第六章―深紅の予知夢―
雨は降り続いている。
素足に触れる石畳の床は氷のように冷たい。
今は冬なのだろうか?
それさえも分からない。
もし分かることがあるとするならば、眼下に広がる世界は真っ赤に染まっているということだ。
この世界は実に残酷だと思う。
強い者しか生きることを許されない非情な世界。
誰かの上に立つことが必然となった私達の世界。
其処には善も神も存在はしない。
強い者が弱い者の上に立つ、それが原理で暗黙の了解であると言うのなら、私の罪は癒される日が来るのだろうか?
この涙が強さヘ変わる日は来るのだろうか?
私は何を求めて、此処に来たのだろう…。
予言をされたからというのは、この際、間違っている。
もしかしたら、私はただ認めてもらいたかっただけなのかもしれない。
一体、誰に認めてもらいたかったのか、それはこの世界全員にだろう。
でもその願いはもう叶うことはない。
一つの決断を誤ったことは、やがて運命という歯車のもとで絡み合い、どうすることも出来ない未来へと繋がっていく。
吐息は口から漏れる。
凍てついたように動かない足に鞭を打つように立ち上がらせ、干乾びた屍を躊躇なく踏みつけた。
一滴の血も抜き取られてしまった屍は、異臭を放つ。
それとは対比するように石畳の床には深紅の華が咲き誇る。
腹から溢れた軟らかい物は今では馴れたような錯覚さえ覚えてしまう。
情も罪悪も全て消えてしまえば良い。
感情という不要なものは、こんなにも私を悩ませる邪魔者だ。
溺れれば良い。
染まってしまえば良いのだ。
この世界に馴れること、何ら疑問を持たないこと…それが唯一の救われる道だと言うのなら従おう。
それがどんなに罪深くても…。
エメシェは、銀のナイフを片手に握ると怯え悲鳴を上げる少女達にゆっくりと確かな足取りで近づいて行った。
「私は戻らない…この先に何が待ち受けていようと…。」
だから…殺せ。
己が生き残る為に、明日の為に。
振りかざしたナイフは空を切った後、一人の少女の眼球へと突き刺さった。
鈍い音と共に生温かい血が頬を滴る。
感情の宿らない黒真珠のような瞳に少女達は言葉にならない叫びを上げた。
「………っ」
鈍い痛みが頭を貫く。
ぼんやりと目を開くと、いつもと同じの何ら変わり映えのしない自室の天井が目に入った。
ベッドから転げ落ちるような体制で窓の外を見ると朝日の光が差し込む中、家畜が歩いている。
「おい、エメシェ…大丈夫か?」
音がしたから驚いて来たのだろうか?
ダーヴィッドは何時になく気遣うような瞳を向けている。
「寝惚けていたみたい…ね。」
「なら別に良いが…何で泣いているんだ?」
「えっ…?」
「ほら…。」
「……っ」
言われた通りに鏡を見ると、止め方を知らないのか、涙が溢れている。
枕元には濡れたような跡があった。
「兄さん…私、血だらけじゃない?」
「は?別にそんなことはないが。」
「…妙に現実味のある感覚があったんだけれど。嫌ね…不吉だわ。」
「血……な?」
「石畳の床に華が咲いていたの。深紅の血が壁にも付着していて、可笑しいかもしれないけれど綺麗だなって思ってしまったのよ。」
「縁起でもない…良いから顔、洗って来いよ。今日はタマ―シュと会う約束をしているんだろう?」