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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
133/360

ラバトゥ杯・準決勝1


 ラバトゥ杯3日目、いよいよ準決勝。

 闘技場は残った強者四人の闘いを楽しみにしている観客達の熱気で充満していた。

「いよいよ準決勝ですね。 ノエル様大丈夫でしょうか?」

 いつもの様に貴賓席で給仕役をしていたノーラも、心配そうに武舞台を見る。

 そこには既に黒騎士のノエルと、対戦相手の八武衆テンの姿があった。

 ノエルは落ち着いた様子で、いつもの様に合掌しながら瞑想するテンを見据えていた。

「大丈夫だろ。 あいつも伊達に修羅場潜ってきた訳じゃねぇからな」

 リナはいつもの調子で菓子を頬張りながら答えた。

 確かにテンが強いのはわかる。

 とても静かで穏やかだが、その闘気はテンから離れた貴賓席からでもわかる程強い。

 少なくともノエルと闘ったヤシャとは別格だろう。

 だがそれでも、リナに大きな不安はなかった。

 ノエルとて散々ラズゴートやダグノラと言った強者と対峙してきたのだ。

 出会った当初とは違い数々の修羅場を潜り抜けてきたノエルなら、このテンの闘気に充てられることもなく闘える。

 リナはそこは確信していた。

「それよりよ、あのうるせぇ女が今日はいねぇけどどうしたんだ?」

 リナはここの所毎日一緒に観戦していたカルラがいない事を尋ねる。

「昨日の試合の影響でね、少し仕事が出来たのでそちらに行ってもらってます。 お菓子食べたいってごねられましたが」

 やれやれと首を振るファクラに更に聞こうとすると、シンの声の声が闘技場に響き渡る。

『さあ皆様! お待たせ致しました! いよいよ、ラバトゥ杯準決勝第一試合の開始です!』

 観客が盛り上がる中、ノエルと対峙したテンは静かに目を開きノエルを見下ろした。

「これまでの主の闘い、見ていてなかなか楽しかった。 とても真っ直ぐで心地よい」

 テンの言葉はこれから闘うとは思えない程穏やかなものだった。

 これまでヤシャ達の様な鋭く激しい殺気を浴びてきたノエルはテンの態度に少し戸惑いつつも、同じ様に返す。

「ありがとうございます。 今日は胸をお借りします」

 「でも負けるつもりはない」という様に目に闘志を宿すと、テンは小さく口角を上げる。

「若者はそれくらい覇気がなくてはな。 八武衆が一人テン。 お相手しよう」

 両者の闘志が上がったのに気付き、シンは開始の合図を出す。

『準決勝第一試合、始め!』

 ノエルは刀を抜きいきなりテンに斬りかかる。

 テンはそれを手刀で受け止めるとそのまま打ち合いが始まる。

 漆黒の刀と手刀の打ち合いに、観客は大きく沸いた。

「ふむ、実力上位の者に対して臆することなく懐に入るか。 流石に修羅場を潜っている様だ」

 激しい打ち合いの中でも変わらぬテンの様子に、ノエルは更に剣速を増す。

「ふふふ、なるほど。 ヤシャに勝ったのも頷ける剣速。 では此方も」

 テンはいきなり合掌すると、両手を合わせた手刀をノエルに突き出す。

 ノエルは後方に避けるが、いきなり間合いが伸び手刀が目の前に迫る。

 ノエルは驚きながらノエルは右に避けると、テンが右腕のみを一気に突き出していた。

 瞬時に間合いの伸びた原因に気付いた

その時、右の手刀が横凪ぎにノエルを襲う。

「くっ!」

 ノエルは刀でなんとか防ぐが、肩の装甲の一部が抉り取られていた。

「むう、中まで届かなかったか。 やはり筋がいい」

 相変わらず落ち着いた様子のテンにノエルは魔力を片手に宿すと漆黒の炎を放つ。

(物理攻撃では不利と見て魔法に切り換えたか。 思考も柔軟。 だが・・・)

 テンは再び合掌すると目を見開いた。

「喝っ!!!」

 テンの発した気合いで、黒炎はあっさり霧散した。

「威力が弱すぎる。 それでは拙僧には効かぬ」

 触れる事なく気合いだけで黒炎を消し飛ばしされた事に驚くノエルに、テンは静かに聞く。

「何故手加減をする? 主の性格上この程度で拙僧を倒せると思う程甘くはないはずだが?」

 加減をしていたことを見抜かれたノエルは、なんとか冷静さを保ちつつ再び刀を構えてテンと対峙する。

「沈黙か。 ならば拳で答えを聞くとするか」

 テンはその筋肉質な見た目では想像できぬ速さでノエルに接近する。

 そして例の合掌を機転とする手刀を繰り出していく。

「ぐっ!?」

 ノエルは縦横無尽に繰り出される手刀をなんとか防ぐが、ノエルの鎧は徐々に削られていった。


「紙一重で防ぐのが精一杯か。 こりゃやべぇな」

 貴賓席のリナが呟くと、イトスが詰め寄る。

「やべぇなじゃねぇだろ!? 何とかしねぇと! あ、あの鎧確かお前の重力かかってんだろ!? それ解除すれば・・・」

「んなもん本戦進んだ時とっくに解除してるに決まってんだろ」

「え? じゃあなんでイトス全力出せてねぇんだよ?」

 その原因はリナには何となく察しはついていた。

 恐らく原因は昨日の虎仮面とオズワルドの一戦。

 オズワルドの強力な魔術が観客を巻き添えにするかもしれない場面を見てしまい、万一自分の魔法が客席に飛んでしまったらという考えが過ってしまったのだろう。

 戦士ならともかく、客席にいるのはただの一般人。

 ノエルの全力の魔法が当たれば確実に死ぬ。

 そう感じたからこそノエルは力を出し切れずにいたのだ。

(とは言っても、まだ剣だけじゃあのおっさんには勝てねぇ。 どうすんだノエル?)

 リナが見守る中、ノエルはなんとかテンの攻撃を防ぎながら反撃の機会を探っていた。

「斬撃では加減は無いか。 なるほど、そういうことか」

「え? グハッ!?」

 テンの声に一瞬意識が反れた隙に、ノエルは胸に手刀を喰らい後方へ吹き飛ぶ。

 貫かれはしなかったものの、衝撃で息が詰まらせたノエルだったがなんとか体勢を整え、場外への転落を免れる。

「ぬん!!」

 間髪入れず、テンが足に力を込め武舞台を踏み締める。

 すると踏み締められた場所から衝撃波が発生し、武舞台の石板を吹き飛ばしながらノエルへと向かってくる。

 ノエルは避けようとしたが、避ければ観客席に被害が出ると思い、その場で受け止める構えを取る。

「! 馬鹿野郎! 避けろ!」

 リナが叫ぶ中、ノエルは全身に力と魔力を込め防御するよう両手を前方にクロスさせる。

 だが、衝撃波はノエルに当たる直前反れ、観客席の方へと向かった。

「な!?」

 ノエルは防ごうと魔力を放とうとするが間に合わず、衝撃波は観客席に激突し土煙が上がった。

 辺りから悲鳴が上がる中、ノエルはテンを睨み付ける。

「・・・・あなたは、いったい何をしてるんですか!?」

 わざと衝撃波を曲げられた事に気付きノエルは声に怒気を混じらせる。

 そんなノエルに、テンはふふふと笑い出す。

「他国の民の為に身を挺し庇おうとするとは。 目的の為なら、自国の民すら犠牲にする王もいるというのに、どうやら主は相当甘い男の様だ」

「! あなたはそれを試す為に関係ない人達を!」

 自分を試す為だけに関係ない人を巻き添えにしたテンに対しノエルは怒りを露にする。

 だがテンは、まるでイタズラを仕掛けた子供の様な笑みを浮かべる。

「ふふふ、主はどうやら思ったより感情型の様だな。 だから観察力が落ちるのだ」

「? それはどういう?」

 言葉の意味がわからずにいるノエルはハッとし、後ろを振り返る。

 すると土煙の中から徐々に巨大な人物が動物の角が付いた特殊な盾を構えている姿が現れてくる。

『あ~っと! テン選手の衝撃波から観客を守ったのは、八武衆一の巨漢にして防御の達人! ケンダツバ様だ~!!』

 シンの実況と同時に土煙が完全に晴れ、ケンダツバの後ろにいる客達には傷ひとつ付いていない事がわかった。

 その事に会場から歓声が上がる。

「テン。 もう少し加減しろ。 防ぐ方も大変なんだからな」

「すまん。 だが加減しては主らに頼む意味がないだろう」

 テンの言葉にケンダツバはやれやれと溜め息を吐く。

「これは・・・・」

「はいは~い♪ 説明しま~す♪」

 そう言ってケンダツバとは反対側の観客席から羽衣を纏ったカルラが軽やかに現れる。

「昨日の試合で観客の皆に被害が出る可能性が出てきたから、あたし達八武衆が皆さんを選手の攻撃の余波から護ることになりました~♪ だから安心して観戦してね♪」

『わわ! 私の解説取らないでくださいカルラ様~!!』

「最初に説明しないシンちゃんが悪いんだも~ん♪」

 シンとカルラが言い合いをする中、ノエルは漸くテンの真意を理解した。

「そうですか。 僕は本当に試されていたんですね」

「人というのは咄嗟の行動で本心が出るものだ。 主は最後まで観客を守ろうと必死に動こうとした。 果たすべき目的を持つ王としては失格やもしれんが、己が野望より他者を尊ぶ主の様な男は、拙僧は嫌いではない」

 テンは穏やかな笑みを浮かべて言うと、表情を引き締め闘志を強める。

「さあ、これで主も本気が出せるだろう。 我ら八武衆、民を守護神として主の攻撃から観客を護りきってみせようぞ」

 合掌をし構えるテンに、ノエルも応える様に魔力を上げる。

「わかりました。 先程の非礼は、僕の全力でお詫びさせて頂きます」

「良い闘志だ。 来い!」

 ノエルが飛び出すと、武舞台中央で再び二人が激突する。

 ノエルは斬撃に黒雷を纏わせると、テンは先程の様に受けず身を交わした。

 かすった腕から鮮血が滲み、威力が数段上がった事を示す。

 それだけではなく、刀から飛び出した黒雷の斬撃が観客席に向かって飛んでいく。

「ちょっとちょっと! いきなり強いの来すぎだって!」

 カルラは舞うような動きで羽衣を展開させ、斬撃を包む様に受け止めるとそのまま上空へと軌道を変えた。

(あのカルラが軌道を変えるのが精一杯とは、これがノエル王の真の力か)

 ノエルの真の力を見たテンはそこで初めて好戦的な笑みを浮かべる。

(魔帝の子がなんとも良き強者となったものか。 だが、そう簡単に変化を許す拙僧ではないぞ!)

 テンは手刀の連打を放ちノエルを追い詰めようとする。

 するとノエルは全身から黒炎を放ちそれを防ぐ。

 両手が焼ける中テンはノエルに手刀を叩き込み、右肩の部分を完全に破壊する。

 両者気迫のぶつかり合いに、観客達は余波など気にする様子もなく興奮し試合に夢中になる。

 肩に走る激痛に顔をしかめながら、ノエルは刀で手刀を払うと、剣速を上げ正面から刀を振り下ろす。

「温いわ!」

 振り下ろされる直前、テンは合掌の要領で白羽取りで刀を挟んだ。

 だが、すぐ手応えがおかしいことに気付く。

 ノエルは刀が掴まれる瞬間素早く手を離し、両手に黒雷と黒炎をそれぞれ形成していた。

掌打炎雷(しょうだえんらい)!!!」

 ノエルは漆黒の炎と雷を纏った掌打をテンの腹に同時に叩き込む。

 掌打と黒炎、黒雷の衝撃をモロに受けたテンは、そのまま後方へと吹き飛んだ。

『クリーンヒット~!! 黒騎士選手の渾身の技がテン選手を捉えた~! これはもう立てないか~!?』

 シンの実況が流れる中、テンは膝を付きながら踏ん張り、何とか場外は免れる。

 そしてゆっくりと立ち上がると、その腹からは技で焼けた事で煙が出ていた。

「・・・・そうか。 主はその刀の前は無手で闘っていたのだったな。 なかなか効いたぞ」

「格闘の師匠が良かったですからね」

 ノエルは拳を握りながら、かつて組手をしてくれたライルの姿を思い出す。

「ふふふ、なるほど良き者に囲まれている様だな。 だが、まだ変化を許す訳にはいかぬな」

 テンはノエルの元まで歩み寄ると、静かに合掌をした。

「今度は拙僧が主に礼を尽くす番だ。 受けてもらうぞ」

「ええ。 全力で受けさせてもらいます」

「ならば、我が切り札! とくと味わえ!」

 テンは体を仰け反らせると、手刀ではなくその坊主頭をノエルに振り下ろした。

 ノエルはそれに対抗する為右の拳をテンの頭突きにぶつける。

 金属同士がぶつかった様な重い音が闘技場に響き渡る。

 するとノエルの右手の鎧が完全に砕け散り、手から鮮血が噴き出す。

「ふ、ふふふ・・・・若者の成長とは・・・・なんと良きもの・・・・か・・・・」

 そう言うと、テンはそのまま倒れた。

 テンの頭が当たると武舞台には大きな縦のヒビが入り、その威力の凄まじさを物語る。

 シンはテンに近付くと、テンが穏やかな表情で意識を失っていることを確認した。

『勝者! 黒騎士選手!!』

 瞬間、優勝候補のテンが破れた衝撃が闘技場を包み、勝者であるノエルに闘技場中からノエルを讃える歓声があがる。

 ノエルは勝利が確定すると、その場で崩れ落ち片膝を着いた。

「ヤバイ! ありゃすぐに診ねぇと!」

 イトスはノエルの怪我の深刻さに気付き貴賓席から出ていくとノーラもそれに続いた。

 唯一残ったリナは、そのままドカッと椅子に座り直した。

「行かないのですか?」

「俺が表に出ると面倒なんだろ?」

「お気遣い感謝します。 しかし、本当に彼は此方の予想を越えますね。 正直テン和尚が負けるとは思っていませんでしたよ」

 ファクラは素直な感想を述べた。

 実際危惧はしていたとはいえ、八武衆最強クラスのテンがノエルに負けるとは考えづらかった。

 だがそれでもノエルは勝った。

 テンの試合内容やカルラとケンダツバの活躍で八武衆の弱体化等のイメージは付かないだろうが、テンが敗れるということはファクラ達にとって大きな衝撃だった。

「あいつもしっかり背負ってんだよ。 あいつなりの覚悟をな」

「それが彼の王としてのあり方ですか。 しかし、少々背負いすぎな気がします。 他国の民の身まで背負おうとするのは、あまりにも無謀です」

「バ~カ。 その為に俺達がいるんだよ。 あいつが背負おうとするもんに潰れねぇ様にな」

 リナの目に宿る強い覚悟を、ファクラは知っていた。

 それは自分や八武衆がアクナディンを支えると決めた時と同じもの。

 だからこそ、ファクラはその覚悟の強さを、そしてそうさせる王の力を誰よりも理解できた。

 ノエルという名の王の力を。

 そんなファクラを他所に、リナは静かにノエルを見下ろす。

(無茶ばっかしやがってあの馬鹿。 後で説教してやるか)

 そう考えるリナの表情は、ノエルが勝利した安堵に包まれていた。


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