第4話
私の後ろに隠れた女の子を追いかけてきたのだろう、身なりのいい男たちが五人、私の前に立った。
「すまないが、そこの女の子を渡してもらえないだろうか?」
先頭に立つ男は、金髪で背の高い、青い目をした執事服を着ていたイケメンであった。乙女ゲームのパッケージに描かれてそうなキャラだ。俺様系とかいうヤツだろう。……まあ、イケメンなだけで私の敵認定である。そして、なかなかに隙がなかった。残りの男たちは、先程私をどうにかしようとしたチンピラとは違い、それなりの身なりをしていたが、まあ、チンピラに毛が生えた程度の存在だろう。
私のズボンの裾をギュッと握る銀髪で蒼い目をした女の子が、不安そうな目で私を見上げてくる。……なんて、純粋無垢な目をしているんだ。私はもう、そんな純粋無垢な目をしていた頃には戻れない。
「断る」
答えはシンプルに。そう、シンプル・イズ・ベスト。難しい事を考えられないだけとも言うけどね。
「……私たちはバルシュミーデ公爵家の者だ。お嬢様を家に連れ戻そうとしているだけなのだ。悪いが、お嬢様を私達に渡して欲しいのだが……」
執事服のイケメンは、私と事を構える気がないらしい。公爵家の威光が通じればそれでいいと思ったのかもしれない。まあ、たぶん、天下の往来で事を大きくするつもりはないのだろう。
「だが断る」
……ゴメン、つい、言っちゃった。てへぺろ。…………キモい、マジキモい。自分のキャラに合わない事をするモノじゃないな。
「この帝都で、バルシュミーデ公爵家を敵にまわすつもりかな、黒髪の御嬢さん?」
自分の実力に絶対の自信を持っているのだろう。そして、バルシュミーデ公爵家は、この帝都で、いや、帝国でよほどの権力を握っているのだろう。だが、残念な事に、そのどちらも私には意味をなさなかった。
「公爵家になど、興味ないね」
私のその一言が、男たちの闘志か何かに火を点けたのだろう。
「舐めるなよ、小娘」
「小娘一人死んだところで、公爵家の力をもってすればなかった事に出来るのだぞ?」
「お嬢様さえ公爵様の元へ連れていけばいいんだ。あんたは俺たちでイイところへ連れて行ってやるぜぇ?」
下卑た笑い声が響く。やれやれ、どいつもこいつも似たような事ばかり言うな。
しかし、帝都の大通りで騒ぎを起こしていると言うのに、警吏担当みたいな連中も出て来なければ、誰も止めに入ろうともしないな。恐るべし、バルス公爵家……、あれ、何か違う気がするな。バルスってなんだっけ。ああ、そうだ、滅びの呪文だ。
だが、空気を一変させた男がいた。執事服の男だ。イケメンなだけあって、チンピラに毛が生えた程度の連中とは、格が違うな。
「バルシュミーデ公爵家の威光に泥を塗るつもりか、貴様ら。……どうしても、お嬢様を渡さないつもりか? 痛い目を見てもらう事になるかもしれないが、いいかな?」
どうやらこのイケメン、好戦的みたいです。ついでに言えば、眼がサディストっぽい感じがする。
「調教が必要なようだな」
うわあ、ナイフを舌でベロリと舐めている姿を幻視しちゃったよ。しかも、調教とか言っちゃってるよ。えげつない、さすがイケメン、えげつない。
「ねえ、あの人たちと一緒に行く?」
とりあえず、女の子の意見を聞いてみる。本人の意見を聞いてみない事には、どうしようもないからね。
「行かない。お父さんの所に帰る!!」
「……お嬢様はこう言っているけど?」
「そのお父さんとは話をつけたんだよ。お嬢様は公爵家に連れて帰る。あんたは、そうだな、調教部屋にでも連れて行ってやろう。公爵家には逆らってはいけないという、常識を教えてやらないといけないようだからな」
うわあ、このイケメン、絶対にエロいよ。そして、鬼畜だよ。鬼畜系エロゲの主人公になれるよ。
男たちがジリジリと私との距離を詰めてきた。
「公爵家に逆らう愚かさを体に教え込んでやるぜ!!」
ヒャッハー、なんて叫びながら一人目が私に手を伸ばしてきた。既に女の子にズボンから手を離してもらっていた私は、迎撃態勢に入っていた。一歩踏み出し、私の間合いに入ってきたのを確認した瞬間、放たれる私の右ストレート。カウンターで一人目の顎先を撃ちぬき、ぐらついた顎を今度は左のハイキックで逆方向に蹴り上げる。それだけで意識を飛ばしてやるのには十分だったけど、まだだ、まだ終わらんよ。回転を止めずに、男の顎へと追撃の右裏拳一閃。この間、僅か二秒。恐るべきは、勇者補正。
顎の骨が壊れる――あえて、こう表現しようじゃないか――音を響かせながら、地面にキスをする男には目もくれず、私は二人目の男を迎え撃った。
まあ、残りの男たちを倒す場面は、描写する必要など認めない。しょせんチンピラに毛が生えた程度の連中だ。勇者補正を手に入れた私には、単なる雑魚でしかなかった。
「き、貴様、いったい、何モノだ……?」
イケメンは恐怖に顔を歪ませていた。自分自身がある程度の実力者である為、圧倒的な実力差というモノを嫌でも理解させられたのだろう。
「く、来るな……。来ないでくれ……ッ!!」
怯えられるなど、心外だな。周りでは残りのチンピラどもがうめき声や叫び声をあげている。
「今まで、バルス公爵家とやらの権威を借りて好き放題してきたんだろう? 罰が当たったと思って諦めるんだね」
私は、あえて少しずつ距離を詰めてやる。イケメンよ、君には、肉体的なダメージだけを与えるだけで許してあげるなんて事は、しないよ。
「ゆ、許してくれ……ッ。俺が悪かったッ!!」
イケメンは逃げようとしたが、仲間の体に足をとられ、後ろ向きに倒れた。私はその体に馬乗りになり、逃げられないようにする。そう、マウントポジション。近代の格闘技では、この体勢に入られたら逃げる事が出来ないと言われているほどだ。もっとも、私は格闘技漫画のファンであってリアルの格闘技は知らないから、今でもマウントポジションが最強かどうかは知らないけどね。
「あ、悪魔……」
おいおい、花も恥じらう女子高生を悪魔扱いなどと、許せるモノじゃないな。殴ってやろう。
「や、やめ、ゆる、し、て……」
「いいや、許さないね」
今の私は、それはもう、とてもとても素晴らしい笑顔を見せているに違いない。振り下ろされる拳は、きっと赤く染まっていただろう。
タップ(ギブアップ)しろなどと、私は言わないよ。
「君が、イケメンじゃ、なくなるまで、殴るのを、やめないッ!!」
振り下ろされるは拳の雨。そして、拳からは血の雨。ああ、帝都の空は晴れ渡っているのに、局地的な雨、やみそうもない。
「ダメです、それ以上殴ったら殺してしまいますよ」
気が付いた時には私は、アリスによって元イケメンの体から引き剥がされていた。元イケメンの顔は、血で赤く染まっていた。顔の形容は……うん、遠慮させてもらおう。とりあえず言える事は、イケメンとは程遠いという事だけだ。
恐るべきは勇者補正だろうか。あれだけ殴ったのに、私の拳は、怪我一つしていなかった。
「……何故我を忘れる程殴り続けたんですか?」
「……イケメンは、私の敵だから」
ため息をつかれた。ため息をついた分だけ、幸せが逃げていくとかいう都市伝説を知らないのだろうか。
「まあいいです。後始末は私がやっておきます。バルシュミーデ公爵家には黒い噂もありましたからね。いいきっかけになりましたよ」
アリスの黒い笑みは、いったい何を意味するのだろうか。知りたくはないな。
それからだいぶ経ってから警吏担当の人間がやって来た。いくらなんでも来るのが遅すぎないか? 職務怠慢だな。
私は後で王宮に戻る事を条件に、後は自由にしていいとアリスに言われていた。
でも、やる事がないな。
これだけ大暴れしていたので、ここに居辛いよ……。周りからは、キツイ視線を感じる。
トボトボと歩いていたら、ズボンを引っ張られる感覚。
目を向けると、銀髪の女の子が微笑んでいた。
「……怖くないの、私が?」
こんな可愛い子に怖がられたくはないんだけどね……。
「さっきまでのお姉ちゃんは、怖い」
うぐ……。
「でも、今のお姉ちゃんは、怖くないよ」
「え……」
「寂しそうだもん。捨てられた子犬みたいな目をしてるよ」
寂しい……、そうだね、日本に帰れないのは、寂しいし、両親や友達に会えないのも、寂しいよ。けど、捨てられた子犬か。そう見えちゃうのかな。
少し、安心してしまったのか、お腹が鳴った。は、恥ずかしい……。
「ねえ、私の家に行こうよ。着替えもした方がいいし、美味しいパンもあるよ」
私はその時になってようやく、自分が血塗れだという事に気付いた。これは、確かに着替えた方がいいな。
手を繋いで銀髪の女の子に連れられて行った先は、パン屋だった。
……美味しそうな匂いはほとんどしなかった。
扉を開いて店内に入った瞬間、私は水をぶちまけられた。おお、水も滴るいい女がここに誕生したよ。
「てめえら、二度と来るんじゃねえって言っただろうが!!」
……初めて来たんですけど、私。どうしてこうなった?
「パパ、違うよ。このお姉ちゃんが私を助けてくれたの!!」
銀髪の女の子は、私に水をぶちまけた男に抱きついた。
パパと呼ばれた男は、女の子と私を交互に見ながら、戸惑っていたようだった。
この日が、私とブラッド・クレメンスと、その娘ミオとの出会いの日だった。