ラバトゥ杯
ラバトゥ杯、それはラバトゥで1年に1度行われるこの国で最も大きなイベントである。
アクナディン主催で行われる様になったこの武術大会は、元々はラバトゥ軍の兵をより鍛える為に開かれていたのだが、その規模やラバトゥの強者と戦いたいという猛者が集まり、今ではこの国の名物といわれるものとなっている。
その為、この時期は大陸の南の国々から大会に参加する猛者や、大会を観戦しに来る客達、そしてその客目当ての商人が大勢訪れる。
無論、優勝者や優秀な者に関してはそれ相応の賞金や褒美が与えられる。
元々ラバトゥ軍にいる兵には部隊長への昇格等もある。
他国の者は、本人が望めばラバトゥ正規軍に入ることも可能だ。
その為ある者は力を試しに、ある者は地位を獲る為、この大会に参加を目指す者は年々増えてきている。
大会当日、快晴の円形闘技場には超満員といえる程の客が集まっていた。
中央の武舞台を囲む様に造られた客席からは今か今かと熱気が立ち込めている。
そんな中、中央の武舞台に黒い色眼鏡をかけた一人の青年が立った。
『ラバトゥ国民の皆様! そして各国からお出でになられた方々も、本日はラバトゥ最大の闘技場“コロッサス”へようこそ! 申し遅れましたが、私は実況兼審判を勤めさせていただきますシンと申します! よろしくお願いいたします!』
マイクと呼ばれる魔力を使った拡声器を片手に持ちながら、シンはその少し中性的な整った姿に似合わず快活に挨拶をする。
『さあ! あまり私が話しすぎても、皆様には退屈でしょう! これより行われる真の強者達の戦い! その主役となる方達に早速ご登場いただきましょう! まずはラバトゥ軍から勝ち残った精鋭達の登場です!』
シンの言葉と共に入場口から現れたのは、ラバトゥ軍内の予選を勝ち残った精鋭兵士50名。
鍛え抜かれた肉体に力強い眼光を放つ姿は、まさに武王の元に集う兵と言うにふさわしいものだった。
『次はこの大会の為にやって来た異国からの強者達だ~!!』
兵士達の後に出てきたのは国外から集った強者達25名。
癖の強そうな者達の中に、黒騎士姿のノエルと、軽装のレオナもあった。
そんな二人を貴賓席から不満そうに眺めるリナの姿があった。
「なんで俺が参加できねぇんだよ!?」
「仕方ねぇだろ。 文句なら隣の宰相様に言ってくれよ」
宥めるイトスの言葉で睨んでくるリナに、隣に座るファクラは苦笑いをする。
「すみませんリナ殿。 貴方が出るとなんだか本当に無茶苦茶にされそうだったので」
ファクラはそう言うが、本当の理由は別にある。
この大会の観客には退役した軍人も見に来ている。
当然、過去のアルビアとの大戦を経験した者もいる。
その中には五魔との戦いで退役せざるおえない重傷を負った者もいる。
そんな者がもし五魔の存在に気付けば混乱は免れない。
積年の恨みから暴走しノエル達に襲いかかるだろう。
しかも今回は他国の人間も混じっている。
もしそんな騒ぎを国の一大イベントて起こしてしまったら一大事だ。
同じ五魔でもレオナなら武器を産み出さず剣のみで戦えば誤魔化しも効くだろうが、リナの場合重力という特殊な能力だ。
何かの弾みでもそれが出てしまったら、見る者が見れば即魔王ディアブロだと気付かれる。
だからファクラはリナの出場を止めたのだ。
「俺がそんな加減も出来ねぇ様に見えるかこら~!!」
「リナ様落ち着いて下さい! ほら、ラバトゥ産のケーキですよ!」
ノーラに出された皿からリナはひょいと切られたケーキをつまみ口に頬りこんだ。
「お、うめぇなこれ」
「バクラヴァという、パイ生地にクルミやアーモンド等のナッツを入れて焼いた菓子です。 シロップや中のナッツを変えたものもあるので、どうぞ存分にお召し上がりください」
「おう、どんどん持ってこい!」
そう言ってリナはノーラに給治されながら用意された菓子を食べ始めた。
その様子に、ファクラはホッと一息ついた。
「お疲れ様、ファクラ殿」
「ファクラで構わないよイトス君。 ここには部外者はいないし、畏まられるのはどうも苦手でね」
「んじゃファクラさん。 ウチの魔王様が悪いな」
「いや、いいよ。 魔王はケーキ類に弱いという貴重な情報も頂いたしね」
ファクラは用意された菓子にがっつくリナを見て脱力しながら苦笑する。
とてつもない脅威と認識していた魔王ディアブロがケーキ1つで機嫌を直すのだから、気が抜けるのも仕方ない。
「言っとくけど、本気でキレたらケーキでも止まらねぇからな」
「そこまで楽観視はしていないよ。 まあ、今は機嫌を直してもらっただけ良しとするさ」
「五魔相手によくまあそんだけ余裕でいられるな」
「とんでもない! 正直君達と会見した時なんてある意味命を諦めていたよ! あの時は本当生きた心地がしなかったよ!」
強く否定しながら、ファクラは武舞台に目を向ける。
「でもまあ、それでも毅然と体裁を守れたのは、彼らのお陰かな」
「彼ら?」
『さあお待たせしました! 次はいよいよこの方達! 我らがラバトゥの守護神! 八武衆の登場です!』
ハイテンションに叫ぶシンの言葉に呼応する様太鼓の重低音が闘技場に響く。
そして入場口から現れたのは、四人の武人。
坊主頭で首に大きな数珠をかけた屈強な男を先頭に、男女合わせて四人の武人が堂々と登場する。
一人一人が先程のラバトゥ精鋭全員よりも強い覇気を纏っている様に感じられた。
実際、彼らが登場して舞台のノエルとレオナ、そして貴賓席のリナの目付きが変わった。
「おい、あの坊主のおっさん」
「ええ、ファクラ様との会談で外にいた強者と同じ力を感じます」
ノーラの分析に、ファクラは感心した様に声を漏らす。
「流石ノエル陛下や五魔に付いてきただけはある。 いい目をしている」
「あれが八武衆とかいう連中か?」
「その通りですよリナ殿。 大戦後、アクナディン陛下が貴殿方に対抗する為に組織した八人の武人。 それぞれ得意とする武器や戦法に特化した我が国の真の切り札ですよ。 因みに、今お二人が指摘した坊主頭のお方はテンと言います。 加えて、目付きの悪い頭にバンダナを着けた男がヤシャ。 全身を布で隠している方がリュウ。 そして口元に臼布を着けた妖艶な女性がマコラガです」
その言葉は嘘ではないとリナは感じた。
ヤシャとマコラガと呼ばれた二人もそうだが、テンとリュウの二人は特に格が違った。
更に言えばその中でもテンは段違い。
万一五魔との戦闘の為配備されたのも納得のいく実力だとリナですら納得せざる終えなかった。
「でもさ、あそこには四人しかいねぇじゃねぇか? 残り四人は警備にでも回してんのか?」
「珍しくいい勘してるじゃねえかイトス。 ただ、警備してんのはこの会場内だ」
「へ?」
リナの言葉に、イトスは驚きキョロキョロ辺りを見回す。
「ふふ、流石に誤魔化せませんか。 カルラ、出てきなさい」
「はぁ~い、ファクラ様」
上から明るい声が聞こえたかと思うとファクラとイトスの間に踊り子の様な桃色の衣装を着た女性が降りてきた。
「初めましてプラネご一行様。 あたしは八武衆の万能戦士カルラ。 よろしくね♪」
キャピッという効果音が聞こえてきそうなウィンクをしながら、カルラはリナ達に挨拶した。
「カルラ。 異国の王の一行なんだからもう少し礼節を」
「今さっき畏まられるの苦手って言ってた人は誰だっけ?」
痛いところを突かれ苦笑するファクラに、カルラは楽しそうにキャハハと笑う。
一見普通の女の子の様に振る舞うカルラだが、リナは彼女がさりげにファクラと自分達の間に入ることでファクラに危害が及ばぬようにしていることを見抜き、その隙の無さに感心する。
(こりゃ、意外とノエルとレオナ苦戦すっかもな)
リナがそんなことを思っていると、カルラはニュッとリナの前に顔を出す。
「あなたがディアブロ? よろしくね♪」
「ああ。 つか今はリナって呼べよ」
「ごめんごめん。 あ、バクラヴァだ! 1個頂戴♪」
「あ! てめなに取ってんだよ!?」
「カルラ。 他の皆は?」
リナと菓子の取り合いを始めるカルラに呆れながら、ファクラは報告を聞く。
「キンナラが一人捕まえた位だよ。 後は皆予定通りこっそり闘技場内警備してるよ」
「捕まえた? なんの話だよ?」
「それは・・・・・」
ファクラが説明をしようとすると、再びシンの声が闘技場に響き渡る。
『さあ皆さんお待ちかね! 最後はいよいよこの人の登場です!』
シンの言葉に闘技場は歓声に包まれる。
「おい、八武衆とかいう連中より盛り上がってるけど誰が出てくんだ?」
「見てればわかりますよ」
『その戦績はラバトゥ杯が開催されてからなんと無敗! ラバトゥ精鋭や異国の強者、果ては八武衆すら寄せ付けない最強無敵のグレートチャンプ!』
シンの言葉に太鼓が激しく鳴り響き、観客のボルテージは一気に上がる。
そして全員の視線が入場口に集まっていく。
『正体不明の無敵の男! 虎仮面の入場です!』
「なんなら~!!!」
独特の雄叫びと共に現れたのは、上半身裸で口の部分が露出する虎の覆面を被った一人の大男。
その姿を見て、闘技場の観客達から大歓声が送られる。
が、その姿を見たノエルとレオナ、そして貴賓席のリナ達は驚きのあまり固まった。
「おい・・・・・・あれってもしかして・・・・・」
リナの質問に、ファクラはハァとため息を吐きながら頷いた。
「お察しの通り、アクナディン陛下ですよ」
「王自ら大会出るってどういうことだよ!?」
「貴殿方の王もあそこにいるんですけどね」
そう言いながら、ファクラは説明をした。
アクナディンは兵達の実力を直に確かめる為、毎回素顔を隠して大会に参加しているのだという。
結果今では無敵のチャンプとして、ラバトゥ杯を見に来る人達から絶大な人気を誇っているという。
「つかあれバレバレだろ!? なんで誰もつっこまねえんだよ!?」
アクナディンこと虎仮面は顔こそ隠しているが、喋り口調は普段のまま。
今も舞台に向かう途中観客に対し普通にアクナディンとして答えてしまう場面もあり、とても隠せているとは思えない。
「まあ、そこは陛下の人徳ってとこで」
「なんかラバトゥのイメージ色々変わりまくってんだけど」
イトスが頭を抱える中、リナは舞台の上でアクナディンがノエルに近付くのを見た。
「お前さんが黒騎士にレオナっちゅう女剣士か。 なかなか歯応えがありそうじゃの~」
バレてる事に気付かず話す虎仮面に苦笑しながら、とりあえずノエルはしっかり虎仮面を見詰めた。
「ええ、しっかり見てもらいますよ。 僕達の力をね」
ノエルの宣戦布告に、虎仮面は露出している口元でニヤリと笑う。
「おお! 楽しみにしちょるけぇの!」
虎仮面は機嫌良さそうに八武衆の近くに歩いていった。
「まさか本人が出てくるとはね。 大丈夫黒騎士様?」
「やれるだけやるだけです。 それに、さっきの言葉は強がりでもなんでもないですからね」
ノエルの言葉に、レオナも頼もしそうにニッと笑った。




