エミリアの瞬剣 リナの気迫
エミリアが剣を構え直すと、重装騎兵のケンタウロスはランスと盾を構えエミリアを見据える。
ケンタウロスは本来聡明な亜人であり、歴史上賢者と呼ばれる程の知恵者が出現したこともある気高き種族。
それに加え半人半馬のその身体能力も優れており、特に馬の下半身からなる脚力と跳躍力は野生の馬を軽く凌駕する。
馬の強靭でしなやかな筋肉と人の頭脳を併せ持つケンタウロスは、並の騎兵では太刀打ちできない程強力な種族なのだ。
このケンタウロスもその例に漏れず、サファイルの調教を受けているにも関わらずその冷静な頭脳は機能していた。
エミリアの素早さを見越し、その体格とリーチを活かし付かず離れずの戦法で彼女と競り合っていた。
だが、サファイルから命が下った以上その持久戦は使えない。
一気に攻めて討ち滅ぼす。
それがケンタウロスが出した、現段階で許された唯一の行動だった。
ケンタウロスはランスを構え盾で防御を固めると、その馬の脚力を凌駕する脚で一気に突進した。
その勢いはまさにあらゆる物を粉砕し凪ぎ払う黒い弾丸。
恐らく触れれば巨岩ですら砕く程の力強さを感じさせた。
そんなケンタウロスを前に、エミリアは微動だにせず構えたままだった。
サファイルはその光景に勝利を確信する。
だが次の瞬間、サファイルは自分の目を疑った。
ケンタウロスがエミリアとぶつかる直前、まるですり抜けた様にエミリアをを通り過ぎていった。
そしてゆっくり、その歩みを止めていく。
「・・・・・見事」
ケンタウロスがそう呟くと、ランスや盾、着ていた鎧や兜がバラバラに斬り裂かれ、露になった肉体から無数の斬り傷が出現し、そこから一気に鮮血が吹き出た。
「出来ればこんな屋内じゃなくて、広い外でのあなたと戦いたかったわ」
エミリアの言葉と同時に、ケンタウロスは膝から崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な!? 奴がなぜ!? 五魔でもない小娘に殺されるなど!?」
「勘違いしないで。 誰も殺していないわ」
動揺するサファイルにエミリアが訂正する。
よく見ると、ケンタウロスは静かに呼吸をして眠っていた。
「彼も可愛そうにね。 主の自己顕示欲の為に自分の特性を活かせないまま戦わされるんだもの。 さっきのラグザ君が言った通り、あなたのせいでこの子達弱くなったみたいね」
「こ、この小娘が!? こうなれば、せめてディアブロだけでも・・・・」
「俺がどうしたって?」
サファイルが目を向けると、怯えるダークエルフの前で悠然と立つリナの姿があった。
「な!? 貴様何をしている!? 早くその女を殺せ!!」
サファイルの怒声に反応しながらも、ダークエルフは頭を抱えて踞りながら震えていた。
「馬鹿な・・・余の調教で恐怖を無くした筈の奴隷がなぜ?」
「通じない」
「なに?」
ダークエルフの女性は震えながらか細い声で話した。
「私の術・・・・通じない。 私が操る程度の死霊じゃ・・・・」
ダークエルフは普通のエルフと対極の力を持つ存在だ。
通常のエルフの力は守護、浄化、聖なのに対し、ダークエルフは破壊、呪い、邪といったものを主に操る。
彼女の力は死霊呪術師。
数多の死霊を呼び出し相手の精神を犯す、本来なら防ぎ様のない危険な術だ。
彼女はリナに数十人分の死霊を放ち、その精神を崩壊させようとした。
だがリナには通用しなかった。
死霊達の怨念も怨嗟の声にも動じず、自分に向かってくる。
その姿は彼女にとって恐怖以外の何物でもなく、彼女は調教や薬の効果も打ち消すほどの恐怖で戦闘不能になってしまったのだ。
「今まで俺が何人殺してきたと思ってんだよ? 今更数十人程度の怨み言位でビビるわけねぇだろ。 こちとらとっくにその手の怨み全部受け止める覚悟は出来てんだよ」
そう言いながらリナがキッと睨むと、サファイルは「ひぃっ!?」と息を飲んだ。
「俺を呪い殺してぇんなら、百万人でも連れてこいや!!」
「ひ、ひぃあ!?」
リナの一喝に腰を抜かすサファイルの目の前に、ノエルが立ちふさがった。
「さて、これであなたの部隊は全滅ですね。 次は僕達の番ですよ」
自分を見下ろすノエルに、サファイルは思わず後ずさる。
「な、なにをしているか!? 早く! 早くこの者を止めろ!!」
サファイルは周囲の者に命じるが、それに応じる者はいなかった。
この戦いを始める前なら、身を呈してサファイルを助ける者もいただろう。
だがサファイルは今回、自分の力を見せる為に皆を集め巻き込んだ。
死者が出る可能性も十分にあったにも関わらずだ。
しかも結果は敗北。
更に自身の計画が潰れたと見るや自分のしたことを棚に上げ巻き込んだ者達に助けを乞う。
この国で最も発言力のあった筈のサファイルは、今回の事で自らその力を手放したのだ。
それにすら気付かぬサファイルは、まだわめき散らす。
「貴様ら! 何をボーっとしている!? 私が死ねば、この国の奴隷文化も死ぬのだぞ!?」
「見苦しいですね」
ノエルは拳に力を込めると、その拳をサファイルに向けて放った。
サファイルは恐怖で頭を抱えるが、拳はサファイルに届かなかった。
サファイルとノエルの間に立ちふさがり、拳を剣で止めた者がいたからだ。
「どういうつもりですか、ダグノラ殿?」
ノエルの目の前には、元帥ダグノラの姿があった。




