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プロローグ

「師匠!!」


 自分の腕の中で、大魔道士の命が消えていくのを感じる。どうする? どうすればこの命を救う事が出来る?


「今こそ、今こそ魔王を倒すんじゃ……。ヤツの纏う結界は、先程の儂の魔法で、消し飛ばした。今なら、いいや、今しかない。今をおいて、魔王を倒す事は出来んじゃろう……。そして、魔王を倒す事は、聖剣を携えし勇者であるお主にしか出来ん事じゃ」


「だけど、このままじゃ師匠が……!!」


 今ならまだ、回復魔法を使えば命は助かるかもしれない。だけど、魔王を倒す為に攻撃をすれば、その間に師匠である大魔道士は命を落とすだろう。そして、大魔道士を助ける事が出来るのは、勇者である自分が使える回復魔法でしか出来ない事だろう。


「今、魔王を倒さねばまた、ヤツの体は障壁バリアーで囲まれてしまうじゃろう。そうすれば、ヤツを倒す事はもう、不可能かもしれん……」


 確かにそうだ、今まで魔王にはダメージをまともに与える事は出来なかった。

 パーティーメンバーの誰もが、ダメージを与えられていない。加えて、仲間たちは皆、疲労の影が濃い。


「でも、それじゃあ……」


「お前を信じてついてきた仲間たちを、見殺しにするつもりかの……?」


 旅も終わる。魔王を倒す事が出来れば、少なくともハッピーエンドだ、この場では。


「それに、儂は長く生き過ぎたよ。もう、お迎えが来てもいい頃じゃった」


「そんな……」


「それに、お主に魔法を教えたこの二年間、とても楽しかった。まるで、本当に孫が出来たみたいじゃった」


「師匠……」


「冥土の土産に、見せてくれんかな? 自慢の孫が、魔王を倒すところを」


 そうすれば、あの世で昔の戦友たちに自慢できるからのう……、そう言って笑う大魔道士。


「分かった……、そこで見ててよ、お爺ちゃん。自慢の孫娘が、魔王を倒すところを。目指すはハッピーエンドの物語だから」


 涙を拭いて、立ち上がる。そっと、今まで膝の上に抱いていた大魔道士の頭を地面に置きながら。


「だから、だからせめて私が魔王を倒すところまで、しっかり見ていてよね」


 駆け出す。まだ、魔王の攻撃を耐えている仲間の所まで。この、魔王退治の物語に幕を下ろす為に。世界に平和をもたらす為に。




 駆け出す勇者の背中を見て、安堵したのか、大魔道士は目蓋を閉じた。

 老兵の出番はもう、ないだろう。

 あの世に行く事があったら、そこで昔の戦友たちに会う事があったら、自慢しよう。儂の孫娘は魔王を倒し、世界を救ったのだ、と……。

 そこまで考え、勇者――彼にとっては孫娘――の背中を見て、ああ、いつの間にあそこまで頼りがいのある背中になったのか、と思いながら、意識を手放した。

 もう二度と、大魔道士の目が開く事もなく、その口が言葉を紡ぐ事もないだろう。




 魔王は少しばかり焦っていた。老いぼれの手により、己を纏う障壁が崩された。

 僅かとはいえ、自分の体にダメージを与えられる事も多くなった。

 が、どうでもよかった。もうすぐ、その障壁の再展開も完了するだろう。そうすれば、勇者であろうと、騎士であろうと自分の体に傷を付ける事など出来はしない。

 勇者など、老いぼれを膝に抱きあげ感傷に浸っている。人間とは愚かなモノだ。千載一遇の好機をわざわざ棒に振るとは。この障壁が展開されていない僅かな時間だけが魔王である私を倒す唯一の機会であるというのに。

 しかし、もういい。もう飽きた。五月蝿い小蝿どもが先程から己に攻撃を加えている。この程度のダメージがいくら積み重なっても、自分を倒す事は出来ないのだが、たかられ続けるのも面倒だ。

 障壁再展開完了までまだ時間がかかる。完了までに小蝿どもを殺そう。

 そう考え、頭上へと両手をあげる。そこへ、膨大な闇の魔力が集中して巨大な円が出来上がっていく。


「さあ、死を思え……。我が最大最凶の魔法で塵一つ残さず消し飛ばしてやろう」


 ニンゲンどもが身構えるが、大魔道士とやらが消えた今、お前たちを守るモノなどなにもない。


「『極大闇消滅魔法エンド・オブ・ワールド』」


 世界に、滅びの花束を。

 魔王の頭上から放たれた極大闇消滅魔法が、勇者と大魔道士を除いたこの場に居る人間たちの眼前へと迫る。さあ、死を覚悟せよ。そして、見せてくれ。絶望へと染まる貴様らニンゲンの顔を。

 だが、魔王は絶望へと染まるニンゲンの顔を見る事は出来なかった。

 極大闇消滅魔法を消し去るかのように光り輝く光球が、巨大な闇の球へとぶつかって来たのだ。

 そして、その光は闇の球を貫き、魔王の胸元まで迫った。

 衝撃を胸に感じたと思った魔王は、己の胸に突き刺さった聖剣を見つめた。


「バカな……、神でさえ私の体に傷を付ける事は簡単ではないと言うのに、たかがニンゲン如きが……ッ!?」


 魔王が見下ろす先、聖剣を魔王の胸元に突き刺した勇者は、叫ぶ。


「人間に、魔王や神を傷付ける事は出来ないかもしれない。確かに、人間は無力な存在だ!! だけど、そんな人間だって、神や魔王の域に辿り着く事だって出来るんだ。それは、“奇跡”だ。お前が侮った人間の絆が、“奇跡”を呼び起こしたんだッ!!」


 奇跡……だと? ニンゲンが神や魔王と等しい力を持つ事があり得るだと……ッ!?


「そんな事があってたまるかぁーッ!!」


 己の体が崩れ去っていくのを感じる。認めぬ、断じて認めぬッ!! この世界を闇の支配する楽園へと変えてみせるという我が野望が、このような所で終わるなど……ッ!?


「人間を侮った、お前の負けだ、魔王。光の中へ消えろ」






 呪詛をまき散らしながら、魔王は光の中へと消えていった。

 勇者は魔王が光の中へと消えていったのを確認した後、大魔道士の元へと急いで駆け寄った。

 が、もう、大魔道士の中には生命力を感じ取る事は出来なかった。


「し、しょう……?」


 大魔道士は確かに、自分の死を確信していただろう。

 仲間たちが二人の周りに集まったが、誰も勇者には声をかけられなかった。

 今まで一番頑張り、そして今、魔王の攻撃を一番受け、仲間たちをかばってきた勇者は、甲冑もボロボロで、衣服もところどころ破れて素肌が覗いてさえいたからだ。そんな勇者が、仲間の死を受け入れられるだろうか?


「ジェイク老を、運ぼう。こんな所に置いていくわけにはいかない」


 そう勇者に声をかけ、大魔道士ジェイクの亡骸を抱き上げたのは、勇者の仲間であり、ティンダロス帝国第一皇子のディートハルト・フォン・ティンダロスであった。


「いい、私が連れて行く」


 そう言って勇者はディートハルトから半ば強引に大魔道士の亡骸を奪うようにして、背負った。


「だって、ジェイクは私の師匠だから……」


 ディートハルトや他の仲間たちは、声をかけようとして躊躇った。

 勇者の目から、涙が溢れているのを見たからだ。


「私のお爺ちゃんなんだから……」


 そして、勇者は歩き出した。魔王城の外へと。光あふれる世界へと。仲間たちは、二人・・の後を追い、無言で歩き出したのだった。






 その日は、聖歴千七百十年十二月二十四日、人類を苦しめた魔王が滅んだ日として歴史に刻まれる事になった。

 大魔道士、ジェイク・スタンダールの命日でもあったが、彼の名前は歴史に刻まれる事はなかった。




 魔王という、人類共通の敵が滅び、世界に平和が訪れた。仮初めの平和が。

 魔王退治という、一つの冒険譚が終わりを告げた。

 そして、ここからもう一つの物語が始まる。

 それは、魔王退治のその後の物語。

 

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