ラバトゥ杯・予選
全選手が揃った事で、シンは改めて観客達に向き直る。
『さて、これから予選を行いますが、予選の流れとルールを簡単に説明をさせてもらいます! まず選手達にはくじを引いてもらい、8つの組に分かれてもらいます! つまり、1組10人によるバトルロイヤルです! ルールはいたって簡単! 相手を気絶か降参、または場外に叩き落とし、最後まで残った人がその組の勝者です! 勿論、武器も魔術も使用してOK! 唯一の禁止事項は相手を殺すこと! それ以外はなんでもあり! 簡単でしょ?』
殺す以外なんでもありというある意味とんでもないルールをサラリと話したシンはどこからか箱を取り出した。
『さあ、この中に組の数字の書かれた玉が入ってますので、順番に取っていって下さい!』
「よっしゃ~!! 一番手はワシじゃけぇの~」
アクナディン、もとい虎仮面が真っ先にくじを引きに行くと、その後をゾロゾロと続いてくじを引いていく。
『さて、全員引き終わった様ですね~。 では! 一番以外の方は一旦舞台から降りてください!』
シンに言われ選手達が降りる中、ノエルこと黒騎士は舞台に残った。
「これはこれは。 いきなりノエル陛下、いえ、黒騎士殿の戦いが見れるとは」
「ふふん♪ どれくらいなのかお手並み拝見♪」
貴賓席ではいきなり出番の来たノエルに、ファクラとカルラは興味深そうに舞台を見下ろした。
同時に、予選一組目の試合開始の銅鑼が鳴らされた。
銅鑼と同時に舞台は選手達が入り乱れ戦い始める。
ある者は魔法で、ある者は武器を手に他の選手と激闘を繰り広げる。
そんな中、一人目立つ男がいた。
「もらった!」
「温いわ!!」
武器を手に襲いかかってきた3人を、その鎧を着た巨体の男は持っていた槍で一気に場外へと吹き飛ばした。
『おおっと! ラバトゥ正規軍サディール軍団長! 早くも3人を蹴散らした~!!』
シンの実況と共に客から歓声が上がる。
「やるな、あのおっさん」
「ふふん♪ サディールさんは強いよ~。 正規軍の中じゃ一番強いかもね♪ そんな人と当たるなんて黒騎士さん運がないね~」
カルラの軽口に、リナは不敵に笑う。
「そいつはどうかな?」
「え?」
カルラが少しリナに気を取られた隙に、舞台上で轟音が響いた。
カルラが舞台を見ると、黒騎士が3人の選手を吹き飛ばしていた。
『ああっと! なんとここで異国から来た謎の黒騎士が、サディール軍団長と同じ様に選手を吹き飛ばして見せた~!!!』
まるでサディールへの意趣返しとも思えるノエルの行動に、観客達は大きく沸いた。
「面白い!」
サディールは組み合っていた選手を吹き飛ばすと、ノエルの方へと物凄い勢いで突進してくる。
「このラバトゥ第一軍団長サディールを前になかなかの気骨の持ち主よ! 喜んで相手をしよう!」
ノエルは自分に向かってきた残りの選手を場外に落とすと、サディールに向き直る。
「ええ。 よろしくお願いします」
構えるノエルに、サディールは突進の勢いそのままに頭上で槍を大きく回し始める。
「ずりゃあああ!!!」
サディールの雄叫びと共に怪力と遠心力により更に勢いが付けられた槍がノエルに向かい全力で降り下ろされる。
槍がノエルと激突し、周囲に衝撃による砂煙が舞う。
『あ~っと! サディール軍団長の渾身の一撃が決まった~!!! 黒騎士哀れにも正面から食らっ・・・・・え?』
砂煙が晴れていくにつれ、実況していたシンは思わず驚き固まり、サディールも驚愕の表情を浮かべた。
激突した様に見えた槍の先端がへし折られ、その先端はノエルの手の中に握られていた。
『な、なんと黒騎士!! サディール軍団長の渾身の一撃を片手で受け止め、そのままへし折ってみせた~!!!』
ノエルの行動に観客から歓声が響く中
、当のノエルは静かにサディールに告げた。
「どうします? 武器が折れた今、あなたに勝ち目はありませんよ?」
サディールはノエルを見つめると、その瞳に再び闘志をみなぎらせる。
「確かに武人として武器を破壊されたのは敗北だ! だが、ラバトゥ軍人に武器が壊れたからと引き下がる腰抜けはおらんわ~!!!」
先程よりも強い気迫を纏い、折れた槍をノエルに放つ。
「なら此方も、相応の返答をしなければ非礼になりますね」
ノエルは槍をかわすと、右手に魔力を込め黒い稲光がバチバチと走る。
「黒雷」
ノエルはそのまま拳をサディールの腹に当てると、黒い雷光がサディールを貫く。
サディールは衝撃で場外まで吹き飛び、仰向けに倒れた。
シンは慌ててサディールに近付くと、サディールは苦しそうに息をしながらも命に別状はなかった。
『勝者! 黒騎士~!!!』
シンが高らかに叫ぶと観客からは歓声が起こり、貴賓席のイトス達から安堵の声が上がる。
「たくノエルの奴、驚かせやがって」
「でも流石ノエル様です! 素晴らしい勝利です!」
喜ぶノーラの横で、リナは悪い顔をしてファクラ達の方を見た。
「おいどうした? 急に口数が減ったな?」
ノエルを見るファクラ達の目付きが変わった事に気付いたリナの挑発に、ファクラは苦笑する。
「いや、少々想定外でしてね」
「当たり前だろ? あいつはノルウェの子で、俺達五魔全員の扱きに耐えた男だぜ」
勝ち誇った様な顔をするリナに対し、ファクラはノエルに対し認識を改めていた。
ノエルが五魔と会って一年経つか位のはず。
その間に自国の軍団長に圧勝するだけの力を手に入れたその吸収速度は恐るべきものだ。
現に自身よりも戦闘に関する目を持つカルラすら今のノエルの闘いでいつもの軽く明るい目付きが一瞬鋭いものに変わった。
(どうやら、ただ魔帝の子と片付けていい相手では無さそうだ)
ファクラが思案する間予選は進み、ついに五組目の試合、レオナの出番が回ってきた。
レオナが舞台に上がると大きな歓声が起こる。
だがそれはレオナに対してではなく、この国の最強武人の一角に贈られたものだった。
『さあ皆様お待ちかね! ついに本日三人目の八武衆!! 美しき牙こと、マコラガ様の登場だ~!!!』
既にヤシャ、テンと二人の八武衆が予選を突破した事もあり、マコラガの登場に歓声達は湧いた。
しなやかな動きで舞台に立つマコラガは、チラリとレオナの方を一瞥する。
レオナはその口元の臼布の奥の口が挑発的な笑みを浮かべるのを見逃さなかった。
それにカチンと来たレオナは既に産み出していた剣を握る手に力を込める。
『では予選第五組目、始め!!』
シンの声と同時に銅鑼が鳴った瞬間、それは起こった。
レオナとマコラガが他の選手を次々と倒していく。
選ばれた強者達が、まるで塵芥の如く薙ぎ倒され、あっという間にレオナとマコラガ二人だけになってしまった。
『な、なんと言うことでしょうか!? まさに電光石火! マコラガ様と異国の剣士レオナ嬢の華麗なる早業により、他の選手が一掃された~!!』
シンが叫ぶと、観客達も興奮を隠せず歓声が上がる。
その大歓声の中、マコラガは歓声には聞こえない位の声で話しかける。
「流石ね。 こちらの意図にすぐ気付いてくれて嬉しいわ」
「よく言うわよ。 挑発したのそっちでしょ」
「あら、見えてたの? でも、乗ってくれたってことは、私のお誘い受けてくれるのでしょ?」
マコラガは妖しく笑みを浮かべながら、手に持つヘビがうねる様な形の刃の2本の短剣を構え直す。
「貴女がファクラ様に聞いた通りの相手なら、邪魔者はいない方がお互い楽しめるでしょう?」
「あたしはリナと違って戦闘好きって訳じゃないんだけどね」
そう言いつつレオナも剣を構える。
先程の攻防でマコラガの実力が本物であるのはよくわかった。
なにせ彼女は刃を使わず短剣の柄のみで一掃したのだ。
一般人ならともかく、一流の兵士や戦士相手にそんな芸当が出来るのだから、それだけでマコラガの力がよくわかる。
「あたしには峰打ちしてくれないの?」
「気付いていたのね。 これはクリスといって、斬られた場所は縫合出来ずやがて腐り落ちる恐ろしい武器なの。 殺しが御法度なこの試合でそんな事できないでしょ?」
武器の名前を聞いたレオナがピクッと反応したが、マコラガはそれに気付く様子はなかった。
「本当は毒も塗るんだけど、いくら相手が貴女でも其処までするわけにはいかないしね。 だから・・・・・」
そう言うと、マコラガは一気にレオナへと間合いを詰めた。
「腕1本で許してあげる」
マコラガはそう言い両手のクリスで素早くレオナに斬りつける。
常人ならレオナが一方的に細切れにされた様に見えるだろう。
だが、マコラガは違った。
振るった刃に手応えがない。
レオナをすり抜け背中合わせになったマコラガは自身の武器を見て驚愕する。
クリスの刃は2本とも根元から綺麗に斬られていた。
「!? いつの間に!?」
「あ~あ、失敗しちゃった」
マコラガが振り向くと、レオナは背を向けたままやれやれと言うように息を漏らす。
「本当ならもう少しちゃんと戦うつもりだったのに、武器の名前聞いたらなんだかイラッとしてやっちゃった」
かつて自分の夫を拐った聖五騎士団の聖盾・クリスをマコラガの武器の名を聞いて思い出したレオナは、その感情のまま剣を振るってしまった。
そんなことを知らぬマコラガはただ混乱しながら、折れた短剣を構える。
「ああ、無理しないでいいわよ。 もう終わってるから」
「え?」
瞬間、マコラガの胸に斬られた傷が浮かび、そこから鮮血が噴き出す。
「な、馬鹿な!?」
「言っとくけど、あなたは弱くないわよ。 ただ1つ言えるのは・・・・」
鮮血を噴き出しながら倒れるマコラガにレオナは振り向きこう告げた。
「あなたは五魔(あたし達)を舐めすぎた」
「ふ、確かに、甘かったみたい・・・・・ね・・・・・」
意識を失ったマコラガに急いでシンが近寄り生死を確認する。
するとマコラガは血こそ派手に出たが既にそれも止まり、命に別状なかった。
シンは医療班を呼びマコラガを預けると、仕切り直す様にコホンと小さく咳をする。
『勝者! レオナ~!!!』
レオナの勝利に観客からはどよめきと歓声が入り交じった声が上がる。
八武衆はこの国の最高戦力。
その一角が、異国から来た無名の剣士に一瞬で倒されたのだ。
八武衆の勝利を信じていたラバトゥ国民が混乱するのも無理はなかった。
その状況に、レオナは頭を抱えた。
「こうなるから目立ちたくなかったのに」
レオナは疲れた様なため息を吐きながら舞台を降りた。
その後の試合中も、観客からは謎の黒騎士と女剣士レオナの話題で持ちきりだった。
自分達の国の優れた武人二人を簡単に倒してしまったこの二人に観客は注目せざる得なかった。
「はは、すげぇなレオナ達」
「ま、連中なら当然だな」
同じく興奮するイトスに、リナも満更ではない様子だった。
「も~どうすんのこれ~!? これじゃ他の試合が盛り上がらないじゃん!」
喚くカルラをファクラがそれを宥めようとすると、背後から気配を感じた。
振り向くと目を布で覆った一人の男が立っていた。
ファクラはその男に親しげに話しかけた。
「やあキンナラ。 君が来たってことは大方済んだのかな?」
「ええ。 後は陛下にお任せしていいかと」
キンナラと呼ばれた男の身のこなしに、リナはすぐに正体を察した。
「てめぇも八武衆か」
「ああ。 お前がディアブロか。 思ったより若いな。 ふむ、それに想像していたより小柄な様だ」
「よく見えねぇのにそんだけわかるな」
「え? 見えないって?」
イトスが驚くと、キンナラは感心した様に声を漏らす。
「流石と言うべきか。 よく気付いたな」
「てめぇが耳に神経集中してんのくらいすぐ気付くっての」
「なるほど。 やはり五魔というのは侮れないな。 それに彼もなかなかいい音を響かせる」
キンナラは舞台の外でレオナと話すノエルの方を向く。
「あの二人がいては、今回の大会は荒れそうですね」
「ああ。 陛下は大喜びしてるだろうけど」
ため息を吐くファクラの様子に苦笑しつつ、イトスはあることを思い出した。
「そういやさっき陛下に任せるとか言ってたけどなんの話だ?」
「暗殺者だよ」
「暗殺!?」
驚くいイトスにカルラが続けた。
「こんな物騒な場所で一国の王様が堂々と舞台に出るんだよ? そんなに目立てば暗殺者の10人や20人位忍び込むって」
ラバトゥも軍事国家として他国とイザコザを頻繁に起こしていた時期もあり、当然他国に恨みを買っている。
そんな国にとって、今はアクナディンを仕留める絶好の機会でもある。
「さっきお前が捕まえたってのはその暗殺者か?」
「その通りだディアブロ。 正面から堂々と対峙するならともかく、隠れて陛下を討とうとする輩を排除するのが我ら残りの八武衆の役目だ」
「おいちょっと待て? てことは、もしかして次の予選の相手って・・・・」
イトスに対し、キンナラは何でもない様に答えた。
「ほぉ、なかなか勘がいいな少年。 その通り。 陛下の相手は大会に紛れ込んだ暗殺者達だ」
『さあ予選もとうとう後一試合! 最後の熱戦がついに繰り広げられようとしています!!』
シンが会場を盛り上げる中、虎仮面ことアクナディンはノエルとレオナの方へ歩み寄る。
「よぉ、黒騎士と嬢ちゃん! なかなか強いのぉおどれらは!」
自分の配下を簡単に倒されたにも関わらず、アクナディンは機嫌が良さそうに笑っている。
「随分呑気ね。 貴方のとこの軍団長や虎の子の八武衆が負けたっていうのに」
「ハッハッハッ! だからじゃ! あいつら倒せる猛者とやり合えると思うと血が騒ぐけぇの!」
好戦的ながらまるで子供の様に喜ぶアクナディンの姿は、ノエルとレオナにどことなくリナを思い出させる。
「完全にあれと同類ね」
「ははは・・・・」
ノエルが空笑いをすると、アクナディンはノエルの方に視線を向ける。
「久しぶりにええもん見させてもろうた礼じゃ。 今度はワシの力見せちゃるけぇよお見とけ」
好戦的な笑みを向けると、アクナディンは舞台へ飛び乗った。
『さあ皆さんお待たせしました! ついにこの男の登場です! 我らが英雄虎仮面!!』
「なんなら~!!!」
虎仮面が雄叫びを上げながら登場に会場は一気に盛り上げる。
それは盛り上がり具合はこの予選で最も大きく、虎仮面の人気がどれほど強いのかよくわかった。
だが同時に、ノエルは在ることに気付く。
「レオナさん。 あれって・・・・」
「ええ。 本物の殺気ね。 しかもかなり本気のやつ」
アクナディン以外の選手からは大小違いはあれど殺気が放たれ、その全ては虎仮面であるアクナディンへと向けられていた。
「いけない! 止めないと!」
事態を察したノエルが慌てる中、試合開始の銅鑼が高らかに鳴らされた。
それと同時に選手に扮した暗殺者達は一斉に虎仮面に襲い掛かり、その刃が次々に虎仮面の体に突き刺さった・・・・・かの様に見えた。
「なんじゃ? 蚊か?」
暗殺者達の刃は虎仮面を貫けず、その皮膚で止められていた。
虎仮面自身も何も感じていない様に平然としている。
「ほれ、どうした? それで終いか?」
一瞬呆然とした暗殺者達は虎仮面の言葉で我に返りそれぞれ再び武器を振るう。
しかしどの攻撃も虎仮面の皮膚すら傷付けることは出来なかった。
「鬱陶しいわドアホが!!!」
虎仮面は一喝するとその衝撃で周りの暗殺者達は吹き飛ばされそうになる。
それに耐えた暗殺者達の目の前に次に飛び込んできたのは、虎仮面の拳だった。
「そらそらそらそらそらそら~!!!!」
虎仮面の無数の拳が全ての暗殺者に繰り出され、暗殺者達は全員宙を舞った。
そして舞台へと落ちてきた暗殺者達は、皆白目を向いて気絶していた。
「かぁ~! 今年は随分しけとるの~!」
つまらなそうに言いながらも拳を上に突き出す虎仮面に観客達からこの日一番の歓声が贈られ、その歓声と虎仮面への賛辞は闘技場全体が揺れているのではと錯覚するほど凄まじかった。
「おいおい!? あんなのありかよ!?」
試合を観ていたイトスが叫ぶ中、キンナラはやれやれというように首を振る。
「今年の暗殺者は不作だな。 こうもあっさり終わるとは」
「そうだね~。 あれじゃ陛下もつまらないよね~」
「なに普通に話してんだよあんたらは!?」
キンナラとカルラにツッコむイトスにファクラは苦笑しながら説明する。
「まあ普通はそうなるよね。 最初のくじ引きの時、陛下の相手だけは陛下に殺意を持つ者が同じ組になる様細工がしてあってね。 毎回陛下が直々に相手してるんだよ」
「あのおっさんの命令でか?」
「それ以外の理由でするわけないでしょ? あの人『どうせ来るなら直接相手したるけぇ!』とかなんとか言って、それっぽいのがいても出場させろなんて言うんですよ? 警備配置する側の身にもなってほしいですよ全く!」
途中から完全に愚痴になるファクラだっだが「でもまぁ」と仕切り直した。
「それでも大丈夫だって思わせてしまうのが、ウチの陛下の凄いところなんですがね」
こうして波乱の予選は終了し、本戦の出場者が出揃った。
予選ダイジェストっぽくしようとしたんですが、なかなか難しいですね(^o^;)




