「あのおっさん、本当に正体隠す気あんのかよ?」
「サンダリオンといえばアクナディン陛下の愛剣ですよね。 私でも知ってますよ」
虎仮面として出ているにも関わらず王の愛剣を堂々と装備してきてしまうアクナディンに、ノーラですら少し呆れた様子だった。
「それよりリナさん。 こんなところに出てきて大丈夫なんですか?」
「構わねぇよ。 俺の素顔知ってる奴なんて殆どいねぇし、こんな状態じゃ誰もこっちなんか見ねぇよ」
正体がバレる事を心配するノエルに対し、リナは闘技場を見回しながら言った。
観客の視線は武舞台の二人に注がれ、他は何も目に入っていないようだった。
最も、先程のノエルの試合同様カルラとケンダツバ、そして新しく防御要員として加わったヤシャとリュウ達は周囲を警戒をしているようだったが。
(こういう状態ってのが一番暗殺やらなんやらが危ねぇからな。 神経質にもなるか)
そんな事を思いつつ、リナもレオナ達へと視線を向けた。
武舞台中央に立った虎仮面は、露出している口元で笑みを浮かべた。
「随分機嫌良さそうじゃない? そんな剣まで持ち出して」
「そりゃそうじゃ。 あの連中ん中じゃ恐らく最も武技に秀でてるあんたと、一戦士として戦えるけぇのぅ。 滾らん方がおかしい。 それに」
虎仮面は入場口のノエルに目を向ける。
「あんな試合見せられたんじゃ。 こがあ血が騒ぐんは久しぶりじゃ。 今から決勝が楽しみでしゃあないんじゃ!」
虎仮面もノエルとテンの試合に魅せられた様で、全身から闘気が溢れ出ていた。
それはつまり、ノエルが虎仮面、いや
アクナディンに闘うに値する相手と認められたということ。
その事に少し喜びを感じつつ、レオナも不敵に笑う。
「黒騎士様に興味持ってくれたのは嬉しいけど、他の相手に気を取られて戦えるほどあたしは甘くないわよ」
虎仮面はレオナの瞳に自分と同じ様に闘志が漲っているのに気付く。
伝説とまで言われたかつての敵の静かな、それでいて激しい闘志に虎仮面もまた不敵に笑う。
「ダッハッハッ! そりゃ悪かったのう! そうじゃのぅ。 あんたっちゅうもんが目の前におるのに他に目が行くんは無礼じゃったな。 なら、今はあんたとの一戦、楽しむとしようかのぅ!」
虎仮面が大剣サンダリオンを抜くと、レオナも同様に腰の2本の剣を抜き臨戦態勢となった。
『さあ両選手よろしいですね? では、準決勝第二試合、始め!』
「ずりゃああああ!!」
シンの合図と共に仕掛けたのは虎仮面だった。
虎仮面はサンダリオンを正面から思い切り振り下ろし、レオナは2本の剣を交差させそれを受け止める。
衝撃が周囲に走る中、そのまま二人は一気に剣の打ち合いを始める。
2本の剣による高速の剣撃を繰り出すレオナに対し、虎仮面もその巨大な剣からは想像も付かない速度で応じる。
激しくも鋭い二人の技に闘技場は一気に沸き上がる。
「レオナの奴、最初から飛ばしてやがるな」
「あんなレオナさん、初めて見ました」
「相手が相手だ。 レオナも舐めてかかれる相手じゃねぇってことだ。 ま、そんな本気のレオナと打ち合えるんだから、あのおっさんも流石武王ってだけはあるな」
自分も戦りたそうな顔をしながら話すリナにノエルも苦笑しつつ、それも仕方ないと思った。
実際この二人のぶつかり合いは、激しいが洗練されており、1種の舞踏を見る様な高揚感すらあった。
現にイトスとノーラですら、二人の闘いに完全に目を奪われていた。
ノエルはレオナの「しっかり見ていてね」という言葉の意味を再確認し、武舞台の二人に注目する。
激しい剣撃が飛び交う中、虎仮面は楽しそうに笑みを浮かべる。
「流石じゃ! そんな細身でよくわしの剣受けよるわ!」
「ありがと。 でもそっちもでかいくせによく動くじゃない」
「ダッハッハッ! 言いよる言いよる! 思わず惚れてしまいそうじゃけぇのぅ!」
「お生憎様。 もう素敵な旦那がいるのよ」
「ほぉかほぉか! 見る目がある男じゃのぅ! ならわしに惚れ直させ府為、ちと本気出すけぇのぉ!!」
瞬間、いきなりサンダリオンが2本に分かれた。
2本の大剣となったサンダリオンの攻撃は更に激しさを増した。
「ちょ!? 武器増やすなんて反則じゃない!?」
「おどれも普段武器無尽蔵し増やしとろうが!? こがあな程度で文句言われとうないないわ!」
単純に2倍になった虎仮面の攻撃をなんとか捌きながら、レオナはあることに気付く。
サンダリオンの剣先は3本あった。
だが今分かれた剣には剣先が2本。
後1本分は?
そう思った瞬間、目の前にもう1本剣が過る。
慌てて避けたレオナに、隙を付いた虎仮面の蹴りが入る。
骨が軋む音がする中レオナはなんとか体勢を立て直す。
そして虎仮面を見ると、虎仮面は3本の剣をまるでジャクリングの様に投げていた。
「なに? 闘技場の英雄は曲芸が趣味なの?」
「曲芸とは随分じゃのぅ。 こいつはわしの得意中の得意技よ。 目ぇかっぽじってしっかり見さらせ!」
「目かっぽじっったら見れないでしょ!」
軽口をききながら応戦するレオナだったが、ハッキリ言って虎仮面の剣はかなり面倒だった。
ジャクリングの様に投げながら斬りつけてくる事によりその軌道は不規則で読みづらい。
オマケに元々パワー型な虎仮面の一撃はとても重い。
単純な攻撃力に不規則な攻め、しかも速度はレオナと互角。
レオナにとって厄介な事この上なかった。
(本当やになっちゃう。 これ下手したら武器出せてもキツいかも)
愚痴りながらレオナは剣を弾くと、一旦距離を置いた。
その体には浅いが所々受け損ねた切り傷が出来ている。
「どうした!? そがあなもんかおどれの力は!?」
そう言いつつ虎仮面の表情はどこか楽しそうだ。
それは久しぶりに手応えのある相手と戦える事による喜びから出ているものだとレオナは感じた。
(これだからバトル好きは嫌なのよね。 子供みたいにはしゃいじゃって)
こちらが力を発揮すればするほど楽しそうに更に攻めてくる。
散々同系統とのリナの戦いを見てきたレオナにとって、虎仮面のそれはリナと同じだった。
恐らく二人が闘ったらさぞ楽しそうに闘うだろう。
そんな事を考えるとどこか可笑しくなる。
(似た者同士か。 本当、あたしよりリナ出した方がよかったかもね)
そう思いながら、レオナはこのまま引き下がる訳にはいかなかった。
仮にもリナと肩を並べる五魔の自分が、いくら能力が制限されているとはいえこのまま押されっぱなしではいかなかった。
(せめて、向こうのテンって人くらいはやらないとね)
瞬間、レオナの顔つきが先程とは変わった。
虎仮面もそれを察し、サンダリオンを構え直す。
レオナは虎仮面に向かい突進すると、持っていた剣の片方を投げつけた。
「しゃらくさいわ!」
虎仮面は剣を弾くとすぐ迎撃の構えを取る。
が、既に遅かった。
先程打ち合っていた時よりも速い速度でレオナは虎仮面の眼前に迫っている。
一瞬剣に気を取られただけで接近された事に驚きながら、虎仮面は瞬時にサンダリオンを1つに戻し迎撃する。
「なんなら~!!!」
虎仮面が雄叫びをあげながら剣を振り下ろし、レオナと交差する。
擦れ違い互いに背を向ける形で止まった二人だったが、次の瞬間、虎仮面の右腕から血が吹き出し、レオナの剣は粉々に砕け散った。
レオナはふぅと息を吐き両手を上げた。
「あ~あ、武器無くなっちゃった。 これじゃどうしようもないわね。 この勝負、あたしの降参ってことでいい?」
『え? あ、は、はい! レオナ選手、試合放棄により虎仮面選手の勝利です!』
突然のレオナの敗北宣言にシンと観客は動揺するが、虎仮面勝利という事実に徐々に歓声が沸き上がる。
その様子にレオナは武舞台から降りようとした。
「おい待たんかい!」
降りようとするレオナに、虎仮面は不服そうに呼び止める。
「なんであそこで止めた? こがあな掠り傷付けた程度で終いっちゅうんか?」
掠り傷と言うが、レオナが付けた傷はそこまで深くはなかったが、それでも十分重傷と呼ぶには相応しかった。
レオナはやれやれという様に首を振ると振り返った。
「何がそんなに不満なの? あたしは手加減したつもりはないわよ?」
あの時、レオナは全神経を虎仮面の右腕だけに集中した。
雑念も何もかも捨て、ただその一点のみを切り裂く。
剣士として最大限に研ぎ澄ませたレオナの技は、確かに本気の一撃と言っていいものだった。
「まだあんたもわしも続けられるのに止めなきゃならん理由が見えん。 折角あんたの本気が垣間見れたんじゃ。 このまま終わるんはスッキリせんわ!」
虎仮面はレオナが本気を出した事を認めつつも、納得がいかないようだった。
「あのね、そもそもあたしはあなたに勝つ気なかったのよ」
「な、なんじゃと!?」
驚く虎仮面に、レオナは更に捲し立てる。
「そりゃあなたに勝って決勝で師弟対決っていうのもちょっと憧れたわよ。 実際あたしにしては珍しくかなりやる気になってたし」
「そ、そいじゃなんで・・・・」
「でもね、それじゃウチの黒騎士様の為にならないの。 折角お互いの大将が揃ってるのに、その二人が直接ぶつからないなんてあり得ないでしょ? あなたも正面からあの子と向き合いたいんじゃないの? 少なくともウチの黒騎士様はそのつもりよ」
そこまで聞き漸く虎仮面にもレオナの意図がわかった。
彼女は臣下として、最初から自分の王に相応しい会談の場を整えようとしただけなのだ。
その為にわざわざ自分と闘い、虎仮面の実力をしっかり観客に見せつける事で決勝の場を更に盛り上げようとしたのだ。
しかもしっかり本気を出すことで完全に負けた訳じゃないとファクラや八武衆にちゃっかりアピールしている。
自分も相手も下げることなく、主の為に最高の舞台を用意する。
それがレオナの目的だったのだ。
無論、本気の虎仮面の実力をノエルに分析させるというのもあったのだろうが。
「どこまでいっでも王だなんだっちゅうんが付いて回るのが定めか」
虎仮面は若干残念そうだったが、漸く納得したようにサンダリオンを背中に背負い直す。
「しゃあないの。 じゃがその代わり次はとことん楽しもうや」
「そういうのはあっちの役目よ」
レオナはリナを指指すと、さっさと武舞台から降りていった。
「つれないの~。 じゃが、あんだけの実力のもんが付き従う男か。 明日が待ち遠しいのぅ」
虎仮面は明日の決勝を思い浮かべ、好戦的な笑みを浮かべた。
レオナはノエル達の方へ戻ると、イトスが駆け寄った。
「大丈夫か? でかい怪我とかは?」
「ないない。 大丈夫よ。 ありがとうねイトス君」
レオナはいつもの調子で答えるが、その笑顔はどことなく疲れていた。
実際肉体的よりも精神的な疲労の方が大きかった。
制限された中で闘うには、虎仮面であるアクナディンは強すぎた。
いくら勝つのが目的ではなかったとはいえ、そんな相手とギリギリの中ぶつかり合ったのだ。
疲労が大きくなるのも仕方ない。
そんなレオナに、リナは軽く肩に手を乗せた。
「お疲れ」
「珍しいわね。 あんたが負けたのにぎゃあぎゃあ言わないなんて」
「ば~か。 てめぇの真意くらいわかるっての」
素直じゃないリナの労いにレオナはクスリと笑うと、ノエルに向き合った。
「さあ、後は任せたわよ。 あのバレバレ仮面にあたし達の王様の力、しっかり見せつけてやって」
「はい。 レオナさんの闘い、決して無駄にはしません」
力強く答えるノエルに、レオナは笑顔を溢した。




