3.観戦
カツ、カツと石の階段を上がる音が続く。
俺は隊長と呼ばれる兵士に連れられて、城壁の上に向かっている所だ。
現状を最後まで見届けたいと敵を連れてきてしまった手前、虫が良すぎるかなと思ったが隊長は少しの間考える様子が見えた後、
「しょうがないな。いいだろう、その若さで勉強熱心なのは良いことだ。……ただし、後で取り調べを受けてもらうからな」
「―――ありがとうございます。後、自己紹介が遅れましたが神代直人と言います。どうか、お見知りおきお願いします。」
軽く会釈をしながら、誠心誠意の挨拶をする。
普段使わない言葉づかいを無理に使っているせいか、舌を噛みそうになる。
「……おう、まあそんなに固くならなくていいぞ。どうせしばらく顔を合わせることになるからな。ちなみに俺はロイ・シルディアだ。アルカディア公国所属の騎士団ガードナーの隊長を勤めてる。後ろの奴はアリスだ。」
とロイ隊長の後ろに長いストレート金髪の女性兵士がいた。
―――心なしか呆れているのは気のせいだろうか?
「アリス・オードリーと言います……しかし、隊長あまり見知らぬ人を連れまわす癖はやめていただきたいのですが……」
「お前は相変わらず考えが固いな。俺の感だとこいつは大丈夫だと思うがな、ははは」
「はあ・・・・・」
あ、アリスさんが頭を抱え始めた。いつもこの人はこんな調子かもしれない。
んーしかし、ロイ・シルディアにアリス・オードリーか……どっかで聞いたことあるような、無いような
―――おお!!
「もしかして、白銀盾のロイと絶壁のアリスか?」
「お!? 俺の冒険時代の通り名を知ってるとは驚いたな。」
「なんですかその『絶壁』という通り名は聞いたことないですが……」
俺がしていたエスカレートファンタジーにこの二人の同姓同名がNPCとして登場している。
白銀盾のロイはゲームの主人公アレスの父親のパーティの盾職として所属していた。彼の設定上はトロールやゴーレムの攻撃をあっさりはじいた噂が広まり、通り名を白銀盾と呼ばれていたそうだ。
ゲームでは主人公が旅立つときにアドバイスをくれる兵士NPCであったと思う。
ただ違うのは、こんなにフランクな性格ではなかったということだ。
もう一人のアリス・オードリーはクエストキャラNPCで特に設定はゲーム会社からは公表されていない。しかし、クエストをしていくことである事実が知られることによって彼女にゲームプレイヤーから注目される。
それは、彼女は男性用装備を装備できることだ!!
これはイベントで一時的にパーティに加入した時に、とあるプレイヤーが誤って装備欄で男性用装備を着けてしまったことだった。ネット上のプレイヤー内では『まさか……男?』、『男の娘!?』などと衝撃が走る。ゲーム内のキャラクターグラフィックや台詞からでは女性であると思われてからの男性説に多くの人が食いついた。
この噂をプレイヤーがゲーム会社に問い合わせると、『仕様です。クエストをこなすと分かります。』という内容だけの回答が返ってきた。
そして―――この回答を聞いたプレイヤーの好奇心に火が付いた結果……十数個の彼女に関係するクエストを1時間でクリアした廃人プレイヤーが真相を発表する。
―――あまりに胸がないため、男性用胸部装甲が装着できるから。
何でもあるクエスト中に彼女から悩みとして女性用の胸部装甲が着けられないという内容を告白されたそうだ。この結果、プレイヤー間の通り名として『絶壁のアリス』が贈呈された。
……あれ?これって内輪のネタだった。
どうしようか、どうやってを誤魔化そうか。
どう言い訳を考えようとしているところで、階段を駆け降りてきた。
「―――ロイ隊長!!すぐに来てください!」
その言葉に俺も含めた全員に緊張が走った。
駆け足で残りの階段を駆け上がる。
* * *
夕日が地平線へ沈むまでは幾分か時間があるが空の一部が夜に変わり始めている中で、地上を眺めるのに支障はなかった。
城壁の上から見るとわかるが、アルカディアという国の周辺は平野が広がっている。遠くに山が見えるが、それまでの間に幾分かの森が障害物としてあるだけだった。簡単にいえば草むら以外に隠れるところが皆無であった。
そして、城壁のそばでゴブリンの群れと冒険者の戦が、下で繰り広げられていた。
ざっと兵数を対比すると3:1と思われた。およそ冒険者側が十数名で全員が前衛職だった。後衛は城壁の上から弓兵が矢を射っている。
武器は剣や槍だったが、初級攻撃スキル『バッシュ』を使っているので戦士だと思う。
エスカレートファンタジーでは攻撃スキル以外にも防御・補助・生活・固有スキルが存在する。
職業ごとにスキル名・効果は変わるが、大まかに先ほどの5種類で分けられる。そして、スキルの習得では初心者が覚えれる初級・一人前の技術を習得した中級・一流の技術に到達した上級・一流から一線を越えた超越者の極級・比較する対象が存在しない神級の格付けされる。プレイヤーとしては初級でもスキルを覚えることがでれば、上級までは熟練度で上げることができる。その先からは上級職業や限定NPCからの修練を受けることで到達可能である。
「……しかし、ゴブリン一匹を倒しただけでこの騒ぎになるとは、本当に災難だ。」
「……お前さん、本当に一匹だけなのか?最近じゃあこの辺のゴブリンの巣に変異種が出たって話を聞いたからちょいと調べたが、このアルカディアの大陸内でも別格の強さらしいぞ。おまけにゴブリンの動きが妙に統率されるようになったそうだ。まあ、ギルドから緊急クエストを昨日出されたばかりだから国にいる冒険者が多かったのが幸いしたな。」
「――これだけの国対して、冒険者少ないだろ。神官や魔道士がいない」
1パーティに必ずどちらか組んでいる回復役と攻撃役がいないチームは回復アイテムしか回復できない。遠距離攻撃は無力だ。後衛に近づくまでに攻撃を浴び続けるはめになる。
「そいつらならあっちにいるぞ」
ロイの指さす方向に見ると、俺と同じように眺めている少年少女と見える若い男女が一人ずついた。
神官衣装とローブをそれぞれ着ていた為、それが神官と魔道士であると分かった。その表情は、不安だと目に見えた。
「まて、まて、一人ずつかよ!あれだけの数では魔力が足りない。」
「―――神聖魔法や攻撃魔法を使える才能を持つ奴は少ない。そういう家系がほとんどさ。それ以外に使える奴もいるがごく一握りさ。そして、ここは普段は他国に比べると平和だからな。結果、冒険者として稼げるほかの大陸に行ってしまうのさ。おかげで魔法も使えない戦士系が残ってしまったからな。一人ずついるだけでもましってものさ」
才能って、この世界だと魔法が血統にしか遺伝されないのか。ゲームだと転職の城で一定レベル達すると転職ができるようになるが、その話題がないとなると転職が存在しない可能性が高い。
「しかし隊長、門から見たゴブリンの数がいささか多すぎる気がしますね。この辺のゴブリンを一匹倒した程度でこうも引き付けるのは不自然かと思います。他に何か気付いた点はありますか?」
「んー、特に思い当たらないなぁ。せいぜい倒したゴブリンがデストロイヤーという名前以外は……どうしましたか二人とも?」
「ちょいと待て……今何と言った?……もう一度聞くが倒したゴブリンの名前は?」
「デストロイヤー、えっとこれがその死体ですよ」
そう言いつつ道着の袖に反対の手を軽く入れた後、倉庫から引っ張り出すことにした。袖の隙間に倉庫の出口をイメージして手を入れて死体を引っ掴むとそのまま取り出すことができた。ゲーム上だとオプションで動作やエフェクトを追加で入れることで、動作や魔法エフェクトのエンターテイメントに拡張性が生まれることができた。戦隊モノの登場した時の爆発や装備した時に光るようにするなどだ。
先ほどはイメージをしながらやったが先ほどのように目の前に一瞬で出てくることがなかった為、ある程度はイメージでエフェクトや動作を加えることができるようだ。
ちなみにさっきの取り出す動作のリスペクトは某未来ロボットの○次元ポケットだ。
ロイは取り出す様子を見て、しばらく口をあんぐり開けていた。
「ちょっと待て!どっから出した!?」
「どこって、袖口から」
「いやいや、そっからどうやって出したんだ!?」
「えーーと、気合いかな?」
「気合い!?それじゃあ理由にならないだろ。もっと詳しい話を…」
「―――隊長うるさい」
っと隣にいたアリスに鞘で叩かれる。ゴン!と盛大な音が響く。
「……家系の魔法などは秘匿が暗黙ルールでしょう。そして無理に知ろうとすれば暗殺されても文句は言えないです。」
好奇心は猫も殺すだっけ?あんまり知りすぎるとロクなことってないのか。ゲーム上でもイベントを進めると面倒事を知りすぎて、事件に巻き込まれることを考えると今後は首を突っ込むのは避けるべきか。
とりあえず、アリスに便乗する形で、頭を押さえているロイの耳元に近づき
「―――知ると命の保証はしませんのでそのつもりでお願いします。……ロイ隊長」
と満面の笑みで囁くと「分かった」と返答が返ってきた。
「あまり隊長をいじめないでくれますか?それは楽しみの一つなので」
「―――その気持ち分かるような気がしますね」
俺とアリスは固い握手する。
「おい待てそこの二人」