第五章―凶器の誕生―
五年前―――
「これを見てごらん。」
夫であるフェレンツはある日突然、エルジェベートを地下室へと連れて行った。
結婚してからかなりの時が経っているが、ほとんどと言っても良い程、夫婦らしい会話という会話をしたことがない。
エルジェベートは時々、彼は私のことが嫌いなのではないかと思う。
バートリー家はヨーロッパ屈指の名家だ。
夫の実家であるナダスディ家もまた名門家だが、幾分かバートリー家には劣っていた。
その為、エルジェベートは結婚後もバートリー姓を名乗ることを必然的に許されたいたが、どうやら誇り高いフェレンツはそのことを快く思っていない節があったらしい。
勿論、口に出して言いはしなかったものの夫の態度はそれを顕著に表していた。
またフェレンツはオスマン帝国との戦いで明け暮れる日々を送っており、ほとんど城には帰って来ない。
残されたエルジェベートは口煩い姑との戦いに嫌気が差し、自室に一日中、閉じ籠ることが多くなっていた。
なかなか子宝に恵まれないこともあってか、もともと険悪であった姑との仲は凍り付いていたのである。
その後、エルジェベートは二男二女の子を産むが姑との溝は決して埋まることがなかった。
「これは何ですの?」
「凄いだろう。新しい拷問器具だ、次の戦の時に使おうと考えていてね。」
「えぇ…凄いですけれど、随分と斬新な形ですのね。」
エルジェベートは目の前に置かれている拷問器具を興味深げに見た。
今までありとあらゆる拷問器具を見てきたつもりだったが、この拷問器具はそれらのどれもと掛け離れている。
鋼鉄で作られたお棺のような形をした拷問器具から少しだけ覗いている無数の針は全身を貫く為のものだろう。
上部には女性を象ったようなものがあり、またこれが斬新なのである。
「この針で全身を貫こうなどとは、よく考えましたわね。」
「…この針が本当に全身を貫くと思うかい?」
「えぇ…でなければ、意味がないではありませんか。」
至極、真面目に答えたつもりであったがフェレンツは大袈裟に嘲笑うと瞳を輝かせながら、語り始めた。
「世の中には脅しというものもあるのだよ。無数の針に突き刺されるなど誰もが恐怖を覚えるだろう?また暗闇に閉じ込められることに恐怖する輩もいる。そういう輩は、この中に入る前に懺悔を始めるのだ。」
「懺悔ですか?」
「あぁ…実に愉快な光景だ。幾度ともなくその光景を見たことがあるが一度、お前に見せてやりたい位だ。」
「見せて頂けるのは大変、嬉しいですが…私は貴方に城を任されたいる身。残念ながらご一緒出来ないのは心苦しいですわ。」
「勿論、お前には感謝している。そして私は考えたのだ、懺悔を始めた輩にせめてもの安らぎが与えられないかと。」
そういうフェレンツの顔は嬉々として輝いている。
悪戯を考えた時の子供のようなあどけなさにエルジェベートは、つい頬が緩んだ。
「懺悔を始めた者達に最期の瞬間、聖母マリアと会わせてやろうとな。実際にはこの拷問器具は殺す程の威力は持っていないが、急所を外すように作られている。つまり長く苦しむという実に素晴らしい作りだろう?」
「長く苦しむ…。」
何と素敵な響きなのであろうか。
容易く死ねないというのは、最高の痛みと恐怖を与える。
暗闇も更に恐怖を煽るのだろう。
エルジェベートは、鋼鉄で作られた聖母に天使のような微笑で微笑みかけた。
その微笑が何を意味するのか?
聖母は無機質な目でエルジェベートを捉えた。