第三章―運命を変える予言―
表通りと一味違った世界にエメシェは少なからず高揚した。
危険な世界に足を踏み入れる度に感じる大人の階段を上って行くような感覚。
これが大人になるということなのだろうか?
まるで甘い酒を飲んだ時のように世界がぼんやりと瞳に映し出される。
酔った足取りで道を歩いていると、ある一人の占い師に目が留まった。
小汚い服にフードで鼻のあたりまで覆い隠している姿は、決して表通りで見掛けられるような出で立ちではない。
もし水晶玉さえ持っていなければ乞食という言葉の方がぴったり当てはまるような気がする。
何事にも興味を抱いてしまうエメシェがその占い師に話しかけずにいられる訳もなかった。
「貴方…占い師なのよね?つまり未来が見えたりすることが出来るのでしょう?」
「面白いことを言うお嬢さんだな…何だい、そんなに未来が見たいのかい?大抵は知ったところで良いことなど何もないさ。」
「別に構わないわ。そんなこと恐れる訳がないもの。」
「ふっ…あんたの未来か、それは…。」
「それは…?」
占い師は水晶玉の文字を見てニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべると、顔を上げた。
フードの奥に潜む双眼は、エメシェを舐め回すように見つめている。
「あんたは歴史に名前を残すだろう。」
「え?」
告げられた言葉は予想を遥かに上回った答えだった。
一介の村娘の一人に過ぎない己が歴史に名前を残すなど、到底考えられないことである。
父が生きていた頃であれば、思想家の娘として考えられないこともないが、しかし世の中は男性中心で回っているものであり、女性が活躍する場などないに等しい。
それこそ、王家や貴族出身に限られてしまうだろう。
「あんたの極限の行いは、必ずや感謝をされるであろう。何故ならば、沢山の者の命を救うからだ。苦難の道を歩むかもしれんが何時でも己を信じよ…と出ているぜ。」
「その言葉…本当に水晶玉が表している言葉なの?」
「おいおい…疑うのか。この水晶玉が言っていることは神の言葉よりも絶対だ。」
「でも…歴史に名前を残すなんて、そんな事どうしたら…。」
「まぁ…案としては侍女になることだな。」
「城に奉公に出るってこと?」
エメシェはふと彼方に見えるチェイテ城に目を向けた。
あの素晴らしい城に奉公するなど本当に出来るのだろうか?
他に適役は山といることだろう。
「あんたに良い話があるぞ…近々、チェイテ城周辺の村々に奉公話が出るって噂だ。それも大量に…。」
「え、嘘でしょう?」
「俺が嘘なんかつくかよ…。」
「凄い…私にも機会が巡ってくるってことな…ッ」
その言葉は最後まで言い切ることが出来ずに喉で詰まった。
占い師と話していることで、すっかり忘れてしまっていたが、兄と買い物の途中だったということだ。
用事があると言っていなくなったことを良いことに寄り道をしていた訳だが当然のことながら暫くすれば、兄が帰ってくるということが、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
エメシェの襟首を掴んでいる兄の目は底冷えする程、冷たく眼差しが注がれている。
「ダーヴィッド兄さん…。」
「何処をほっつき歩いているかと思えば、何でお前がこの道にいるんだ?此処は禁止した筈だろう。」
「良いじゃない…っ、今日はそれに良いことが聞けたのよ。」
「くだらない…で?お前か、年頃の妹に訳の分からないことを吹き込んでいる害虫は。」
「ちょ…いきなり何で喧嘩腰なのよ、占い師さんに謝って。」
「お前は黙ってろ。説教は家に帰ってからたっぷりとしてやるから。」
「そんなに怒らなくたって良いじゃない!」
先程までの熱を一瞬にして氷点下へと突き落とした男に流石の占い師も身震いした。
現実を知っている者は、占い師にとって最大の敵である。
「お兄さんも何だったら占いましょうか?」
「あ?生憎、俺は占いなんかを信じる主義じゃないのでね。」
「それは…失礼しやした。ただ一つだけお兄さんに忠告だ、大切な者は失ってからじゃ取り戻すことなんか出来やしないってことです。」
「………エメシェ、帰るぞ。」
「ちょっと…引っ張らないでよ。」
男は占い師に何も言わずに背を向けて、妹の手首を掴んだまま表通りへと歩いて行った。
実に嵐のような兄妹だと思う。
二人がいなくなると不気味な笑みを浮かべた。
フードの上に一滴の雨が滴り落ちる。
空を見上げるとチェイテ城の方角から暗雲が立ち込めていた。
どうやら序章は始まったらしい。
「この水晶玉は嘘などついておりませんよ…ちゃんとあのお嬢さんとお兄さんの未来を映し出していますからね。」
ケラケラと可笑しそうに笑うと水晶玉を宙に放り投げた。
「さて、貴方様の言う通り、捧げましたよ。エルジェベート様。」
地面へと落下した水晶玉は砕け散ると、流れ出した深紅の液体は雨と同化しやがて、土へと消えていった。