認めた証
皆の帰還を祝ってから3日、宴の余韻も消え、皆それぞれ行動を始めていた。
拐われた者達のケアや傷付いた者達の治療、更にガマラヤ以外で拐われた者達の一時的な借宿等、キサラ達族長達は忙しそうに駆け回っていた。
そんな中、イトスと共にノエルは傷付いた者達の治療を手伝っていた。
「しかし、あいつも何考えてんだか」
ノエル達を遠巻きに見ながら、リナは呟いた。
「ふひひ、まああの子なら大丈夫だよ。 それは君が一番わかってるんじゃないかい?」
エルモンドに指摘され、リナはまた視線をノエル達に向ける。
エミリアの事はあの後すぐにエルモンドからノエル達に伝えられた。
エミリアが聖王アーサーであり、聖帝フェルペスの娘であること。
和解の為の条件と、その検討期間が半年後だということ。
ノエルは当初驚きながらも、すぐに事態を理解し普段通りに戻った。
そして半年後来るであろうエミリアとの、いや、聖王アーサーとの接触に備える為に今は当初の目的通りに動くことをリナ達に伝えた。
やけにあっさりとしたノエルの態度が、リナには気がかりだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。 今の彼は強い。 僕に王になれと言われて悩み抜いて、君達やライル君達と共に前に進む決意をした。 もうあの時みたいに抱え込むことはないだろう」
「そこはわかってんだけどよ」
ノエルが精神的に成長しているのはリナも理解している。
だからこそセレノアで王となることを宣言し、ダグノラを認めさせる事まで成功させたのだ。
そこは認めているのだが、どうもリナの中でモヤモヤしたものが消えない。
「君も心配性になったね~。 もしかして、ノエル君が独り立ちするのが寂しいのかい?」
エルモンドの言葉に、リナは顔を真っ赤にする。
「はあ!? んなわけねぇだろ!?」
「いやいやわからないよ。 それかレオナが言ってたみたいにノエル君の事が違う意味で気になってぶぎゃ!?」
「それ以上寝言ほざいたら潰すぞ!」
顔を赤くしながら拳骨を喰らわせたリナはエルモンドを睨み付ける。
だがその表情はどこか強がっているというか、照れ隠しの様にもエルモンドには見えた。
「ふひひ、やっぱり彼は君にいい影響を与えてるみたいだね」
「このやろ・・・・・ん? なんだ?」
エルモンドにもう一撃叩き込もうとしたリナの耳に何やら騒ぎが聞こえた。
ノエル達も騒ぎに気付いたらしく、リナ達の所に駆け寄った。
「リナさん!」
「ノエル。 なにがあった?」
「わかりません。 入り口の方で何かあったみたいで」
「つかお前また師匠殴りやがって!」
「んなこた今はいいだろ」
「よくねぇ!」
文句を言うイトスを流しながら、リナは走るヴォルフの姿を見つけた。
「おいヴォルフ! 何があった!?」
リナに声をかけられたヴォルフは止まると、リナ達に駆け寄った。
「ああ、リナの姉貴に大将達もここにいたか!」
「いったい何があったんです?」
「いや、別にあぶねぇことは起こってねぇよ。 ただちょっと予想外の客が来ただけだ」
「客? 誰だ?」
リナが聞くと、ヴォルフは困った様に頬をかいた。
「拳王、ギエンフォード将軍だよ」
ヴォルフに案内され、ノエル達は急いで村の入り口にやって来た。
既にそこにはクロード達五魔やキサラ達族長も来ており、その中心には馬から降りたギエンフォードの姿があった。
「ギエンフォードさん」
ノエルに声をかけられ、ギエンフォードはパイプをふかしながらそちらに視線を移す。
「よぉ小僧共。 随分派手にやりやがったな」
「相変わらず口がわりぃな。 つかどうしたんだよいきなり?」
「お前らが拐われた連中連れ帰ったって聞いて直々に確認しに来たんだよ」
そう言うギエンフォードの顔には少し疲労が見える。
この短時間でガマラヤまで来たのだ。
相当無茶な移動をしたのだろう。
「他の場所で拐われた連中もいるんだろ? なら俺が直接来た方がそいつら戻すのも早いだろうよ」
「将軍様直々にねぇ。 砦はいいのかよ?」
「なに、最近入った馬鹿に雑用全部任せてきたから問題ねぇ」
ライルのことだなとリナ達は察し、慣れない書類仕事を丸投げされ悲痛な叫びをあげるライルの姿を想像した。
「それにここは一応俺の管轄地域だからな。 直接見ておきたかったんだよ」
そう言うとギエンフォードはキサラ達族長達に頭を下げた。
「今回は俺の不手際で迷惑かけた。 すまなかった」
「そんな! ギエンフォード様が謝ることではありません!」
「おお! わりぃのはセレノアであんたに責任なんてありゃしねぇよ!」
突然頭を下げた大将軍に慌てるキサラやドルジオス達だったが、ギエンフォードは首を横に振る。
「それでもそんな連中に好き勝手させたのは俺の怠慢だ。 もっと目を光らせときゃこんなことにはならなかった。 本当にすまなかった」
謝るギエンフォードに族長達が困惑する中、ラグザが口を開く。
「別にあんたが謝る事じゃねぇよ。 第一それ言ったら、村にいたにも関わらず連中の好きにさせちまった俺達の方が怠慢だ。 だから顔あげてくれよ」
「・・・・そうか」
ラグザに言われ、ギエンフォードは顔をあげる。
「なら代わりに誓おう。 今後2度とこの村にあんな馬鹿共が手を出せねぇ様にすることと、他の拐われた連中を必ず故郷に帰すことをな」
「ああ、その方がこっちも助かる」
ラグザがニッと笑うとギエンフォードと僅かに口角を上げ、ノエルに向き直る。
「王になることを宣言した様だな」
ギエンフォードの一言に、ノエルの宣言を知らないキサラ達がどよめく中、ノエルはしっかりと頷いた。
「ええ。 それが僕の選んだ答えです」
「正直不安もデケェが、こいつら連れ戻してくれた事は認めねぇとな。 それに、俺の無茶聞いてくれたのに俺が答えねぇんじゃ、筋が通らねぇ」
そう言うと、ギエンフォードは右手で拳を作り、それを左手で包むとノエルに頭を下げる。
「これより、ソビア国境防衛軍は貴君の傘下に入ろう。 今は情勢が不安定ゆえ表だって行動出来ないが、有事の際は必ず我が配下5200の兵と共に駆けつけると約束しよう」
ギエンフォードの言葉に更に周囲がざわついた。
ノエルが王となるということは聖帝と本格的に敵対すること。
そしてギエンフォードはその傘下に入ることを明言したのだ。
それはアルビアの大将軍が聖帝に反旗を翻すということ。
その事態の大きさを理解し周囲から驚きの声が漏れる中、ギエンフォードは遠巻きに見ていたヴォルフ達に視線を向ける。
「つうわけだ、ラズゴートのとこのガキ共。 俺のこと、上に報告するか?」
ギエンフォードの問いにヴォルフは頭を抱える。
普通なら報告するのが当たり前だ。
だが今回は既にノエル達を見逃すと宣言している上、今ギエンフォードの事を報告すれば拐われた他の村の亜人達の故郷への帰還が大幅に遅れる。
ヴォルフは葛藤で悶えるがすぐに叫んだ。
「ああもう! わかったよ!! あんたのことも今回は見てねぇ!! 拐われた連中助けた傭兵連中に礼を言っただけだ! それでいいだろ!?」
ヴォルフにヤケくそ気味に聞かれ、ハンナ達も呆れながら了承した。
その光景に、ギエンフォードはガキ大将の様な意地悪な笑みを浮かべる。
「本当いい性格してやがる」
「お前には言われたかねぇな」
リナに答えると、ギエンフォードは懐から紙を1枚取り出し、ノエルに渡した。
「これは?」
「お前らの拠点に使えそうな場所の地図だ。 まだ合流は出来ないから、代わりに渡しとく」
「! ありがとうございます!」
「あんま期待すんなよ? ラズゴートと昔修行した場所だからあまり開拓されてねぇからな。 攻めこまれにくいが、整えるのにそこそこ時間はいる」
「随分気前がいいじゃねぇか」
「このくらい用意しねぇと、傘下に付いた意味がねぇからな。 まあ、せいぜい頑張んな」
ギエンフォードはそこまで言うと、故郷に帰す亜人達の現状を聞く為キサラ達の元へ行った。
「ふひひ、これで漸く拠点は手に入ったね」
「ええ。 ここからが本番です」
ノエルはギエンフォードから貰った地図を眺めながら、改めて前に進む決意をした。
その光景を、ラグザは静かに眺めていた。
その夜、ガマラヤの族長達が大会議場に集まっていた。
彼らの視線は集まるきっかけとなったラグザとノーラに向けられる。
「それで、私達を集めた訳を、お聞きしましょうか?」
キサラに促され、ラグザは静かに立ち上がる。
「俺達鬼人は、この村から抜ける」




