第一章―父からの教え―
真っ青な空がどこまでも続いている。
記憶というものは曖昧だ。
ぼんやりと脳が世界を捉えていても、それは時の流れで少しずつ消えていくものだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
しかし、時折思ってしまうことがある。
私はこの記憶を忘れたいのではないかと…。
本当はそんなことは間違っていること位、分かっている。
自分の父が死んだことを忘れるなど―――――。
「ダーヴィッド、エメシェ。」
ベッドに横たわっていた父は力なく子供達の名前を呼んだ。
先程まで俯いていた二人は、静かに枕元に座った。
「二人に覚えてもらいたいことがある。大事なことだ。」
「父さん…無理して言わなくていいから。」
「今、言わなくて何時言うのだ。自分の身体のことは自分が誰よりも分かっている。ダ―ヴィッド…お前の悪いところは過度な心配性のところだ。」
「…っ、こんな状況でよく説教なんか出来るな…。」
父は弱弱しくダーヴィッドを見上げると、やがてエメシェの方に向き直った。
「エメシェ…お前は村長の息子と結婚したいと言っていたな。お前には悪いことをした。これからは付き合っていくのに苦労を強いられるかも知れん。
けれども地位を手に入れれば、誰も文句など言わないだろう。」
「…もう良いよ、お父さん。私、恨んでなんかいないから。」
その言葉を聞くと父は満足したように二人の子供を見据えて言った。
「良いか?これからお前達は世の中の不条理を何度も目にするだろう。人は神の下で平等だと言うがあれは嘘だ。そんなことを言う奴は偽善者以外の何物でもない。人間の罪というものは、その人間の地位や金で揉み消すことが出来ないものだ。しかし、世の中というものは理屈の通らない事実は山のようにある。その事実に直面した時、どうするかはお前達次第だ。」
『……。』
「まさか志半ばで逝くことになるとはな…神は時に優しく、時に残酷なものだな。」
「父さん…っ!」
エメシェの目には一連の光景が静止画のように見えた。
脳が麻痺したように動かなかったのだ。
兄の悲痛な叫び声が蚊の鳴き声のように聞こえる。
世界が動きを止めた時、エメシェは静かに父の寝顔を見ていた。
其処には感情などありはしない。
ただ明けない夜はないように、朝になれば何時ものように夢から覚めるのだと思っていた。