6話
『このあと少し時間ある?』と音無と別れたあとに秋沙から切り出されたついりは今、秋沙と共に電車に揺られている。
冷房が効き過ぎた車内には、 満員電車という言葉が当てはまる程ではないが、帰宅の途に就いている人達が大勢いる。
自動ドア付近でたむろする学生達、新聞を読んで険しい表情を見せる中年のサラリーマンなどさまざまだ。
対面式の座席に座っているついりの正面に座っている秋沙は窓から見える街並みを、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら見つめている。
『さっきから、何を見ているの?』 と聞こうと一瞬、考えたついりだが、秋沙からの言葉を待とうと思い口を閉じる。
電車の車輪から聞こえてくるリズミカルな音が徐々に小さくなっていき、電車が止まる。
乗客達が乗り降りしたあとに車掌が乗り、ドアが閉まると電車は再び、音を奏で始める。
終点駅に近づくにつれて、乗り降りする乗客の数は減っていき、車窓から見える街並みもより茜色に染まっていく。
街並みを見続けていた秋沙がついりを見て、ゆっくりと口を開く。
「もう少しで着くから、わたしのおすすめスポット。」
ついりはいつもより優しく感じた秋沙の口調に母性を感じつつ、うんと返事をする。
電車が終点に着いたときには、車内にはついり達しか残っていなかった。
2人を下ろした電車は折り返して、来た線路を戻っていく。
降りた駅周辺に人影はなく、寂れた建物達は無人なのか明かりひとつ付いていない。
「朝宮、こっち。」
周囲の雰囲気におどおどしているついりを秋沙が道案内する。
2人は活気を微塵も感じられない、朽ちた街を暫く歩く。
そして、視界が急に開ける。
ついりの目に、大規模な空襲を受けたのではと見まがう広大な土地が映る。
大半の建物は崩れて土台しか残っていない。
そして、点在する大きくて頑丈だったであろ建物達も、いつ崩壊しても可笑しくないほどに風化している。
「無人地帯…… 」
数キロ単位で広がる荒れ地の先に、立ち込める白い結界を見つめるついりが呟く。
「そう…… あの霧の先に、元人間だったゲシュペンストの世界が広がっているんだよね。」
ついりに応えた秋沙は立ち止まり、物思いにふけるが、次の瞬間には歩き出す。
ついりはそのあとについていく。
「この屋上が目的地だよ。」
2人の目の前には、高さ30m程の廃ビルが佇んでいる。
廃ビルの外壁には所々、弾跡があったり、蔓草が絡み付いている。
「か、階段だよね…… 」
ついりに嫌な予感が走る。
「もちろん、エレベーター止まっているし。」
ですよね〜 っという表情を見せるついりに軽く笑みを返した秋沙は廃ビルに入っていく。
一定のペースで階段を上がっていく秋沙と打って変わって、ついりのペースは徐々に落ちていき、2人の距離が離れる。
「到着♪ あれ、朝宮?」
秋沙は屋上に着いてから、朝宮が付いてきていないことに気がつく。
「早いよ、秋沙ちゃん…… 」
息が上がっているついりは、暑さを和らげるために制服のブラウスをパタパタする。
周囲の建物より高い屋上からは、景色を遠くまで見渡せる。
「こんなに、見晴らしの良いところがあったんだ。」
さっきまで、疲労感を漂わせていたついりから感嘆の声が出る。
「凄いでしょ♪ 私の秘密の場所。」
秋沙は赤茶色に錆びた柵に近付き、言葉を続ける。
「ここから見える街は古めかしくて、遊べる場所もほとんど無いけど私は好きだな。」
「そして、この街を守る為に私に出来ることはなんだろうって考えて、思いついた方法は1つだった。」
秋沙は踵を返し、荒れ地の方角に視線を向ける。
「能力保有者としてゲシュペンストと戦うこと?」
ついりは秋沙の意思の強さを確認したいが為に、分かりきったことを聞く。
「うん。ゲシュペンストとの戦闘でこれ以上、私達の街を荒れ地に変えたくない。」
ついりに応えた秋沙は白い結界を見つめる。
「それに、一般市民の遠出の制限の原因になっている霧とゲシュペンストを全部無くすことが私の夢。」
秋沙の瞳は、輝き強い意思を放っている。
「秋沙ちゃんは凄いよね、目標がしっかりしていて…… 私は目標どころか、まだ出来ることすら分かっていない。」
ついりは焦燥感に駆られて、シュンとしてしまう。
「朝宮、それは違うよ!」
秋沙の口調が思わず強くなる。
顔を上げたついりはえっ? という表情をしている。
「この目標を達成出来るかは私にだって分からない。でも、達成する為には何をやらないといけないのか。そして、その為に今、何が出来るのかを考えることが第一歩だと思うの。」
秋沙は感情が高ぶり、言葉が震えていく。
「それに、まずは出来るのかじゃなくてやりたいことなのかどうかっていうのが重要。」
秋沙は涙を堪えながら、にこっと笑う。
「ありがとう、秋沙ちゃん。私はまずやりたいことを探してみるね。」
ついりは笑顔を秋沙に返す。
「うん。もう少し時間はあるし、私も一緒に考えてあげる。」
涙を拭いた秋沙は何かを思いついた素振りを見せる。
「朝宮のやりたいこと分かっちゃった。」
ついりは驚きつつ、興味を示す。
「朝宮のやりたいことは、甘い物をたくさん食べること。甘い物の値段を下げる為には、物流の流れを良くしないといけないから私と一緒にゲシュペンストと戦うのはどうかな?」
秋沙の口調がいつもの調子に戻る。
「私、甘い物の為に能力保有者になるの!?」
ついりもいつものように、冗談混じりに応える。
「それが嫌ならちゃんと考えること!」
ついりの顔に笑顔が戻り、秋沙の表情も明るくなる。
そんな、明るい雰囲気を秋沙の携帯電話の着信音が破る。
「もしもし。優希がこんな時間に掛けてくるなんてめ……」
電話の相手が秋沙の言葉を遮る。
「秋沙、今どこにいる?! 早く逃げろ!」
電話相手の菊川の声は鬼気が迫っている。
「優希、どうしたの? まさか……」
秋沙は菊川の声から、危機的状況であることを感じ取る。
「結界の濃度が低下したところから、奴等がなだれ込んで来やがった。 くそっ!」
携帯電話の向こう側で、数発の銃声が響く。
「なんだ、こいつ!? 銃が利かない。」
恐怖のあまり、菊川の声が震え上がる。
「くそ、秋沙逃げろ! うあぁ〜 」
携帯電話の向こう側で、何かいろんな物が音をたてて潰されたあと、通話が切れる。
「そ、そんな…… 優希……」
プゥー…… プゥー…… っと音を出す携帯電話を持ったまま、秋沙は呆然と立ち尽くしてしまう。
「あ、秋沙ちゃん…… 見てあれ…… 」
ついりが結界を越えて来たであろう、人の形をした無数の黒い亡霊を視認する。
「逃げないと。」
ついりは呟くが、恐怖に竦んでしまった体は全く動かない。
他の亡霊達よりも一回り大きいゲシュペンストが格段に速い速度で跳躍を繰り返し、2人がいる廃ビルの足元に辿り着く。
そのゲシュペンストの頭は鈑金鎧の兜のように変形して、黒い皮膚は身体中の骨や筋肉と同化して異常に隆起している。
そして、2人の気配を探知したゲシュペンストは姿勢を低くしたあと、勢いよく跳躍する。
ビル3階分の高さまで飛翔したゲシュペンストは自身の右手の鋭利な爪をビルの外壁に突き立てて、一旦静止する。
左手の鋭利な爪を、少し上の外壁に突き立てて、自身の体を押し上げるのと同時に右手を引き抜く。
その次には右手の爪といった要領で難なくビルをよじ登っていく。
瞬く間に、屋上に辿り着いたゲシュペンストは恐怖のあまりに只々、立ち尽くしてしいる2人の少女を見つけ、低い咆哮を響かせる。




