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第8話

 あの日以来、私の心は壊れかけたままだった。半年以上。それでも、勇者修行を欠かさずやっていたのは、きっと何かしていないと、心が闇に囚われると考えていたからかもしれない。

 アリスには、とてもじゃないけど感謝しきれない。彼女がよく傍に居てくれたおかげで、完全に一人ぼっちじゃないという事を感じる事が出来た。心が完全に壊れずに済んだのは、彼女の優しさのお蔭だ。

 そして、アリスの手引きがあったのだろう。ミオが時々王宮に遊びに来てくれた。あの日いきなりいなくなってしまった私を嫌いになったのではないだろうかと、ずっと不安だったけど、ミオは変わらず私の事をお姉ちゃんと呼んでくれた。嬉しかった。

 「また、遊びに来てよ」、そのミオの願いを私はずっと断り続けた。

 怖かった。また、否定されるのが怖かったんだ。ようやく見つけたような気持になっていたこの世界での居場所を、ただの逃避の場所だと、そう言われるのが怖かったんだと思う。

 ショックな出来事もあった。勇者のみが抜く事が出来る聖剣が、王宮にはあった。かつての勇者が突き刺したとも、所有者である勇者が亡くなったらいつの間にかそこにあるとも言われている。案内された武器庫で、私は聖剣を抜き取る事が出来なかった。


「心に迷いがあるようじゃな。よいよい、旅立ちへの時間はまだ、当分先じゃ。旅立つ前にもう一度チャレンジじゃな」


 暖かく励ましてくれるジェイクの声。

 でも、もうダメだった。居場所の見つけられない世界で、勇者としても否定された気がした。

 夕暮れ、城壁の上に立ち、帝都の街を見下ろす。

 街の灯りに、この世界にもちゃんと守るべき暮らしがあり、守るべき人たちがいるのだという事を、理解させられる。頭の中では理解する事が出来る。でも、心は別だ。守るべきだとか、守ってやらなければならないなんて事は、到底考えられない。


「異世界から勇者を召喚しないと守れない世界、か……」


 つい、呟いてしまう。誰も、聞く者などいやしないのに。


「自分たちの力で守れない世界など、滅んでしまえばいい。私が守ってやる価値などなければ、必要性も認めない」


 誰も、聞く者がいないと思っているからこそ、本音が漏れたのだろう。アリスに頼んで人払いをしてもらっている。


「この世界には、お前が守りたいと思うのは、何にもねえのか、ハルカ? ミオく

らいはお前が守りたいと思うものに入っていると思ってたんだがな」


 その声に、愕然として振り向く。夕陽に照らされた城壁の上、頭を掻きながらブラッドさんが私の後ろにいつの間にか立っていたのだ。

 きっと、私はとても嫌な表情カオをしているんだと思う。そんな表情を見られたくなくて、すぐに背を向けてしまう。


「ミオは……、ミオくらいは守ってあげてもいいかも、ですね」


 何とか、声を絞り出す。はは、友達だと思っていた、少なくとも私は友だちだと考えていたミオすら、守るべき存在だとこの時は考えてさえいなかったのだ。その事を指摘されて、動揺していたのかもしれない。


「何で、ここにいるんですか?」


 たぶん、ブラッドさんがここにいるのは……。


「アリスから聞いてな。こんな時間帯はだいたい、城壁の上で黄昏てるって。お前さんが来なくなってから、ミオに元気がねえんだ。『お姉ちゃんが来なくなったのは、パパのせいだ』って、責められっぱなしだよ」


 アリスめ、余計なおせっかいを……。

 溜息つかないでください。溜息つきたいのは、私の方なんだから。


「やっぱ、来たくはねえか、そりゃそうだよな。俺が否定しちまったんだから、ハルカの事をな」


 いつの間にか、隣に立って一緒に街を見下ろしていた。私は、すぐ隣に立たれるのが怖くて、少しだけ間隔を開ける。


「お前がこの世界に来てから、ずっとカラ元気だった、ってアリスから聞いたよ。ふざけているように見えて、その実、必死に虚勢を張っていたんだって」


 アリスめ、私の事をよく見ている。そうかもしれない。そうしないと、寂しさを紛らわす事が出来なかったからかもしれない。家族にも、友人にも会えなくなったんだ。寂しくなって当然だ。


「……だけどな、お前が傍に居るのが、俺にとって苦痛だったんだ」


「……苦痛?」


 最初から、嫌われていたという事だったのだろうか。ならば、初めっからそう言ってくれればよかったのに。そうすれば、こんなに深く傷つかなかったのに。私の心は壊れかけずに済んだのに――。


「ミオがお前にずいぶん懐いて。お前が来るたびに同じベッドで三人並んで寝て。俺は、お前を意識せずにはいられなくなった」


「……」


 え? どういう事?


「俺はさ、ずっと一人でいるつもりだった。ティアを、セレスティアを亡くした後、ミオを一人で育てていくつもりだった。誰かとまた一緒になるつもりなんてなかったんだ。誰であれ、ミオが懐かなければ意味がなかったからな」


 私は、ブラッドさんの独白に、言葉をはさまなかった。何となくだけど、言葉をはさんだらいけないような気がしていたから。


「でもよ、お前と付き合っていくうちに、お前が俺の心に住みつきだした。このままじゃ、後戻り出来なくなりそうだった。だから、お前を遠ざけた。お前が来なくなれば、俺の近くからいなくなれば、悩む事もねえ、そう考えちまった」


 拳を、強く握る。皮膚を破り、少し血が滲む。


「でも、お前が来なくなってから、ミオが塞ぎこむことが多くなった。そして、店にも笑い声が響かなくなった。その時になってようやく気付いたのかもしれない。お前の存在が、ミオにとっても、店にとっても、とても大きくなっていたんだ」


「……ミオと、お店にとってだけ、ですか……?」


 つい、聞いてしまった。しょうがないよね。聞きたくなっちゃったんだから。


「俺にとっても、だ」


「え? 何だって?」


 もう一度聞きたい。だから、聞こえないふりをしてしまった。私はエロゲの由緒正しき難聴系主人公じゃないんだ。聞こえなかったワケじゃない。もう一度、聞きたくなったんだ、今の言葉を。

 頭を掻きながら苦笑するブラッドさん。「もう一度言えってのか」なんて、声が漏れてくる。おお、これが難聴系主人公に苦労するヒロインの図か。……ちょっと違うな。


「お前が、ハルカが、俺にとっても大事な存在になってたって事だよ」


 その言葉を聞いた瞬間、私はブラッドさんに抱きついていた。泣きじゃくる私の髪を優しく撫で、抱きしめてくれた。

 ようやくこの日、私の罅割れた心の修復が始まった。






 その日私は聖剣を抜く事が出来、完全に勇者として認められたのだった。






――――※※※※――――




 ようやく、ティンダロス帝国帝都の城壁が見えてきた。とは言っても、小高い山の上から遠くに見えるだけだ。後数日の距離があるだろう。

 あれ以来、特に問題もなく進んできた私達ではあったが、一抹の不安を取り除く事は出来なかった。


「帝都では、何が待ち受けているのかな?」


 私としては、さっさと勇者の重責から解放されたい。もし、皇帝や貴族どもが私を使い捨ての駒として利用しようとするのなら、思いっきり反抗するだけだけどね。血の雨が、王宮中に降り注ぐ事になるだろう。そして、私はその事に一切の躊躇をしないだろう。


「ふふ、ハルカはそれよりも気になる事があるのではないですか?」


 からかうようなアリスの声。ムム……、何度も旅の途中で不安をアリスにこぼしていたからな。からかわれるのは仕方ない。今夜ベッドの上で復讐リベンジしてやる。


「二人は元気でいいな。俺はこれから権力争いやらがきっと待ち受けている。……なあ、俺に協力してくれないか? 皇子としてではなく、友として、皆に頼みたい」


「俺でよければ、協力するぜ」


 真っ先に協力を表明したのは、旅の間にディートハルトと親友と言っていい間柄になったシーザー・ゴットフリート。旅の間、同じ馬車に乗っていた男だ。

 しかし、皇子の親友が皇帝しいざあとは。きっと、皇帝しいざあにとって、ディートハルトは大切な宝物おうじなのだろう。……いけない、大事な話をしているのに、笑いをこらえるのに必死になってしまう。同級生のお姉さんが結婚・妊娠して子供の名前(男の子だと、検査で分かっていた)を考えていると聞いた時、候補として挙げられていた名前に入っていたのが、皇帝しいざあと、宝物おうじだった。同級生と一緒になって大反対したのも、いい思い出だ。

 まあ、こんな事を思うのも、私が日本人だからだろう。キラキラネームと言うか、DQNネームと言うか……。こっちの世界では、結構使われている名前らしいけどね。

 ま、私自身は普通の名前をつけられて、良かったと思うよ。キラキラネームつけられていた中学時代の同級生が、名前をバカにされたとかで、高校の同級生を何人か半殺しにしたと言う話を聞いた事があった。まあ、その前にグレまくっていたらしいけど。

 名前って、本当に怖いね。ハルカなんてありきたりな名前かもしれないけど、奇抜な名前をつけられなかった事にだけは、両親に感謝しよう。


「私も、全力で殿下を支えます」


「そうか、感謝する。ありがとう、アリス」


 ディートハルトは、鈍感系主人公にはなれそうだ。それとも、アリスの思いに気付かないふりをしているだけなのかな? 旅の途中、危機ピンチに陥った時も、アリスだけは必死に守っていたし。「ハルカは、守る必要ないだろうからな」とは言っていたけど。それとも、身分差を考慮しているのかな? ま、そこは二人でどうにかして欲しい。私は、アリスの力になれればそれでいい。アリスが幸せになれるよう、出来る助力は惜しまないつもりだ。それが、アリスへの恩返しになるのだから。


「私を巻き込むなよ」


 そうとだけ言っておく。権力争いになど興味はないもんね。


「……期待はしないでおくよ」


 苦笑交じりのディートハルト。まあ、強要しても無理だと分かっているのだろう。




 一年以上に及んだ、魔王討伐の旅も終わりを迎えようとしていた。

 帰るべき場所が、帰りを待っている筈の人たちが暮らしている場所が、もうそこまで近付いていた。


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