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第七章―同じ時を生きる人々―

ダーヴィッドの全く予期していなかった言葉にエメシェは息を飲んだ。

極秘にしていたつもりだったのだが、何故、知っているのだろう?

まさかとは思うが盗み聞きしていたとでも言うのではないか。

「別に隠す程のことでもないだろう?俺が知っているのはゾフィーが言っていたからだが。」

「……。」

「エメシェ?」

「ゾフィーが知ってるって今、言ったわよね。」

「あぁ、何か問題でもあるのか?」

「問題大ありに決まっているじゃない!今すぐにミサに行って来るわ!」

「はぁ?朝食のパンはどうするんだよ?」

「ミサから帰って来てから食べるから!」

エメシェはそう言ったが否や飛び起きると、疾風の如く身支度を済ませるとそそくさと家を出て行った。

早々と出て行った妹の姿に飽きれたような、何処か微笑ましく思う笑みを浮かべるとダーヴィッド自らもミサに出掛ける準備に取り掛かり始めた。



家を出ると目の前には毛並が整った美しい馬が止まっていた。

この馬は確かタマ―シュの愛馬であるエーヴァという名前だった気がする。

よく昔、タマ―シュの家に遊びに行った時は一緒に餌をやったものだ。

「エーヴァ!」

エメシェの声にエーヴァは鋭く反応し、顔を寄せて擦り寄って来た。

少し濡れた鼻が頬に触れる度にくすぐったいような何とも言えない感覚がする。

「エメシェには物凄い懐きようだな。」

「タマ―シュ!」

「ミサに遅れるよ、急ごうか。」

彼の人柄をよく表している微笑みにエメシェは何時も癒されてばかりだ。

もし、彼と結婚が出来たのならこの微笑みが毎日、自分に向けられるのだろうか?

しかし、その為には越えなければいけない壁が沢山ある。

果たしてその壁を打ち砕くことが出来る日など来るだろうか…?

「乗って!」

「え?」

その途端、急に視界が高くなった。

気が付くとエーヴァの上に跨ってタマ―シュに支えられていることに気付き同時に顔がみるみる真っ赤になっていく気がする。

タマ―シュの左手がエメシェの腰に巻きついているお蔭で落馬せずに済んでいることは分かるのだが、如何せん密着し過ぎだと思う。

耳には温かい吐息が間近に感じ、背中には寄り添うように胸の鼓動を感じる。

意識するなと言う方が可笑しい。

「飛ばすから、しっかり掴まってて。」

「う…うん。」

残念ながらタマ―シュは自覚していないことが困ったところだ。

エメシェは自分だけが意識していることに恥ずかしさを覚えながら、言われた通り手綱に掴まった。



「あら、随分と遅いご到着で。」

エメシェとタマ―シュが来るのを、まるで見計らったかのように紺色のケープを翻しながら近付いて来る女がいた。

あの翻し方は計算しているようにしか思えない。

心なしかエメシェは女の顔を見て舌打ちをしてしまう。

タマ―シュと結婚した暁には、この厄介な女も一緒に付いてくる。

実に迷惑な話だ。

しかし、彼女はタマ―シュの実の妹であり、無下には出来ない存在である。

「私はてっきりミサに来ないと思ってましたわ。お兄様もわざわざ迎えに行かなくても宜しかったのに。」

「そうはいかないだろ。エメシェとは約束したんだから。」

「約束なんて破る為にあるものですわ。大体、神に対する信仰も何もないのにミサなんてエメシェには関係ない話ではなくて?」

「ゾフィー!」

タマ―シュの声を無視してゾフィーは不敵に微笑んだ。

本当に良い性格をしてると思う。

他人の琴線に触れるのが上手いのだ。

「お言葉だけど、神に対する信仰なら負けてないわ。貴方なんて神よりも自分の方が好きなんじゃないの?」

「何ですって!」

「大体、何でタマ―シュと一緒にミサに来た位で目くじら立てるの?細かいことばかり気にしていると皺が増えるわよ。」

「言うに事欠いて私に…村娘如きに馬鹿にされるなんて…。」

「村娘って言いますけれど、貴方が食べていられるのは私達が働いているからなのよ、分かってるのかしら?」

「絶対に認めないわ!私はお兄様との結婚なんて死んだとしても認めたりしないわ。」

「いい加減、兄離れしなさいよ、見苦しいわよ。」

「五月蠅いわね…大体、ダーヴィッドだって妹離れ出来てないじゃない。」

『俺もゾフィーにだけは言われたくないな。』

驚いて振り返ると、腕を組んで仁王立ちした姿で立っているダーヴィッドがいた。

何故だか機嫌の悪そうなのは気のせいだろうか?

ダーヴィッドはエメシェとゾフィーの成り行きを見守るように立っていたタマ―シュの目の前に立ち塞がった。

「俺は妹とのことを正式に認めた訳ではないからな。」

「え?」

「それなのに必要以上にエメシェに密着して…火炙りの刑にするぞ。」

「密着って…お義兄さん、そろそろエメシェとのことを将来的に考えてくれても良いんじゃないですか?」

「お義兄さん…だぁ?俺が何時、お前の義兄になったんだ!」

「違うんですか?とっくの昔にエメシェとは将来を約束していたつもりなのですが。」

「絶対に認めないからな…子供の顔がお前と似ていた暁にはただじゃ置かないからな、覚悟しろよ。」

「ちょっと…ダーヴィッド兄さん、いい加減にしてよ!」

「私もダーヴィッドの意見に賛成よ、エメシェとタマ―シュが結婚するなんて絶対に認めないわ!」

『どうでも良いけれど、お互いのことを嫌いという割には仲が良さそうよね。でも、わざわざ教会の目の前で見せつけてくれなくても良いんじゃないかしら?』


冷ややかな目を投げかけているのは、エメシェの親友であるアレクサンドラだった。

収拾の着かなくなった喧嘩の仲裁をするのは大抵、彼女の役割だったりする。

そういう関係は昔から何も変わっていない。

アレクサンドラに指摘された四人は気不味げに目を逸らすと互いに背中を向けた。


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