4話
暖色系の足元灯で照らされた暗い廊下に男女2人の足音が響く。
白衣に黒いパンツ姿の男性の前髪には、500円硬貨程の大きさの黒揚羽が止まっている。
揚羽蝶が羽を羽ばたかせると、羽から黒い小さな粒子が空気中に散っていく。
「段差がありますので、注意して下さい。」
そう言って、女性より先に段差を越える男性には覇気が無く、誰かに言わされているような節がある。
「はい、ありがとうございます。」
黒いワンピースを纏っている女性は男性とは打って変わり、明るい表情を見せる。
泡沫のように揺らめく、男性の歩みがエレベーターの手前で止まる。
男性は下降ボタンを押すと、次の命令を待つ機械のように直立不動でエレベーターを待つ。
チーン! という音の後にエレベーターの扉が開くのと同時に、男性の頭に乗っている揚羽蝶が羽を羽ばたかせる。
そうすると、男性がエレベーターに乗り込む。
女性が乗り込むと扉が閉まり、エレベーターは地下へと降りていく。
「…… ふ〜ふん♪ ふん、ふんふん♪…… 」
静まり返ったエレベーター内にクラシック曲の鼻歌が聞こえる。
女性が鼻歌を歌っていて、その心は自身の好奇心を擽ってくれる存在が新たに現れたことに歓喜している。
その一方、男性はまるで聞こえていないかのように、エレベーターの扉の一点を見つめたまま微動だにしない。
……
異様な状態が暫く続いたあと、目的の階層にたどり着いたエレベーターの扉が開く。
エレベーターを降りた2人は、またしても足元だけが照らされた暗い廊下を進み始める。
男性は喋ることも無く、只々、女性を目的地に案内する。
「着きました。少々、お待ちください。」
2人の目の前には、2人よりも遥かに大きい鉄製の丸い扉が佇んでいる。
男性は扉に備え付けられている網膜スキャンに自身の右目を読み取らせると、スキャンの下に設置されている入力キーにパスワードを入力する。
すると、大きな扉が低い音を唸らせながらゆっくりと開いていく。
扉の中はより冷房が効いていて、ワンピース姿の女性は思わず身震いしてしまう。
女性の様子を気にすることもなく、男性は目の前にある情報端末機でデータベースにアクセスし、『朝宮ついり 小野秋沙』と入力し検索をかける。
すると、目の前にある立方体の形をした機械のなかで動作音が聞こえ始める。
……
そして、機械の上面が開き、手のひらサイズの透明なケースが2つ現れる。
各ケースには、白い錠剤が1つずつ入っている。
「ぶっちゃけ、小野さんとかいうほうはどうでもいいんだけどね。」
女性は独り言のようにぼやきながら、2つのケースを手にする。
「ふふっ♪」
女性は短く笑ったあと、男性に目線を向ける。
「これで用は済んだわ、ありがとう。そして、お疲れさん。」
女性はそう告げ、右手で指パッチンする。
すると、男性の前髪に止まっていた黒揚羽は霧散する。
そして、男性は意識を失い崩れるようにその場で倒れる。
男性が意識を失ったことを確認した女性は深呼吸し、自身の背中に意識を向ける。
すると、背中から羽が現れる。
その羽は、男性の頭に止まっていた黒揚羽の羽を彷彿とさせる形状になっている。
そして、よく見ると羽は黒い小さな粒子が圧縮し、密集して形作られている。
「それじゃあね。」
そう呟いた女性は次の瞬間には居なくなっており、残された僅かな粒子が漂っているだけだった。




