1/13
プロローグ
月明かりだけが、赤く濡れた格子窓を照らしていた。
夜の花街は、人ならざるものを招く。
行き場をなくした者。
現世に疲れ果てた者。
忘れられぬ夢に、心を喰われた者。
──皆、この街へ辿り着く。
香が揺れる。
鈴が鳴る。
その最奥。
白い蝶に囲まれた女が、静かに微笑んだ。
「さあ、今宵はどなたがおいでなんし」
金の簪が、かすかな音を立てる。
女の名は、胡蝶。
花街一の花魁。
人の悪夢を視る者。
そして──
怪異にさえ、救いを与える女。
帳の奥で、
獣のような影が、ゆっくりと目を開く。
夢喰い獏。
それは人の苦しみを喰らう怪異。
けれど。
獏が喰えぬ夢も、この世には存在した。
胡蝶は、
誰にも見えぬように目を伏せる。
まるで、
自らの悪夢を隠すように。
そして、静かに囁いた。
「人は皆、夢から覚めるのが怖いのです」
夜は、まだ明けない。




