事後処理
サファイルとの激闘から3日、ノエル達はラクシャダの中で潜伏していた。
「しかし見事でしたなノエル様! かのダグノラ殿に勝利するとは!」
「もう、ゴブラドさんったら。 あれは運が良かったんですよ」
ゴブラドの喜び様にノエルは苦笑する。
ノエルが公の場で王となる宣言を正式にした事、そしてかつて五魔と渡り合ったダグノラに勝った事が余程嬉しかったのか、事が起きて3日経った今でもこうして事あるごとにノエルを誉め称えていた。
今も屋敷の広間で休憩中のノエルにその想いをぶちまけている最中だ。
「あのノエル様がここまで成長なされて、ノルウェ様もさぞお喜びに・・・・」
終いには涙まで浮かべ始めるゴブラドに、ノエルはただただ苦笑するしかなかった。
「たく、いつまで受かれてんだよ? 第一ありゃダグノラのおっさんが手加減してくれたからだっつってんだろ?」
そんなゴブラドにリナは呆れたように漏らす。
事実、ダグノラは手加減していたとノエル自身も感じた。
本来だったらもっと苦戦するなり大きな怪我をしていてもおかしくない場面はあった。
だが終わってみればノエルの体には大きな傷はなかった。
勿論、本気で自分を止めようとはしていただろう。
だが殺そうとはしなかった。
始めからその気がなかったように。
「とかなんとか言っちゃって、あんたも相当喜んでたくせに」
「な!? 別にそんなんじゃねぇよ!」
「うそ。 ノエル君が勝った時ガッツポーズしてたの見たんだから」
「てめ! んなよそ見ばっかしてっからつまんねぇ怪我すんだよアホレオナ!」
「照れて顔真っ赤にしてる誰かさんよりマシよ」
「んだとこのやろ!?」
レオナにからかわれいつもの喧嘩を始めるリナ達に、ノエルは微笑ましい様な疲れる様な複雑な気持ちになる。
「ふひひ、本当仲がいいね二人は」
そんな中、エルモンドが二人の光景にニコニコしながら部屋に入ってきた。
「あ、お帰りなさいエルモンドさん。 大丈夫でしたか?」
「ただいま。 なに、外はなかなか面白かったよ。 それより、御客様を連れてきたよ」
「お客?」
ノエルが首を傾げると、メリウスとダグノラのメイドであるナーニャが入ってきた。
「メリウス殿! ナーニャさん!」
「やあ、ノエル殿。 その節はど」
「お久しぶりです、ノエル様」
柔らかい笑みを浮かべるメリウスと明るく笑うナーニャを、素早く仕事モードに切り替えたゴブラドが席を用意する。
二人は軽く会釈すると席に座った。
「まさか蛇の中にこの様な屋敷があるとは。 エルモンド殿に案内された時は驚いたよ」
「はは、まあ初めてだと驚きますよね。 ダグノラ殿の様子はどうですか?」
「ご心配なく。 体も癒えて既に精力的に仕事を進めています。 ノエル様達のお世話を最後まで出来ず申し訳ないと仰っていました」
「仕方ありませんよ。 状況が状況ですし」
謝るナーニャにノエルは笑顔で答えた。
サファイルがノエルの要求を飲んだ後、ノエル達はそのまま城を後にした。
本来なら捕らえるべきなのだが、それをする者も出来る者もその場にはいなかった。
本来ならそのまま世話になっているダグノラの屋敷に戻るのだが、流石にあれだけの事をした後ではそれも出来ず、こうしてラクシャダの中に戻ったというわけだ。
「お陰で我々は大混乱もいい所だよ。 兄上は憔悴しきっているし、周りの大臣もとにかくノエル殿の要求を遂行しようと躍起になっている」
「随分怖がられたなノエル」
「なんだか凄く複雑です」
茶化すリナに複雑な表情を浮かべるノエルに、メリウスも笑みを浮かべる。
「しかし今回の件でダグノラは大臣や貴族、そして国民の支持者を確実に増やした。 さっき話した躍起になっている者達もダグノラを頼っているようだ」
ダグノラは今回、圧倒的不利な状況にも関わらず唯一サファイルを守ろうと行動した。
例え考えがすれ違っていても、間違いを犯そうと王を見捨てなかったダグノラの忠心は周りにいた大臣達、そしてその音声を聞いていた首都の人々から支持された。
「全部お前の予想通りかエルモンド?」
「ふひひ、そうでもないさ。 それに彼には僕の思惑を殆ど話してなかったからね。 それでも彼はちゃんと動いてくれた。 打算でもなんでもなくね。 だからこそ人の心を動かしたんだよ」
「私にあまり動くなと指示したのもその為か?」
メリウスはあの場にいたにも関わらず、サファイルを止めず、守りもせず傍観を続けたのは、エルモンドからの指示によるものだった。
エルモンドはニヤリと笑いながら頷いた。
「メリウス君にダグノラ君と同じことをさせるのも考えたけど、あの場で君が動けば、兄弟による狂言と取られる可能性もあったからね。 地位はあるけど血縁関係もなく考えの違いからサファイル君を助けるメリットの少ないダグノラ君が、あの場では適任だったんだよ」
「全く、末恐ろしい人だな貴方は」
「ふひひ、誉め言葉として受け取るよ。 それに君には後処理の方で動いてもらわないといけなかったからね。 あそこで下手なことして何かあったら大変だもの」
メリウスは現在、憔悴しているサファイルに代わり国政を任されている。
その案件の中にはノエルからの<人と亜人との婚姻>もしっかり入っている。
ダグノラは奴隷関連の改善、メリウスは亜人と共存する為の法制度とそれぞれ動き出している。
メリウスの法制度の方はまだ大きなものは出来ないが、事態が落ち着いてくればより大きな改革案を出していくことも出来る。
「あの人達はどうしたの? 例の黒曜隊の人達」
「ああ、そこはダグノラが上手くやってくれているよ」
ノエル達との戦い後、黒曜隊はダグノラの管理下に入った。
エルモンドの治療で自我をある程度取り戻した者達の内、海人は仲間と故郷に帰り、豚頭族とリザードマンの青年、そしてケンタウロスとダークエルフはそのままダグノラに仕えるという。
どうも彼らもダグノラの存在に惹かれたらしい。
また拷問による損傷が酷かったドルイドの青年はノエル達に付いてくる事を申し出た。
ルトスと名乗るこの青年は現在はイトスに傷を治療してもらいながら、ノーラの世話になっている。
そしてラグザの探し人だったサクヤも、今この屋敷で静養している。
薬の効果でまだ不安定な所もあるが、ラグザが付きっきりで世話をし、その表情には笑顔が戻りつつあった。
その他あの場には出てこなかった黒曜隊の亜人、正確には候補だが、彼等の大半は故郷に戻され、残りはダグノラの元に残るという。
当然、アルビアの亜人達はノエル達が引き取り、国に連れて帰る。
黒曜隊以外の拐われた亜人達も集まりつつあり、残った僅かな亜人ももうすぐこのラクシャダに連れてこられる予定だった。
「とにかく、今回の事で民の血を流さずに済んだ事は大きい。 そして我々自身が変わるきっかけを得ることが出来た。 本当に感謝する」
メリウスとナーニャは立ち上がると、ノエル達に頭を下げた。
元々メリウスも反乱を考えていたとはいえ、本心では争乱を望んでいた訳ではない。
ヨアやお腹の子の事を考え、そうせざるおえない所まで追い詰められていたからこその決断だ。
そういう意味では、追い詰められ今回の騒動を起こしたサファイルと同じだったと言えるだろう。
兄弟揃って危うく多くの犠牲が出たかもしれない愚行をしかけた事、そしてそれを止めることが出来た事は、メリウスにとっても、そしてこの場にはいないダグノラにとっても大きな意味を持つ。
メリウスも、そしてダグノラの代わりに来たナーニャもその事を心から理解し、ノエル達に感謝していた。
「いえ、僕達は自分達の為にしたことですし。 でもそれがお役に立ててよかったです」
ノエルの返事に、メリウスは穏やかな表情を浮かべる。
「君のお陰で、私は愛する者を守る事が出来る。 だからもし正式に王として国を興したら言ってくれ。 今度は私が君達の力となろう。 これはダグノラとの総意だ」
メリウスが手を差し出すと、ノエルはその手を力強く握った。
「ありがとうございます。 必ずやり遂げてみせます」
二人の固い握手を、リナ達は満足そうに笑みを浮かべながら見守っていた。




