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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
131/360

ラバトゥ杯・本戦3


 第3試合まで終わり、残すは第4試合のみ。

 待ちに待った虎仮面の試合に、会場はレオナがリュウに勝った時以上の興奮に包まれる。

「しかしあのおっさん人気だな。 あんまり好かれる様には見えねぇけどな」

 貴賓席のリナの言葉にファクラは苦笑する。

「あの見た目と話し方ですからね」

 そんなファクラを見ながら、イトスは民衆の反応が不思議でならなかった。

 民衆の殆どは虎仮面はアクナディンであることを知っている。

 ラバトゥは軍事国家であり、未だ緊張状態の周辺国も少なくない。

 そしてアクナディンは政治が苦手でそれらの対策は大体ファクラがこなしている。

 いくら武王と呼ばれる程戦に強いとはいえ、詳細は知らなくとも政治がそんな体たらくの王を国民が支持している。

 少なくとも、この会場に来ている者達は確実にアクナディンを慕っているように見える。

 その事がイトスには今一つ理解できなかった。

(戦なんて普通なら国民には毒にしかならねぇ。 それを得意とし、内政では直接有効な政策を打ち出せず軍事体制を維持してるあのおっさんがなんでこんなに人気なのか? 師匠ならわかんのかな?)

 エルモンドの代わりとして来たイトスには目的があった。

 それはラバトゥとアクナディンを見極めること。

 もし今回の条約が上手くいったとしても、それがずっと続くなんてあり得ない。

 長く続けば必ず綻びが出来てくる。

 その原因が王であるアクナディンか、それとも国民から出るかわからないが、その綻びによりプラネとラバトゥの関係が悪くなれば、聖帝と戦う時、もしくは聖帝を倒した後の国の立て直しの障害となる。

 イトスはそういった不安要素がないか、またあるならどう対処すべきか、それらをこの国と王であるアクナディンを見極める事で模索しようとしていた。

『さあいよいよ本日最終試合! 虎仮面選手対オズワルド選手の試合です!』

 イトスが思考する中、シンのアナウンスで虎仮面とオズワルドが武舞台に上がると、歓声はより大きくなった。

 

「なんなら~!!」

 虎仮面が気合いの雄叫びで会場の声援に応える中、オズワルドは冷静に正面の虎仮面を見据える。

(こいつがあの武王か。 武器も持たずに来るとは、私も舐められたものだ)

 オズワルドは丸腰の虎仮面を不服に感じるが、すぐに思い直す。

(まあいい。 丸腰だろうがなんだろうが相手はあの武王。 私の最後の相手に相応しいのに代わりない)

 オズワルドはいつか歴史に名を刻む偉大な魔術師となる事を目標とし、何年も何年も研究と研鑽を積んできた熟練の魔術師だった。

 努力の甲斐もあり魔術師としてはかなり上位となった彼だったが、世間はそこまで彼を認知しなかった。

 原因大きくは二つ。

 一つは術の研鑽の為長い間自身の修練場に引きこもっていたので、アルビアの大戦など活躍の機会を逃したこと。

 そしてもう一つは彼以上の術師が二人いたこと。

 一人は四大精霊を操る魔人ルシフェルことルドルフ・ミレ・エルモンド。

 もう一人は氷の都と呼ばれる北の大国ルシスの王、賢王アクレイア・マーカス。

 大戦後オズワルドは自身の名を上げようと活動してきたが、この二人には遠く及ばなかった。

 もはやこの二人を越えることは不可能と悟ったオズワルドは、己の命を懸けた賭けに出ることにした。

 それは武王アクナディンの暗殺。

 戦上手で本人もラバトゥ1の武人と言われるアクナディンに正面から挑み殺せば、自分の名は歴史に刻まれる。

 最強の武王を殺した魔術師として。

 その為にわざわざアクナディンをよく思わない国に刺客として雇われ、ここまでの手筈を整えさせたのだ。

 成功しようがしなかろうが、恐らく自分の命はここで終わるだろう。

 だがそれだけの価値はある。

 自身の研究と努力が無駄ではなかったと証明できるのだから。

 そう思いながら、オズワルドは静かに開始の合図を待った。

「しゃあ! さっさと始めようかの~!」

 虎仮面が目配せすると、シンは頷き構える。

『では、第四試合、始め!』

 開始と同時にオズワルドは光球を虎仮面に目掛け放つ。

「ぬりゃ!」

 放たれた光球を虎仮面が拳で弾くと、それは上空で爆発した。

 オズワルドは独自に開発した爆裂呪文が難なく弾かれた事に動じず、呪文を連発しながら距離を取った。

 虎仮面は魔術が使えない。

 ならば接近戦を避け遠距離から削り取ればいい。

 爆裂呪文はその為の目眩まし程度のつもりで放ったのだ。

「うっとおしいわ!!」

 虎仮面は光球の幾つかをオズワルドへと弾き返す。

 拳のみで魔術を正確に弾き返してきた虎仮面の反撃に驚きながら、オズワルドは冷静に弾かれた光球を消した。

(このままではまずいか)

 どんな形であれ遠距離から反撃されたオズワルドは攻撃を炎へと変えた。

 拳で弾き返せない炎でなら反撃も出来ないと思われた事に、虎仮面は不敵に笑う。

「舐めんなや!!」

 虎仮面は拳圧で炎を消そうと拳を振るうが、炎は拳にまとわり付いた瞬間まるで氷の様に固まった。

「な!?」

 虎仮面が驚く中他の炎もまるで虎仮面の体を拘束するように固まった。

「結晶呪文。 生き物以外全ての物を結晶化させる我が秘術だ」

 オズワルドは虎仮面の拘束に成功すると、両手から深紅を魔力を発生させ頭上でアーチを描く様に結合させる。

 爆裂呪文で殆どダメージが入らないと核心したオズワルドは削るのは不利と感じ、一気に勝負を決めるべく自身最高威力の術に全魔力を込める。

「せめて苦しまず逝け」

 オズワルドは両手を描かれたアーチをなぞる様に組み合わせると、それを前に突き出した。

「ラーズ・ベルタ」

 極大の熱線が放たれる。

 それは熱量だけならクロードのフレアランスに匹敵するかの様に思える程で、熱線の通った舞台の石盤を黒く焦がす。

 その極大の熱線が虎仮面の全身を包もうと迫る。

「なんなら~!!!」

 虎仮面は雄叫びを上げると、拘束してきた炎の結晶を砕き、正面からその熱線を受け止めた。

「な!? 馬鹿な!?」

 熱線を生身で受け止める等という非常識な虎仮面の行動にオズワルドが驚愕する中、虎仮面は全身に力を込める

「ずありゃ~!!!」

 虎仮面はそのまま熱線を上空へと投げ飛ばした。

 熱線は上空へと舞い上がり、そのまま空の彼方へと消えていった。

 その光景に観客も、そして術を放ったオズワルド本人も呆然とし、言葉を失った。

 熱線を投げ飛ばす。

 そんな非常識をした当の虎仮面は受け止めた両手を、まるで少し熱いものを持って火傷した時の様にふーふー息をかけて冷ましていた。

「こら~!! おどりゃなんちゅうもんぶっ放しとんじゃ!? 危うく客が巻き込まれるとこじゃったろうが!?」

 虎仮面の言葉に我に返ったオズワルドは、虎仮面の後ろの客席の存在に気付く。

 もし虎仮面が避けていれば、その後ろの客は全員死んでいた。

 虎仮面はそんな観客を守る為に、敢えて正面から受け止め、被害が出ない上空へと投げ飛ばしたのだ。

(ああ、私は自分の功名心の為なんということを・・・・・)

 危うく無関係な観客をも巻き添えにする所だった。

 その事実に気付いたオズワルドはその場に膝を付いて崩れ落ちる。

 自身の功名心がそんなことにも気付かない程視野を狭めていた事に、強い後悔の念が込み上げる。

「おどれは何しとんじゃ!?」

 そんなオズワルドに虎仮面の一喝が響く。

「折角おもろうなってきたんじゃ! 早う続きと行こうか!」

 まだ試合を続ける気でいる虎仮面に、オズワルドは動揺を隠さなかった。

「ま、まだやるというのか?」

「当たり前じゃ! こちとらお前さんの術のお陰で漸く体が暖まってきて、久々に楽しゅうなってきたんじゃ! この程度で止められるか!」

「だ、だが、私はお前を殺そうと、それで観客まで巻き込みそうになって・・・・」

「アホぬかせ! ワシ相手にすんなら殺す気で来るのが当たり前じゃ! 相手が全力で来たもんこっちも全力で受け止める! それがワシの流儀じゃ!」

 堂々とそう言い切るアクナディンに、オズワルドは呆気にとられる。

 その言葉には裏も表もない。

 正真正銘アクナディンの真っ直ぐな想いだった。

(一国の王が、こんなに正直でいいのか?)

 そう思ったオズワルドは自然と口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。

「まずは観客を巻き込もうとした非礼を詫びよう。 そして貴殿の気持ちに応える為、我が残りの全魔力を馳走しよう」

「よっしゃ! かかってこんかい!」

 闘志を取り戻したオズワルドに、虎仮面も更に猛る。

 オズワルドは再び両手に魔力を集めると、それを空中に放つ。

 するといくつもの水晶のレンズが空中に浮遊し始める。

(もはや魔力は殆んどない。 ならば我が真の切り札を披露しよう)

「おお! なかなか面白そうじゃの! ドンと来てみぃ!」

 オズワルドの術を見た虎仮面は楽しそうにまた正面から受けようと構えた。

(己を殺そうとした相手の技を再び受けるとは、なんとも愚かな王だ。 だが、私の様に下らぬ策略や野心で動く者より、何倍もいい!)

 自身の功名心のみで動いた己と正面から真っ直ぐ受け止めようとしてくれる虎仮面に対して、オズワルドはその想いに応えようと魔力を高める。

 オズワルドは上空に魔力を放つと、それは光線となり水晶のレンズに当たった。

 光線は跳ね返り別の水晶に当たり、更にまたまた跳ね返り他の水晶へと当たる。

 虎仮面の上空で光線は水晶の間を乱反射し、その速度は徐々に増していく。

「光の奔流に呑まれよ! フレアカノン!」

 何度も反射を繰り返し、その速度から来るエネルギーが最大に高まった光線は、虎仮面を貫く為に音速となり降り注いだ。

「ふん!!」

 虎仮面は素早く反応し光線を掴むと、両手で握り潰す様に力を込める。

「なんなら~!!!」

 虎仮面が気合いを入れると、光線は霧散し、光の粒子となった。

 虎仮面は自身の手の平を見ると、表面はズタズタになっており、まだ軽く煙が出ていた。

 驚異的な防御力を持つ虎仮面にこれだけの傷を負わせた。

 それはそのままあの光線の威力の高さを物語っていた。

 虎仮面はそれに満足したようにニヤリと笑うと正面を向き直る。

 そこには魔力が尽き、今にも倒れそうになっているオズワルドが写る。

「ええ技じゃった。 楽しかったぞ!」

 虎仮面の素直な感想にオズワルドは小さく笑うと、そのまま力尽きて倒れた。

『勝者! 虎仮面選手!』

 シンが宣言すると、会場から大きな歓声と拍手が虎仮面へと贈られた。

 

 その様子を貴賓席から見るイトスは、虎仮面であるアクナディンとある人物が重なった。

「なあ」

「あ? なんだ?」

「あの人、ノエルに少し似てねぇか?」

「似てるっつぅか、馬鹿正直な所が同じだな。 で、その馬鹿正直なせいで周りを振り回して苦労かけまくるって所がそっくりだ」

「なかなか耳が痛いですね」

 リナの指摘に苦笑するファクラは、ふと背後のカルラに視線を送る。

「彼の事頼むよ」

「了解♪ こっそり回収しときます♪」

 カルラはいつも通りニコッと笑うとその場から消えた。

「スカウトか?」

「そういうこと。 この国には優秀な魔術の使い手は少ないからね。 彼みたいな人材はしっかり確保しときたいんだ。

それに、こっちが動かないと陛下が勝手にあれこれ進めそうだからね。 その方が何倍も面倒が増えるんだよ」

 愚痴混じりで話すが、ファクラの表情はむしろどこか楽しそうだ。

 イトスはこれがファクラの魅力かと漸く納得した。

 どこまでも真っ直ぐ正直に、裏表なく相手と向き合い事を成す。

 そんな姿は、策謀渦巻く政治の世界では一見愚かだが、とても眩しく見える。

 更に暗殺者であろうと自身が気に入れば受け入れる懐の深さもある。

 どこかガキ大将の様なその姿は、アクナディンを見る者にとって親しみやすく、頼りになるものなのだろう。

 そんな変わった魅力のある王に惹かれ、ファクラ達は率先して彼をサポートしているのだ。

 彼らの王が好き勝手出来るように。

 それはファクラ達にとって、大変でありながら遣り甲斐のある事なのだろう。

 そしてそんなファクラにノエルは似ている。

 性格こそ違えど、その根本はノエルも同じ。

 裏表なく真っ直ぐ相手にぶつかり、例え敵でも無闇に戦わず分かり合う。

 そんなノエルにリナ達五魔やラグザ達亜人が付き従い、敵であるラズゴートやギゼル、他国の重鎮であるダクノラ達ですら認めさせた。

 アクナディンとノエルは、似たようなタイプの王と言える存在だった。 

(まあ、ノエルの方がまだ頭使ったりする分アクナディンより政治には向いてるか)

 イトスは心の中で呟きながら、アクナディンとファクラの関係がもしかしたら将来の自分とノエルの関係になるかもしれないと感じた。

 現時点で自分にはファクラの様に主の意向を瞬時に察し行動する能力はない。

 それでも、ノエルが自分の思う通りに行動出来る様にしてやりたい。

 それがイトスの正直な気持ちだった。

 イトスはこの国にいる間ファクラを観察して学ぶ事を決意し、その日の試合は終了した。


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