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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
新国開拓編
122/360

動き出す大国


 アルビアから南に、砂漠に囲まれた巨大な国があった。

 名は城塞国家ラバトゥ。

 かつてアルビアと激突し、魔帝ノルウェと五魔の力を持ってしても落とすことの出来なかった軍事国家だ。

 その最大の特徴は国の国境は勿論、町や村に至るまで全て強固な城壁で囲まれたその防衛力。

 石の加工に秀でたラバトゥはその全てを城壁で囲むことで何百年もの間敵に侵攻を許したことはなかった。

 唯一侵攻出来たノルウェですら攻めきれず、首都には到達出来なかった。

 更に現王であるラディン・アクナデインは武王と称される程戦に強く、過去の大戦でアルビアが最も苦戦した相手でもあった。

 まさに盾も矛も併せ持つ強国と言われるに相応しい国だが、1つ大きな弱点がある。

 それは食料自給率の低さ。

 周りが砂漠という事もあり、ラバトゥは作物が育ちにくい。

 軍事国家となったのもアルビアへの侵略行為も、全て実りのある土地を手に入れる為だった。

 それゆえ、アルビアから食料援助と砂漠でも育ちやすい作物の品種改良を条件に出されたことが和平を結ぶ切っ掛けにもなったのだが。

 その様な理由でとりあえずアルビアと友好な関係を築いているラバトゥだが、最近その関係に不穏な空気が流れ始めていた。






 ラバトゥの首都から離れたとある田舎町。

 その酒場酔った一人の労働者が大声でわめき散らしていた。

「大体首都の連中はなに考えてんだよ!? 俺達が汗水垂らして働いてるってのに軍備強化だってよ! んな金あんなら俺達に回せってんだ!」

「おいあんた。 その辺で止めとけって」

 見かねた周囲の客が宥めるが、労働者は止まらなかった。

「うるせぇ!! 第一アクナデインの戦馬鹿がちゃんとしねぇからいけねぇんだよ!! 今更軍備強化すんならあの時アルビアぶちのめしとけゃよかったんだよ! それが急に和解なんかしやがって、臆病風に吹かれる王なんかいらねぇんだよ!!」

「ほぉ、それはなかなか面白い話ですね」

「だろ!? あんちゃん話がわかるじゃねぇ・・・・か・・・・」

 酒場の隅に座っていたその言葉の主に、労働者も酔いが覚めた様に青ざめ始める。

「どうしました? 顔色が悪いですよ?」

 砂漠の民らしい褐色の肌に黒い長い髪をした整った顔の男は穏やかな表情のまま労働者に語りかける。

 それに対し労働者の方は脂汗をかき始めている。

「な、なんであんたみたいな人がこんな田舎の酒場に?」

「国の視察は私の役目ですから。 あなたの指摘通り、我が王は戦は得意ですが政は少々不得手でしてね。 私がサポートしなくてはならないのですよ。

宰相である私がね」

 彼の名はファクラ・カジャ。

 彼を一言で称するなら“出来る男”。

 この国の宰相であり、行政、治水、農業、外交等国の政の殆どをこなすこの国の中心人物だ。

 周囲の客も彼の正体に気づき始めたのか、凍りついた様に固まりだす。

「あなたの意見は大変参考になりそうです。 是非ゆっくりお話をお聞きしたい。 一緒に来ていただきましょうか?」

 労働者が返事をする間もなく兵士が入り口から入ってきて、労働者の両脇を抱えた。

「おい! ちょっと待て! あれは違うんだ! 酔った勢いでついデタラメぶちまけちまったんだ!」

「ですが本音も混ざっているんでしょう? ならばその辺りをしっかり聞いておかないといけませんからね」

「頼む! 許してくれ! 頼む! 許してくれ~!!!?」

 労働者の必死の懇願も意味を成さず、拘束され外に待たされた馬車に乗せられた。

「主人」

「は、はい」

 ファクラは酒場の主人を呼ぶと、皮袋をテーブルに置いた。

 袋からはガチャリと重そうな金属音がする。

「騒がせたお詫びです。 これで皆さんに料理やお酒を振る舞って上げてください」

 主人は中を確認すると、そこには大量の金貨が入っていた。

 驚く主人を他所に、ファクラは客に目を向ける。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。 今日は私の奢りですので、どうぞ皆さん楽しんでいってください」

 ファクラはそう言うと、先程の労働者を乗せた馬車に自身も乗り、その場を去っていった。

「たくっ、あいつも運がねぇな」

「宰相様も最近視察回数増やしてるって話だったからな。 下手なことは言えねぇよ」

「ま、お陰で俺達はただ酒にありつけるがな。 おい親父! 酒追加だ!」

 ファクラの来訪に恐怖を抱きながらも、酒場の客達が飲み直し始めたことですぐにいつもの酒場の風景へと戻っていく。






 馬車の中で、ファクラは先程の労働者と向かい合って座っている。

 だが労働者の方は先程の様な動揺もなく、手枷も外されていた。

「お疲れさまラシータ。 相変わらず迫真の演技だったよ」

 先程と違い砕けた態度で接するファクラに、ラシータと呼ばれた労働者もリラックスした様に落ち着いている。

「あれくらいやらないと意味がありませんからね」

 ラシータは自身の服を掴むとそのまま一気に捲った。

 瞬間労働者の男の姿は消え、褐色の美女の姿が現れた。

「またその姿か? 君も好きだね」

「主様は普段むさ苦しい男と常に一緒ですからね。 馬車の中くらい美しい女性を侍らせたいかと」

「王の事をむさ苦しい男呼ばわり出来るのは君くらいだよ」

 本来なら不敬な物言いにファクラは呆れながらも咎めることはなかった。

 このラシータはファクラの部下で、見た目は勿論、声や性別、果ては人型の亜人にまで完璧に姿を変えられる変装の達人である。

 今の美女の姿も本当の姿ではなく、“彼女”の本当の姿を見た者は誰もいないのだ。

「それで、報告は?」

「先程私が喚いた通りです。 皆王の軍備強化に不満を抱いています」

「やはりそうか」

 ラシータの報告にファクラは頭を悩ませる。

 ファクラがラシータに任せている役目は2つ。

 1つは国民の中に紛れ込みその不満を探ること。

 もう1つは、不満を抱く者に変な気を起こさせない為の見せしめだ。

 軍事国家としての体裁を保つ為に国民に対し無理を強いているのが現状だ。

 正しい情報が入りやすく現状を理解してくれている中央に近い町はまだいいが、逆にこういった中央から離れた場所では不満を持つ者は多く存在する。

 只でさえ中央から離れている為情報の入りも遅いし、断片的なものになってしまっているものも多い。

 無論国民の生活を護るための政策もしているが、未だ全地域に実地するには時間も手間もかかるものばかりだ。

 となれば当然国民の不安や不満は募り、最悪内乱などになりかねない。

 それを防ぐ為にとったファクラの苦肉の策がラシータを使った見せしめだ。

 変装したラシータを不満が多い地域に潜伏させ不満の根本を探らせ、時期が来たら先程の様にファクラ自ら連行する。

 しかも連行された者は2度と帰ってこない。

 そうなれば自然と連行された者の末路は想像され、不穏な噂や計画を立てる者も減る。

 つまりヤラセを使った恐怖による統制だ。

 ファクラ自身この策を滑稽な茶番だと思っている。

 民を処罰したくないからその前にこちらで処罰する者を仕立ててわざと見せしめにする。

 実際茶番以外のなにものでもないだろう。

 だが現状その茶番に頼るしか手がないのだ。

 アルビアとの和平条約により食料事情も多少改善され、自国の食料生産量も確実に増えているがまだ足りない。

 加えて軍事以外の方法で他国と渡り合う為の産業的、経済的力もまだまだ弱い。

 より国を発展させるにはまだ軍事国家であり続ける必要があったのだ。

 それに不穏な報告を聞いた。


 アルビアで不穏な動きあり。


 魔帝が消えたとはいえかつてこの国と渡り合ったアルビアの不穏な動きとなれば、警戒せざる終えない。

 軍備を強化したのもその為だった。

 しかも最近になって更にファクラの頭を悩ませる問題が飛び込んできた。

「ラシータ、他に噂は聞いてないかい?」

「他と言いますと?」

「例えば、魔帝の子が五魔と共に国を立ち上げたとか」

 ファクラの言葉にラシータも流石に驚きを隠せなかった。

「それは、本当ですか?」

「ああ、しかもセレノアで大暴れしたっておまけ付きだよ」

 セレノアでのノエルの宣言はラバトゥにも届いていた。

 ある意味アルビアよりも危険な五魔が魔帝の子に付き国を興す。

 それはラバトゥにとって驚異以外のなにものでもなかった。

「陛下はなんと?」

「相手の思惑がわからないからなんとも言えないとさ。 最も、標的はこちらじゃないだろうとは言ってたけどね」

 もし本当に魔帝の子が国を興すのであれば、その矛先はアルビアの聖帝になるだろう。

 目的は敵討ちというのが妥当だが、実際の真意を計るには情報が足りなかった。

「それで私に魔帝の国に行って情報を集めてこいと?」

「正直危険だけど、君にしか頼める人材がいないんだ。 頼めるかい?」

 ファクラの申し出に、ラシータは今の美女の顔に似合う妖艶な笑みを浮かべ頭を垂れた。

「拝命、承りました、ファクラ様」


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