3話
ナギサと別れた2人が喫茶店を出ると、太陽が殆ど隠れてしまいほのかに明るい町並みを街灯達が代わりに照らし始めていた。
「う〜ん、美味しかった。」
秋沙は口の中の甘い余韻に浸りながら、背伸びして体を解す。
「そうだね。」
秋沙の瞳を見上げながら応える、ついりは浮かない表情を浮かべている。
「私、形や大きさがバラバラな朝宮ん家の野菜、好きだよ。」
元の体勢に戻った秋沙は自身よりも若干、背丈の低いついりに視線を落とす。
「えっ…… うん、ありがとう。私と違って個性的なんだよね。」
ついりは肩を落とすと、もやもやした憤りを込めて、道路に転がっている石ころを軽く蹴飛ばす。
「うん…… 朝宮を野菜に例えたらまだきっと苗なんだよ。だから、まだ見た目的には個性が分かりにくいんじゃない。」
秋沙はついりのえっ? という表情を確認しつつ例え話を続ける。
「でも、どういう形であれ朝宮も果実を実らせる未来は既に決まっているんだよ。だから、一生懸命に根っこを張り巡らしたら結果もついてくるよ。じゃあ、また明日ね。」
秋沙は軽くガッツポーズをして、ついりを励ます。
「秋沙ちゃん、ありがとう。またね。」
秋沙と別れたついりはそういうものなのかな〜 っていう漠然とした考えを抱きながら、自宅に歩みを進める。
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「ただいま。」
自宅の玄関でローファーを脱ぎ、揃えたついりは2階の自室に行くために階段を上る。
「お帰りなさい、遅かったわね。」
本を読む片手間についりに話しかけた朝宮貴音はついりの姉に当たる女性である。
「ただいま、友達と話してたら遅くなっちゃった。」
話しかけられ廊下で立ち止まったついりは廊下を挟んで、自室の反対側の部屋にいる貴音に返事をする。
「そう、なら別に良いのだけれど。」
20歳という年齢に不相応なくらい落ち着いている貴音は垂れ落ちてきた、長く黒い横髪を耳に掛けて読書を続ける。
「あ、うん。」
ついりは自室に入る為に踵を返す。その瞬間、姉が読んでいる本達をチラ見する。
『栄養週期理論』 『土壌コロイドと土作り』 『シュタイナー農法』…… 聞き慣れない単語のタイトルが山積みになっている。
「どっちもそう簡単じゃないよね……」
自室のドアを閉じ、ドアにもたれたついりが呟く。
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「…… っていう話をね、朝宮と一緒に聞いたの。」
ショートパンツにTシャツといったラフな部屋着で電話する秋沙は明るくワクワクした表情を浮かべている。
「へぇ〜 優希はChevalierの名前を聞いたことあるんだ。それでさ……」
秋沙は自室のベットに寝転がっている状態から、上体を起こし座る。
「私はもう少ししたら、夏休みに入るし久しぶりにどっか行かない?」
秋沙は少しばかり、緊張した面持ちで提案する。
「海ね、良いよ。ちょっと酷くない? 太ってないから!」
電話の相手のジョークに微笑みながら秋沙は思わず、お腹回りと二の腕を交互に見て確認する。
「うん、仕事頑張ってね。おやすみ。」
秋沙は電話を切ると、太ももに目をやる。
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「海か…… 水着買いに行かないとな。」
秋沙との電話を切った菊川優希は迷彩服を着た少年である。
「なるほど、その日に菊川は大人になるわけだな。」
同い年で同僚の少年、木原がいやらしい言い回しで菊川を茶化す。
「ばっか、ちげーよ! それより、見回りに行くぞ。」
菊川はどぎまぎしたあと、木原に準備するように促す。
木原に促した菊川は自身のロッカーからガスマスクを取り出し、被る。
「ほい、菊川。」
木原は座っていた椅子の近くの壁に掛けられているアサルトライフル【HK 416】を2丁、手に取るとそのうちの1丁を菊川に渡す。
「サンキュー 。」
ガスマスクを被った菊川の声はこもり聞き取りにくくなっている。
菊川は受け取った【HK 416】のマウントレールの下部に装着されているフラッシュライトを素早く点滅させる。
「じゃあ、定時の見回りに行ってきます。」
事務所内に居るほかの請負人達に伝えた木原は、熊などの猛獣対策として使用している6.5インチのリボルバー【S&W M29】に .44マグナム弾が6発装填されていることを確認する。
木原は確認出来たリボルバーを腰のホルスターに収めると、先に事務所を出た菊川を追う。
「夜でも蒸し暑いな。」
菊川はインカム越しに愚痴りながら、【HK 416】のフラッシュライトの明かりを灯す。
「なぁ、小野に聞いてみてくれないか?」
木原は自身達がいる、山の麓に広がり光を放っている町並みを横目に、菊川に尋ねる。
「あぁ? 何についてだ?」
菊川は木原の問いに反応しつつ、規制線というより人間と亡霊の境界線に歩みを進める。
『この先、ゲシュペンスト出没地域の為、一般市民の立ち入りを禁ず。』
と書かれた錆び、朽ちた古い標識を気にすること無く、2人は夜の山道に入る。
霧が立ち込め、更にガスマスクによって視界が狭くなった山道をフラッシュライトで照らして進んでいく。
「さっきの海の話だよ。菊川と小野の時間を邪魔する形になってしまうのは、悪いとは思うけどよ…… 高瀬さんも誘ってみてくれないかって?」
木原は申し訳なさそうに切り出す。
「まあ、良いけど。というか、まだ高瀬のこと狙ってんの?」
木原の申し出に快く了承した菊川は、情報端末機のGPSによる地図とにらめっこしている。
「お、おう…… 別に良いだろ。」
菊川からの直球的な問いに、木原は焦りつつも応える。
「あれ? 木原、中学の卒業式の時に高瀬に告白してフラれなかったか。」
菊川はさっきの仕返しの意味を込めて、わざとらしく木原の古傷に塩を塗る。
「な、何を言っているんだね菊川君…… あれはオブラートに包みすぎてだね、告白と気付かれなかっただけだよ。」
動揺をごまかそうと取り繕う木原が持つ、アサルトライフルが発する光は左右にぶれている。
「えっと、たしか…… そっか、木原君もこの町の安全を守ってくれるの。ありがとう…… だったか。」
菊川は綾音の声色を真似て、さらに木原の古傷を抉る。
「う、なぁ〜あ!!」
木原の言葉になっていない悲痛な叫びが森のなかに響き渡る。
「着いたな…… これより、転換機の点検を開始します。」
事務所に報告した菊川達の目の前には長い煙突が特徴の全長4メートル程の機械が鎮座している。
そして、白い霧の中でも目立つように黒塗りの機械の煙突が白い煙を吐き出している。
菊川は屈み、機械に付いているドアの鍵穴に鍵を差し込み、右に回し開ける。
そして、慣れた手つきで計器類の数値をチェックしていく。
「こいつは問題なし。」
菊川は鍵を閉めて、現在地から東に300メートル先にある次の機械を目指す。
……
2人はただ、判子を押していくかのように次から次へと点検していくが……
「木原、この転換機の濃度が落ちているぞ。」
菊川が指差した計器の針は基準値を示す青色から若干、下がった黄色との境界線辺りを指している。
「その数値なら、アサルトライフルの弾を何発か入れたら、明後日のギフトの支給までもつだろ。」
そう言った木原は、手に持っている【HK 416】の予備弾倉から弾を数発取り出す。
そして、本来なら粒状のギフトを入れる場所に弾を流し込む。
「よし、これで全部の点検が終ったし戻るか。」
菊川は心配ないと自分自身に言い聞かせるように、木原に話しかける。




