第二章―チェイテ村―
時は16世紀のハンガリー王国。
チェイテ城下に位置するチェイテ村はのどかな荘園が広がる田舎風景があふれていた。
平和という言葉が如何にも当てはまりそうな古風な村である。
この領地を支配しているのはトランシルヴァニアの王位に就くほどの家柄を持ったエルジェベート・バートリーという女性だ。
夫であるフェレンツ・ナダスディはほとんどと言ってもいいほど、オスマン帝国との小競り合いで不在で城の管理や領地の運営などは全てエルジェベートに任されていた。
しかし、若くしてフェレンツ・ナダスディが亡くなると、その後を追うようにフェレンツの母も亡くなってからというもの、城の周囲には何処か陰鬱な空気が漂っていた――――。
「エメシェ、少し寄る所があるから此処で待ってろよ。」
「なるべく早めに片付けてね?空模様も怪しくなってきたみたいだから、きっと雨が降るんじゃないかしら。」
「そうだな…くれぐれも良い子にしてろよ。」
「ダーヴィッド兄さん!何時までも子供扱いするつもり?」
「お前は昔から何も成長していないだろ?直ぐに油を売る癖は何時までも直らないからな。」
「兄さんも少しくらい道草するべきじゃないの?何時もそうやって眉間に皺を寄せていたら可愛いお嫁さんなんて死んでも来ないわよ。」
「五月蠅いな…兎に角、俺は行くからエメシェは其処で大人しく待ってろよ。」
そう言うと、ダーヴィッドは人混みの中へと消えていってしまう。
すっかり兄の背中が見えなくなってしまうとエメシェは本来の目的だった裏通りと入って行った。
過度の心配性である兄は裏通りに行くことを禁止しているが、年ごろであるエメシェにとってはその言葉は何の抑止力も発揮しない。
裏通りには表通りに売っていない珍しい物が時々、並んでいることがある。
無論、一介の村娘が手に入れられるような物ではないのだが、まだ見たことのない他国の品々は見ているだけでも時を忘れてしまうことがしばしばだ。
期待に胸を膨らませながら、足を進めるエメシェを背後から見つめている男の存在にまだ気付いていなかった。
そして、まさか其処で運命を変える出来事と出会うなど誰も想像し得なかったに違いない…。