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第7話

 何人の盗賊を倒しただろう。百人近く倒したのではないだろうか。これぞ、勇者無双。盗賊如きが勇者を倒そうなど、片腹痛い。

 大半の盗賊を戦闘力を奪う程度で終わらせてあげたあたり、自分が如何に優しい人間であるかを認識してしまうな。まあ、流石に串刺し三兄弟はお亡くなりになっただろうが。

 違うな。私は優しいのではなく、甘いのだろう。こういう連中は、生かしておくと後々似たような事をやる連中が多いからな。まあ、二度とそんな気を起こさないでいられるように、圧倒的な恐怖というものを教え込んでやるのもいいだろう。

 近くの茂みに隠れていたのだろう、そこから矢が放たれた。風切り音で気付いた私は、首を少しだけ傾け、矢をかわす。かわすと同時に右手で矢をつかみとり、反転すると同時に放たれたであろう場所に投げ返した。狙い過たず、茂みへと矢が吸い込まれると同時にあがる悲鳴。

 自分の手足が返り血で赤く染まっているのを感じる。後で、何処かで洗い流そう……、いや待てよ。お風呂場でアリスに洗い流してもらおうかな。ついでにあんな事やこんな事までしてもらっちゃったりして……。うふふ、夢が膨らむなあ……。

 ちょっと妄想力が高まってしまったらしい。笑みがこぼれてしまった。……おいおい、女の子の笑顔を見て怯えるだなんて、傷付くじゃないか。




 残るはあと数人。盗賊団が全滅しそうになるまで、動こうともしなかった。

 その事を訝しく思いながらも、攻撃がやんだので、私はアリスたちの所に戻り、濡れたタオルで顔や髪の毛についた血を拭っていた。匂いが、簡単にとれない。国境付近まではアリスのいい匂いがついていたのに……ッ。

 残っている連中は皆、オーラのようなモノが違った。盗賊ではなく、騎士ではないだろうかと思わせる連中だった。

 そのうちの一人が進み出てきた。これだけ仲間が殺されている筈なのに、堂々と。


「流石はディートハルト様が率いる勇者一行と言うべきでしょうか。やはり、金で雇った盗賊などでは太刀打ち出来ませんでしたな」


 コイツは、何を堂々とディートハルトと会話をしているのだろう。それと、違うから。私率いる勇者一行だから。私が主役なんだから。


「やはり、第二皇子のグスタフ様の元では私も栄達は望めそうもありません。監視の目を掻い潜るのにも一苦労でした。これからは、帝国騎士カールハインツ・バウマンがディートハルト様の騎士とならせていただきたく」


「仲間はどうする?」


「仲間……でございますか?」


「ここに転がっている盗賊どもだ。仲間を見捨てるような、いや、捨て駒にするようなヤツが俺の騎士になるなど、いい気持ちはしないな」


 おお、ディートハルトがカッコイイ事言っている。普通の女なら「素敵、抱いて!!」となるかもしれないな。……これだからエロゲ脳は……。いくらなんでもそれだけで「素敵、抱いて!!」とはならんだろうに……。自分の思考に、虚しさを感じた。


「金で雇ったただのゴミ屑ですよ。まあ、何人か帝国騎士もいましたがね。邪魔だったのでね、掃除も出来たので、一石二鳥ですな」


 バウマンの目は、腐っているようにしか私には見えなかった。自分より立場が下の人間をゴミ屑程度の存在としか思っていないような目だ。利用価値がある奴は利用するだけ利用し、価値がなくなれば捨てるような人間だろう。そして、自分より身分や権力が上の者には、何の躊躇もなく媚びへつらう男だ。

 こんな男を、自分の下に引き入れると言うのか、ディートハルトは? アリスの方をチラリと盗み見ると、バウマンをゴミ屑を見るような目で見ていた。私が見ている事に気付いて、微笑む。貴女も、私が考えている事と同じような事を考えているのでしょう? その微笑みは、私にそう語っていた。

 さて、ディートハルトは、どんな判断を下すだろうか――。






――――※※※※――――




「いらっしゃいませ」


「うおっ!?」


 私の出迎えの声に、驚いて奇声を発する若い男。何故か入口まで戻り、店の看板を確認する。以前と変わっていない看板を見て、首を傾げながら再度店に入ってくる。


「な、なあ、一つ聞きたいんだが……」


「何でしょう?」


 営業スマイルを浮かべる私。見よ、“剣道小町”の破壊力を。入店してきた男は少し顔を赤らめている。


「ここ、“頑固親父亭”だよな?」


「そうですよ」


「経営者が代わったのか? 確か、ブラッドさんが経営していたパン屋だったと思うんだけど……」


「経営者も同じですよ。ブラッドが当店の経営者です」


「あの、味がお世辞にも美味いとは言いきれないパンを売っていただけの店だよな?」


 まあ、確かにお店に並べていたパンは、お世辞にも美味いと言いきれないのが多かったですがね。


「食事をするスペースなんて、無かった筈だよね」


「ここ一ヶ月で、改築しました」


「何でメイドの格好しているの?」


「ちょっと、メイドの格好してみたくて。ただ、それだけです」


 日本に居た頃、アルバイトをしたかったけど、剣道に打ち込み過ぎて、出来なかったんだよね。その頃、可愛い制服を着てアルバイトしていた同級生が、とても可愛く、羨ましく見えたんだ。だから、私も暇を見つけては、この“頑固親父亭”でアルバイトをしているのだ。アリスのメイド服を借りて。……胸の所に余裕があるのが、悔しい。べ、別に私の胸が残念なワケじゃないもんね。

 ポカーンとしているのは、私のメイド服姿にだろうか、それとも一ヶ月来ない間に大変貌を遂げたこの店にだろうか。

 そう、ここ一ヶ月でブラッドさん経営のパン屋は軽食スペースを兼ね備えた喫茶店のようなモノになった。看板娘は、ミオ時々私とアリス。懸念されていたパンの味は、アリスの指導のお蔭で、随分とレベルアップした。試食するだけだった筈の私も、いつの間にか作る側にまわっていた。おかしい、何かがおかしい。

 経営も安定しだした。私目当ての常連さんも何人かではあるが、いるらしい。

 さあ、今日も商売頑張りますか!!




「なあ、ハルカ。お前、いつまで“頑固親父亭うち”に来るつもりだ?」


 そう問いかけられたのは、ベッドの上。私がやってくると、ミオが三人で寝たがるのだ。おかげで、今日で何度目かは分からないけど、また、川の字で寝ていた。ミオが寝静まった後、こうしてブラッドさんと話をするのが、いつもの展開だ。ちなみに、アリスはミオに一緒に寝ようと誘われた事はないらしい。


「……迷惑、ですか……?」


 迷惑なら、来るのをやめた方がいいのかもしれない。でも、ここは居心地がいいんだ。私が、私でいられる数少ない場所だ。


「迷惑じゃねえ、迷惑じゃねえよ。ミオも、お前やアリスが遊びに来るようになってからだいぶ明るくなった。その事に関しては、感謝している」


「なら……」


「お前は、うちに逃げて来ているだけじゃねえのか? 勇者修行をしたくなくて、逃げているだけじゃねえのか? まあ、勇者なんて押しつけられて、嫌だって気持ちは分からねえでもないけど、俺を、俺やミオを巻き込むなよ」


「…………」


 今の私は、どんな表情カオをしているだろうか? 泣きそう? それとも、怒りを押し殺している?


「勇者である以上、魔王を倒す為に最大限努力しないといけないんじゃねえのか? こんな所でサボってないでよ」


 拳を握る手に、力がこもった。何で? 何でこんな事を言われなければならない?

 何で? どうして? 私は、ここに居場所を求めちゃダメなの?


「ここに、遊びに来たら、迷惑、ですか……?」


 私がいたら、迷惑ですか? その言葉を、口には出せなかった。迷惑だと言われるのが、怖かった。

 呼吸が、苦しい。ここに、私の居場所は、ないのだろうか……。


「明日、朝飯食い終わったら、王宮に帰れよ。そして、二度と来るな」


 その瞬間、私の心は粉々に砕け散った。






――――∽∽∽∽――――




「大丈夫ですよ、落ち着いて。いったい、何があったんですか? 夜中にいきなり帰って来るなんて、心配するじゃないですか」


 気が付けば、私の部屋のベッドに腰かけて、膝を抱えていました。寝間着のまま。今日は、ブラッドさんとミオちゃんの所に泊まると言っていたのに、何故深夜に私の部屋に居るのでしょうか? 


 そして、いつも明るいハルカが、虚ろな目をしていました。


「この世界に、私の居場所なんて、ないんだ……。広い、広いこの異世界で、私は一人ぼっちなんだ。イヤだ、こんな場所に居たくない。日本に、帰りたい。助けて、誰か助けて……、父さん、母さん……」

 最後に、誰か男性の名を呟いた気がしましたが、上手く聞き取れませんでした。


「何で? 頑張っているのに。独りぼっちで、頑張っているのに、何で、居場所を奪われないといけないの? イヤだ、一人は嫌だ。帰りたい。帰りたい……」


 何故、一人ぼっちだ、と言ったハルカが私の部屋で(おそらく無意識でしょうが)、震えているのかは分からないですが、きっと、私の事を頼ってくれたのでしょう。いつだったか、「アリスとは、いい友達になれそうな気がするよ」、そう言って微笑んでいたハルカの笑顔が、胸によみがえりました。

 気が付けば、私はハルカを抱きしめていました。優しく、出来るだけ優しく。


「私がいますよ、私は、ハルカの傍にいます。安心してください」


 少しずつ、震えが小さくなっていきました。そして、安心したのでしょうか、寝息が聞こえてきました。小さな、小さな、今にも消えてしまいそうな寝息が。

 私に抱きついて眠るハルカを見て、明日――もう、今日ですね――は仕事をお休みしないといけないようです、と感じてしまいました。

 ハルカがこうなった原因を探らないといけません。ですが、今日はお休みです。

 明日には、ほんの少しだけ明るいハルカに会える事を祈って。





――――※※※※――――




「断る」


 ディートハルトのくだした決断は、簡潔明瞭なモノだった。


「仲間を、部下を使い捨てにするような人間にはなりたくない。消え失せろ、俺の目の前から」


 静かな怒りが、普段の彼からは考えられない程溢れ出していた。


「……後悔いたしますぞ? 我らを敵にまわす事を」


 どうやら、帝国も一枚岩ではないようだ。共通の敵である魔王がいなくなった今、帝国内の権力争いも過熱するのかもしれない。

 それでも、私たちは帝都に帰るしかない。勇者一行として、魔王を倒し、世界に平和をもたらした英雄として。




 あの時言えなかった、言わずに我慢した思いを告げる為にも。


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