第1話
「パレード?」
聞き返した私は、きっと悪くない筈だ。
「ええ、帝都に辿り着いたら、パレードだそうですよ」
馬車内で隣に座っている旅の仲間でもあるアリスから、いきなりそう言われた。今は魔王城から帝都へと戻る馬車の中である。随行する兵士たちもいるが、彼らは馬に騎乗し、帝都を目指している。いくつかの国を経て、結構な数に膨れ上がったけど、これまた旅を経て結構な数を減らしていた。途中で母国に帰る者もいたし、命を落とした者もいたから、当然と言えた。
「イヤだ」
「理由は?」
「メンドクサイから」
横から聞こえてくるのはため息。だって、仕方ないじゃないか。そんなめんどくさい事、したくなくて当然だろう? きっと、露出多めのドレスみたいなの着せられて帝都の街を馬か何かに乗って練り歩くのだろう? ……馬に乗っているのに、練り歩くとはおかしな表現だな。きっと、私が色々間違えているのだろう。私は、理数系が嫌いで文系の道に進んだだけだからな。国語や英語は得意と言うワケじゃない。もちろん、歴史とかも苦手だ。勉強全般が苦手とも言うけれどね。
「甲冑姿でいいのでは?」
「イヤだね、だってボロボロだもん」
ボロボロの甲冑姿で凱旋だなんて御免だね。私としても出来れば、最低限着飾りたいもんね。
「ドレスは嫌なのでしょう?」
「……この世界のドレスは、胸元が大きく開きすぎてるんだよ。イヤだよ、何か視線が集中し過ぎているもんね、男連中の」
勇者として帝国を、帝都を出発する前に何度パーティーに出席させられたか。その度に胸元の大きく開いたドレスを着せられてさ。ロコツすぎるんだよね、男どもの視線がさ。馬車内の残り二人が顔をサッとそらした。思い当たる節があるのだろうな。まあ、こいつらの視線も確かに胸に集中していたけどね。他にも「帰ってきたら息子の嫁に」とか、「私の愛人にならんかね」とか、誘われたりしたけど、そういったのには興味ないもんね。
「あんなに太ももは見せつけるくせに」
アリスのその言葉を聞いた瞬間、私は口に含んでいた紅茶を噴き出してしまった。盛大に。対面に座っていたディートハルト(イケメン皇子だ)がしかめっ面になった。まあ、紅茶を顔面にひっかけられたら普通そうなるよね。
「違うから、アレは制服だから。別に私の趣味で見せつけているワケじゃないんだから!!」
仕方ないよね。この世界に初めて来た時、私は花も恥じらう女子高生だったんだから。ちなみに、制服着用だった。スカート短いのは、私のせいじゃないよ。一人だけ長くするワケにはいかなかったんだから。流行に疎いと言われた、いや、言われまくった私でも、ある程度は周りに合わせていたんだよ。
「それを言うなら、アリスだっていつもメイド服じゃない。魔王と戦っている時もメイド服だったじゃないさ!!」
メイド服で魔王退治なんて、それなんてエロゲ? なんて言われてもまったくおかしくない。エロゲのファンタジーRPGなら、最後までビキニ鎧でも何一つおかしくない。……防御力とか、どうなってるんだろうね。きっと、気にしたら負けというやつなんだろう。年の近い従兄がギャルゲやエロゲやらやりまくっていたんで、私もその影響を受けたモノだよ。……ああ、十八歳未満だと言うのに十八禁ゲームをやっている時の背徳感と言ったら、たまらなかったなあ……。
「メイドですから」
いつも、この言葉で終わりだ。旅を通して親友と言ってもいいくらいの間柄になったとは思うのだけど、何かあったらこの言葉ですべて終わらせようとしているとしか思えない。
「ま、私はパレードなんて出ないからね!!」
何で私が頑張ってパレードなんて出ないといけないんだ? 誰が出てやるモノか。何言っているんですか、貴女が主役でしょう? みたいな目で見ないで貰えませんか、アリスさん。
「アリスが変装して出ればいいじゃない」
我ながら名案、と思い手をポン、と叩きながら一言。おお、きっと漫画にしたら今の私の頭上には豆電球が浮かんでいるに違いない。擬音で表すなら、ピコーン、だ。
「黒髪の乙女を、私に演じろとでも? 無理ですね」
“黒髪の乙女”なんて言われるの、凄く恥ずかしいんだけど。まあ、確かに私はこの国、ううん、この世界では珍しい黒髪だけど。でもって、アリスは金髪だし、眼の色も私は日本人らしく黒で、アリスは青。カラーコンタクトなんてないから仕方ないか。ウィッグみたいなのはあるのにね。
「なあ、いい加減紅茶をかけられた俺に謝って欲しいのだが……」
「黙れイケメン」
対面に座るディートハルトをその一言で黙らせる。その隣に座るもう一人のパーティーメンバーが腹を抱えて笑っているが、そんな事は気にもしない。
「もう、二年以上経つのか……」
結局、二年以上経っても元の世界――日本――に戻る方法は見つからなかった。この世界で生きていくしかないのだろうか。私は、この世界に残るべき何かを見つけられただろうか。
目を閉じて、思い出す。初めてこの世界に来た時の事を。召喚された時の事を。そして、この二年と少しの事を。こうして物思いにふける事が出来るのは、魔王を退治する事が出来たからだろう。
思い出すのは、そう、あの日の事――。
「なあ、謝れって」
「黙れイケメン」
お前は回想シーンに移るのですら、邪魔をするのか――。
―――※※※※――――
高校二年生だったあの日。あの夏。剣道個人戦でインターハイ出場を決めていた私は、浮かれ半分、憂鬱半分だった。本当は団体戦でもインターハイ出場を決めたかったのだが、団体戦には出場できなかったからだ。個人戦も、優勝ではなく、準優勝どまりだったけど。
仕方ないと言えば、仕方ないと言えた。決勝戦は“氷の剣士”とまるで二つ名のようなモノがつけられた女性だった。ま、まあ、私も、一応は“剣道小町”なんてあだ名つけられていたけど――でも、剣道していてちょっとばかり綺麗だったり可愛かったりすると、大抵そんなあだ名つけられるよね――、あっちは誰もが認める美少女だった。実力差も歴然としていた。……胸だけは、私が勝っていたと思いたい。高校一年からインターハイ二連覇の実績を持つ女性で、普段優勝を決めても、どんないい試合をしても笑うところを見せないと言われている女性で、それが“氷の剣士”の由来だ。もっとも、剣道以外では普通に笑う事の出来る女性だったけど。
県大会決勝で惨敗した(組み合わせが良かった。彼女と一回戦で当たっていたら、そこで惨敗だ)のだが、何とかインターハイ出場は決められた。
「インターハイの決勝でもう一度対戦する事が出来れば、嬉しいです」
そんな言葉を、私が勝手にライバルだと思っている女性からかけられた。
その言葉を受け、私は我武者羅になった。我武者羅に練習した。あの女性に少しでも近付く為に。認めてもらう為に。
疲れきった体を引きずり、下校時に友人と別れて自宅まで帰っている途中だった。
シャワー室で汗を流したけど、制服は汗臭くないだろうか、そんな事を考えながら歩いていたら、いきなり目の前が光りだした。
あまりの眩しさに目を閉じて、更に腕で目を覆っていたら、周りが急に騒がしくなった。
目を開けた私の視界に飛び込んできたのは、今までゲームやアニメの中でしか見た事が無いような、少なくとも日本ではありえないような広い部屋。
そして、見知らぬ服装をした男たちや、メイド服の少女――今思い返せば、この時がアリスとの初対面だ――、そして何処か儚げな少女だった。
「へ? 何処、ここ?」
間の抜けた言葉を発した私は、絶対悪くない筈だ。
「召喚に応じて頂き、感謝の言葉しかありません」
よく分からないが、目の前の儚げな少女は、日本語を喋っているようだった。
召喚? いったい、何を言っているのだろう、この子は。何処か、頭のネジが一、二本抜け落ちているのではないだろうか。
そんな失礼千万な事を考えていた私に、更なる爆弾が落とされた。
「魔王を倒し、世界を救ってください、勇者様――!!」
勇者様? 私が!?
このような状態で、私が出す言葉は、きっと、これしかなかったのだろう。今ならきっと、もっとマシな言葉を発する事が出来た筈だけど、当時の私はこれが精一杯だったのだ。たぶん、混乱していたのもあるのだと思う。
「な、なんだってーー!?」
うん、女の子として、驚いた時にこんなセリフしか出てこないのは、正直どうかと、当時も思ったモノだった。