序章―残酷な世界―
「血の伯爵夫人」と異名をとる稀代の悪女を一人の村娘の視点で描いたらどうなるのか?
今まで見えて来なかった伯爵夫人の内面を描き出す。
雨の音がする。
エメシェは偶にこの雨が止まないのではないかという錯覚に陥ることがある。
どうしてか?
雨は作物を潤し、人々に水というものを与える、いわば恵みの雨なのだ。
雨がなければ、人々には食べる物がなくなること、つまり飢餓を意味する。
それは権力者だろうと例外ではない。
古来は雨が降るように舞や祈りを捧げたり、家畜や時には生きた人間さえ捧げたと聞く。
その位、人々に雨という存在は大切でなくてはならない物なのだ。
しかし、今のエメシェにとってはそんなことはどうだって良かった。
彼女が雨に求めていたもの――――。
それは罪を流してくれる雨だった。
全てを洗い流して浄化してくれる存在だ。
虚ろな瞳は虚空を捉えた後、やがてぼんやりと己の手を映し出した。
深紅に彩られた手は罪の色。
所々に媚びり付いた赤黒い斑点は過去の罪といったところであろうか。
誰か助けて――――――。
そう叫べたらどんなに楽であろうか。
しかし、この暗い監獄から叫んだところで誰の耳にも届かない。
神様という存在は肝心な時には無力である。
祈ったところでこの状況を打破出来るとは到底思えなかった。
残された道は二つである。
血を捧げるか、或いは狂気に染まって自らも罪に溺れるか。
この世界は残酷だ――――。
エメシェはふとそう思った。