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第6話

「どうしてこうなった?」


 こう叫んでしまった私は、きっと悪くない。明け方近くまでアリスと素晴らしい一夜を過ごしていたせいか、寝不足であった。だって、いいじゃないか。ティンダロス帝国帝都まで馬車に揺られるだけだと思ったのだから。そう、馬車の中で眠ってさえいればいいと思っていたのだ。だからこそ、アリスと色んな事をして過ごしたのだ。

 なのに……。

 国境付近で襲いかかって来る盗賊たち。どうも、勇者一行を倒して名をあげたいらしい。勘弁してよ。こっちは、魔王退治して帰る途中なんだよ? 英雄様の帰還前なんだよ?

 だけど、盗賊さんは私の心の声を無視して、雲霞の如く襲いかかって来る。突き出された槍を首を傾ける事でかわす。そして、最大限に伸ばされたところで、左手で槍を掴み引き寄せる。バランスを崩して突っ込んでくる盗賊Aにカウンター気味の右ストレート。歯と鼻血を撒き散らしながら消し飛ぶ矢車……じゃなかった、吹き飛ぶ盗賊A。


「ここにいるお方をどなたと心得る? 畏れ多くもティンダロス帝国第一皇子ディートハルト殿下であらせられるぞ!!」


 とりあえず、自分を前面に出したくなかったので、ディートハルトの名を告げてみた。ティンダロス帝国の威光は、他国でも輝くのだろうか?


「野郎どもには興味ねえ!! 殺しちまえ!! 女二人は、俺達で可愛がってやるぜえ」


「俺は金髪のメイドをヤリてえぜえ!!」


「黒髪の方が、俺の好みだぜえ。楽しんだ後は、売り払ってやるぜえ。中古品でも、上玉だからな、高く売れるぜえ!!」


 ぜえぜえ五月蝿いよ!! ったく、テンプレな返答しやがって。あと、アリスは私のだから。渡さないからな。


「お、おで、ご、ごはん、たべたいんだな……」


 お前は泥でも食ってろ!!


「殿下の戦うお姿、是非見せてください」


「任せろ、アリスは俺が守ってみせる。危ないから、後ろに控えていろ」


 おい、そこでナチュラルにラブコメっているんじゃない。私も守れよ。イケメンの癖に、守る女は区別するのか。畜生、やはりイケメンは敵だ。

 ああ、聖剣はそう言えば魔王城に残してきてしまった。ジェイクの亡骸を背負う方が、私にとっては大事な事だったのだから、仕方ないな。もしかしたら仲間の誰かが回収してくれたかもしれないが、現在手元にはない。

 盗賊団とは言え、無駄に統率がされている。盗賊に偽装した騎士たちかもしれないな。私やディートハルトを魔王が滅んだ今――早馬を出しているので、少なくともティンダロス帝国上層部は知っている筈だ――、亡き者にしようとしている連中がいてもおかしくはないけどな。

 突っ込んでくる盗賊Bの膝に、蹴りをぶち込み、膝関節を破壊した後、顎へ膝蹴りを見舞ってやる。剣や槍を私に突き出して何人も殺到してきたので、何の躊躇いもなく私は盗賊Bの体を盾にする事で自分の身を守る。もう少し手を離すのが遅かったら、盗賊Bの体を突き破ってきた槍が私の手を一緒に突き破っていたかもしれない。

 その槍を奪いとり、投擲する。おお、勇者補正の素晴らしさよ。盗賊Cの体を貫通した槍は、ついでにDとEにも突き刺さり、数メートル吹き飛ばして、近くの木に突き刺さった。三人仲良く串刺しとは、アレだな。串刺し三兄弟ってヤツだ。……団子が、食べたくなってきちゃったじゃないか。ああ、団子三兄弟。

 そんな私の馬鹿げた思いとは裏腹に、この場は血と臓物が飛び散る戦場と化していた。

 こんな所で死んだりだとか、盗賊の慰み者になるなんて、そんな事出来やしない。私には、帰りを待ってくれている人がいるのだから。

 さあ、かかってくるがいい。私が勇者であるという事を、そして格闘技漫画の大ファンだという事を見せつけてやろうじゃないか。聖剣などなくとも、盗賊如きに遅れをとる私ではない!! そう、あえて言うなら、ここからは、ずっと私のターンだ!!






――――※※※※――――




 夜が明ける前に、ようやく眠りにつく事が出来た。……いつ手を出されるかと、ずっと身構えていたけど、少し話をしただけだった。ブラッドさんも日付が変わる前には、もう寝息を立てていた。

 もしかして、眼中にない……? これが、伝説のアウトオブ眼中と言うヤツか……!! 日本ではこれでも、同年代の中ではスタイルは悪くない方だったのに……。“剣道小町”だなんて言われていたのにッ。

 どうやら、私は少し混乱していたようだ。

 ブラッドさんも別に、ミオがいるいないに関わらず、手を出して来なかっただろうと思う。きっと、まだ亡くなった奥さんの事が忘れられないでいるのだろう。それに、彼は紳士だった。パン屋であっても、紳士だった。“変態と言う名の紳士”などではなかった。

 ……、まだ混乱しているようだ。

 朝になった。まったくと言って言い程眠れなかったのに、元気いっぱいなミオの声に起こされた。


「起きて、お姉ちゃん!! 朝だよ、凄いよ!!」


 朝の何が凄いのか、誰か私に説明してください。私には、何が何だか分かりません。

 ミオに手をひかれて歩いていくと、食卓の前で呆然としているブラッドさんを見つけた。


「おはようございます」


 寝ぼけ眼のまま、挨拶。きっと、私の目は充血していたに違いない。夜更かしは、お肌の天敵だ。今までこんな事を考えた事がなかったのに、急にこんな事を考え出したのも、ブラッドさんが私のストライクゾーンに入っているからだろう。……ギリギリだけどね、ギリギリ。


「おう、おはよう、ハルカ」


「はるか……?」


 ミオが首を傾げていた。当然か。私はまだ、ミオには名前を教えていなかったからね。


「私。私の名前、まだミオには教えてなかったね。ゴメン。ハルカだよ」


 そう言えばブラッドさんには昨日、(ブラッドさんが)眠りにつく前、名前は教えていたんだった。名前で呼ばれてもおかしくはないか。でも、ファーストネームでいきなり男の人から呼ばれると、ドキッとするよね。近頃私を名前で呼ぶ人は、家族と従兄殿を除けば、ほとんど女の子しかいなかったから。


「お。おはようございましゅ……」


 動揺した為、噛んじゃった……。うわあ、恥ずかしい。今の私は顔が赤くなっているに違いないよ……。どうしよう、動揺。


「……顔を洗ってこい」


 笑いをかみ殺しているよ、ブラッドさんが……。泣いても、よかですか?




 洗面所で顔を洗い終わって、再度食卓に顔を出した私を出迎えたのは、ブラッドさん、ミオ、アリスの三人。私は空いていた席(ブラッドさんの隣だ)に座り、朝食を開始した。


「「「いただきます」」」


 私とミオ、アリスの三人の声が重なった。それを、苦笑しながら見つめているブラッドさん。


「なんだか、今日は朝から豪勢ですね」


 王宮で見るような、高級な食材が使われていると分かるスープやパン、サラダが並んでいる。おお、目玉焼きもあるじゃないか。……目玉焼きは醤油派なんだけど、ティンダロス帝国では醤油はほとんど出回っていないらしい。大和国という、物凄い東方にある島国にその名の調味料があるトカないトカ。


「それは、今日の朝食を用意したのが私だからです。朝帰りの誰かさんの為に、頑張ったのですよ」


「そうなんだ。あ、ソース頂戴。醤油がないなら、ソースで目玉焼きを食べるしかないよね。……って、アレ? なんでアリスがいるの?」


 ……今頃になってですか、みたいな深い溜息つかないでよ。ナチュラルに会話かわしていたのに、何で疑問に思わなかったのだろう?


「迎えに来たのですよ。まあ、ハルカが一晩お世話になったようですからね。朝食くらい作らせて頂こうと思ったのですよ」


 パン屋にメイド……、似合うような、似合わないような。


「まったく、ハルカときたら、昨日帰って来なかった為、王宮では大騒ぎになりましたよ。あ、ミオ、頬にソースがついてますよ。……、綺麗になりました」


「ありがとう、アリスお姉ちゃん!!」


 ……おお、あのアリスが赤面している。いいモノ見る事が出来たな。

 でもいいな、こういうの。こっちの世界に来てからというもの、王宮暮らしでちょっと窮屈過ぎたのかもしれないな。


「……おい、何泣いているんだ? ハルカ、大丈夫か?」


 ブラッドさんに指摘されて、自分が涙を流していた事にようやく気付いた。

 日本には、帰る方法がないらしい。少なくとも教えてもらっていない。ああ、ここには、私が日本で当たり前に感じていた一家団欒があったのだ。だから、つい涙を流してしまったんだ……。




「また、遊ぼうね!!」


 私は、ブラッドさんと手を繋いで見送ってくれたミオに、声をかけてから歩き出した。一歩後ろにアリスがついて来る。


「あーあ、また、色々雁字搦めな王宮暮らしかあ……」


 快適だけども息がつまるんだよなあ、あそこでの暮らしは。やはり、私は庶民なのだ。


「いい息抜きになったのではないですか。さあ、これからも勇者としての訓練が待っていますよ」


 二人っきりの時にはハルカと呼んでくれるようになったくらい、仲良くなったとは思ったけれど、やっぱりアリスはスパルタだ……。

 



 昨夜のうちに、バルシュミーデ公爵家に色々な事が起こったらしく、今後、クレメンス家にはいっさい関与しない事を約束させられたらしい。

 うん、これで安心してミオに会いに行けるよ。妹が出来たみたいで、嬉しいなあ。






――――※※※※――――




 そうだ。ミオとも旅に出る前に、約束したんだ。必ず帰って来るって。だから、私はこんな所で死んだりなんか出来ない……!!

 帝都に無事帰ったら、私の気持ちを聞いて欲しい、そう、ブラッドさんにも伝えていたんだ。

 屍踏みしめ、歩くは無限の荒野。

 あの時の約束を、死亡フラグになどさせてなるモノか……!!


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