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第5話

 びしょ濡れの私。

 そして、水をかけてしまった相手が全く見当違いの相手だと気付いたのだろう、ポカンとしている男。茶色がかった髪を短く刈り上げた、意思の強そうな目をしている。身長は、百七十センチ台後半といったところだろうか。見た目的には細マッチョと言うか、ワイルドっぽい感じがする。良い兄貴分みたいな感じが。年齢的には、三十を超えたくらいだろうか。……年齢的にはギリギリストライクゾーン……かな?


「パパ、ただいま!!」


 ……嬉しそうにパパに抱きついている銀髪の女の子。


「お、おお……、おかえり……」


 きっと、女の子を抱き上げたいのだろうが、片腕は未だバケツを握ったままだ。この世界でもバケツと呼ぶのか、知らないけど、バケツでいいよね。いちいち正式名称など聞いていられるモノか。

 どうでもいいけど、タオルか何か貸してくれませんか……?




 貸してもらえたのは、タオルではなく、お風呂だった。

 平民街でも、ある程度収入のある家庭ではお風呂があるのが帝都では一般的らしい。

 魔法石というモノを購入して、お風呂にセットする事で、一定時間経てばちょうどいい温度くらいになるらしい。らしいを連発しているのは、はっきり言ってそんな原理とかはどうでもいいからだ。

 軽く体を洗ってから(血を洗い流さないとね)、浴槽に浸かる。ああ、髪の毛にこびりついていなくて良かった。

 剣士ならばポニーテールだ、との従兄殿のアドバイスに従い、小学生で剣道を始めた頃から腰のあたりまで髪をのばしているので、手入れは大変だ。よくよく考えると、私のモノの考え方は、かなり従兄殿に毒されているな。

 お風呂場で一息ついてから、渡された服を着る。先刻、お風呂に入る前に、出たらコレを着ろ、脱いだのは洗っておいてやる、と言われながら渡されたモノだ。下着だけは渡さなかった。ブラッド・クレメンスと名乗った男を信用しなかったワケじゃない。帰るまでに乾くとは思えないからな。

 ちなみに、服屋で買った服は、例のイケメン執事をボコった後に、その場に放置してしまった。アリスが気付いて回収してくれてればいいんだけど……。

 お風呂場からあがった後、食卓へと連れて行かれた。

 パンやサラダ、スープなどが並んでいる。おお、庶民的な食事だ。ここ暫く王宮の高級な食事に慣れてしまった分、新鮮だ。そして、私ははっきり言って庶民だ。王侯貴族の暮らしなど、性に合わない。こういうシンプルな食事の方が気が楽でいい。


「お姉ちゃん、ホラ、座って座って」


 ミオ(ようやく名前を聞けた)が椅子をひいてくれる。お礼を言いながら私は椅子に腰をおろす。

 私の右隣りにミオ、正面にブラッドさんが座り、食事を始める。


「頂きます」


 この世界の食事時のルールなど知らない。この言葉を発した私に、ミオが興味深そうに聞いてきた。


「どーいう意味?」


「えーっとね……」


 うろ覚えだけど、どうにか説明する。確か、料理を作ってくれた人たち(料理人や農家の方など)への感謝の意味と、食材への感謝(あなた達の命をいただきます)という意味があるんだったかな。ネット小説ではよく出てくるくだりだ。ちなみに、色んなネット辞典で調べたので、正解か不正解かは私にははっきりしない。


「食べ始める前に言う言葉なの?」


「そうだよ。食べ終わった時には、ご馳走様って言うんだ。これはね、美味しい食事を作る為に、食べてもらう為に色々駆け回って食材を集めた事が言葉の由来らしいんだ」


 正確な意味はうろ覚えだけど、確かお昼のワイドショーか何かでやっていた。こういう雑学は覚えておくといい事もあるんだ。……学校のテストの成績に何一つ繋がらなかったけど、ね……。


「お姉ちゃん、物知りだね!!」


 嬉しそうなミオの声に、つい、頬を掻いてしまう。私は、別に物知りじゃないんだよね。結構、従兄殿の受け売りが強い。まあ、あの人も上辺の知識ばっかりだったけど。

 やがて、食事が終わった。今は三人でまったりしている。


「なあ、ミオを連れて来てくれた事には感謝する。だが、お前さん何モノだ?」


 鋭い目つきで私を睨んでくるブラッドさん。嘘を答えるわけにはいかないだろう。一宿一飯ならぬ、一風呂一飯の恩があるからね。……語呂が悪いな。


「勇者ですけど」


 ……溜息つかれた。嘘じゃないのに、嘘じゃないのにッ!! 大事な事だから二回思いました。大事な事だから二回思いました。……何で二回思うねん。何で二回思うねん……。セルフボケツッコミ、虚しい。


「冗談はよしてくれ」


 色々と疲れているのかもしれない。けど、私としても不本意ながら勇者をやっているのです。まだ、旅にすら出ていないけど。

 少なくとも、ブラッドさんは口は堅そうだ。ある程度話しても、大丈夫だろう。


「ホントですよ。少し前に召喚されてこの世界にきました。日本と言う国に聞き覚えは?」


 首を横に振るブラッドさん。ついでに膝の上に抱いたミオにも聞いてみるけど、可愛く首を傾げられただけだった。……可愛いね。お持ち帰りしたい。


「魔王退治が私の役割らしいですよ。まあ、魔王が何処にいるのか聞かされていないし、まだ修行途中ですからね。先ほど、魔王の手下のナントカ公爵家のイケメンをぶちのめしてきたところです」


 ま、あのイケメンはいかにも変態っぽかったから、魔王の手下で十分だろう。


「お姉ちゃん、凄くかっこよかったんだから!!」


 こうして、こう、ざこをぶんなぐったんだよ……、と可愛らしい説明をしながら腕を振る。

 ……お願いですから溜息つかないでください。




 どうしてこうなった!?

 今、私はベッドに川の字で寝ている状態だ。私、ミオ、ブラッドさんの順番。壁際のポジションじゃなくてよかった。何で出会った日にベッドイン果たさないといけないのだろうか。まあ、世の中には、出会って四秒で合体する人たちもいるらしいから、おかしくはないのかもしれない。ちなみに、出会って四秒で合体云々は、従兄殿のアパートにあったアダルトビデオのタイトルにそう書いてあった気がする。……見てはいないけどね。


「エヘヘへ……」


 凄く嬉しそうなミオの声。やがて、疲れたのだろうか、可愛い寝息が聞こえてきた。


「悪いな、ミオの我儘に付き合ってもらってよ」


 ミオの向こう側から、ブラッドさんの苦笑が聞こえてきた。


「構いませんよ。……不躾な事を聞きますが、奥さんは?」


 奥さんがいるのに、こういう真似はよろしくないと思う。修羅場を経験したいとは思わない。


「いねえよ。……長い長い、旅に出ちまった」


 その哀愁漂う声に、つい場を盛り上げようと思ってしまった。ここら辺はお笑い好きでもある従兄殿の悪影響だな。うん、全部あの従兄殿が悪い。私は悪くない。


「奥さん、ブラッドさんに愛想つかして出ていったんですね」


 返事は、頭への拳骨一発だった。……結構痛かった。


「死んじまったんだよ。元々体弱かったんだけどな。ミオを生んで暫く経った後、な。だから、ミオは母親の顔を知らねえ。絵は残っているけどな」


 愛おしそうにミオの髪を撫でるブラッドさん。


「もしかして、ミオの母親は、ナントカ公爵家の……?」


「ああ、前公爵の娘だ。前公爵はそれはもう、出来た人でな。娘が一人、息子が三人もいたし、アイツは体が弱かった事もあってな。俺みたいな平民との結婚も許してくれたんだ」


 それ以来、沈黙が続く。ただ、ミオの寝息だけが部屋に響く。

 うーん、いつまでもこうしているのはちょっと……。

 流石に、こうして同じベッドにいると、意識しちゃうよ。ベッドから抜け出そう。そして、アリスに言われた通り、王宮に帰ろう。

 そう思って、ベッドから抜け出そうとしたけど、ミオが私の腕にしがみついていた。


「ママ……」


 寝言。でも、何故だかその一言でベッドから抜け出す事が出来なくなってしまった。

 長い夜は、続く。

 …………眠れないんですけど。結構緊張しているんですけど。

 だいたい、同じベッドにストライクゾーンギリギリの男性が寝ているんだから、気になるのは当然だよね。眠れなかったとしても、おかしくはないよね。だって、まだ私はそういう経験がないんだから……。

 朝方まで、私の目は冴えていた。






――――※※※※――――




 ずいぶんと長い夢を見ていたようだ。だいぶ、昔の。

 目の前にはアリスの顔があった。アリスも、私を見つめていた。距離が近い。


「また、貴女は……。何故、自分のベッドで寝ないのですか?」


 呆れたような溜息。ああ、そうか、いつの間にか宿屋に着き、今日の旅は終わっていたんだった。明日からまた、帝都へ向けての旅が始まる。一人でさっさと帰りたいと思っているのは、秘密だ。


「一人じゃ寂しいからね」


 ああ、ミオを抱き枕にしたい。ふふ、アリスでもいいよ、もちろん。


「ディートハルト殿下のベッドに潜り込んだらどうです?」


「イケメンには興味ないんだよね」


 だいたい、私がディートハルトをからかったりしている時に、殺気を放ってくる癖に……。


「イケメンより、美少女が好きです」


 旅の間に、何度味わったか分からないけど、私はアリスの唇にキスをした。柔らかくて、いいねえ。乙女ゲームには興味を示さなかった頃、エロゲーに惹かれたのは、きっと私が女の子好きの気があったからだろう。……男より女の子にモテたと言うのもあったかもしれない。


「さあ、長い夜を楽しもうじゃないか」


 もう、我慢しなくていいよね……? 返事を待たずに、私はアリスに覆いかぶさった。どうせ、明日も馬車に揺られるだけだ。朝、少しくらい疲れていてもかまわないだろう。それより、欲望を満たす事に、忠実になろう。




「アリスと、合体したい」


「ちょっと、どこ触っているんですか。だいたい、そのセリフ何度目ですか……!!」


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