氷の悪役令嬢は婚約破棄を喜んで受け入れる~追放先の魔の森で推し(もふもふ魔獣)を愛でるのに忙しいので、復讐は勝手に自滅してください。え、呪われた公爵様? もふもふなら大歓迎です!~
「エセリア・ヴァン・ローゼンクロイツ! 貴様のような冷酷で傲慢な女との婚約は、今この場をもって破棄させてもらう!」
王宮のシャンデリアが眩しく輝く夜会の席。
王太子である殿下の甲高い声が響き渡ると同時に、私――エセリアの頭に『前世の記憶』が奔流のように流れ込んできた。
(あ、私、日本のブラック企業で過労死したOLだ。で、ここは生前プレイしていた乙女ゲームの世界で、私は悪役令嬢……なるほど、完全に理解したわ)
「聞いておるのかエセリア! 貴様は男爵令嬢のマリアを虐め、さらには王家の財産を私物化しようとした! その罪、万死に値するが、情けをかけ『魔の森』への永久追放としてやる!」
周囲の貴族たちがヒソヒソと私を嘲笑う。
常に無表情で『氷の令嬢』と恐れられていた私は、扇で口元を隠し、スッと目を細めた。
「……承知いたしました。殿下の温情に、心より感謝申し上げます」
「なっ……泣いて縋らないのか!?」
「ええ、全く。それでは私はこれにて失礼いたします。荷造りがありますので」
優雅にカーテシーを決め、私は夜会から退出した。
背後で王太子が何か喚いていたが、私の耳には全く入っていなかった。
なぜなら、私の心臓はかつてないほどの早鐘を打っていたからだ。
(魔の森! 魔の森と言えば、ゲーム内で最もレアな魔法生物やもふもふの魔獣が生息するパラダイス! 王妃教育という名のサービス残業から解放されて、一日中もふもふを愛でて暮らせるなんて、最高のご褒美じゃないの……っ!)
私は馬車に乗り込むなり、扇を握りしめて「よっしゃあああ!」とガッツポーズをした。クールな公爵令嬢の面影など、そこには欠片もなかった。
***
数日後。
鬱蒼と茂る『魔の森』の奥深く、朽ち果てた古い館の前に追放された私は、さっそく探検を開始した。
魔法の息づくこの異世界で、私の魔力量は歴代最高クラスらしい。襲ってくる低級の魔物など、指先一つの魔法で退けながら森を進む。
「ああ……空気が美味しい。それに、魔力の痕跡がたくさんあるわ」
ご機嫌で鼻歌を歌っていた私の足が、ふと止まった。
血の匂い。
茂みをかき分けると、そこには信じられないほど美しい生き物が倒れていた。
銀色に輝く毛並み。二メートルはあろうかという巨体。しかし、その体は禍々しい黒い茨のような『呪い』に縛られ、深い傷を負って息も絶え絶えだった。
「フェンリル……!? 嘘、絶滅したはずの神獣……っ!」
私は悲鳴のような歓声を上げ、猛ダッシュで銀狼のもとへスライディングした。
警戒した銀狼が「グルル……」と喉を鳴らして牙を剥く。だが、私は構わずその分厚い前足に抱きついた。
「ああああ! 最高! 何この毛並み、最高級のシルクみたい! 肉球の弾力、素晴らしいわ! くんくん、血の匂いに混じるこのお日様のような香り……っ、尊い……!」
『な、なんなのだ貴様は……狂っているのか……!?』
「あ、喋った! 声まで低音イケボイスなんて完璧ね! 待ってて、今すぐ楽にしてあげるから!」
ドン引きしている銀狼の反応などお構いなしに、私は両手を黒い茨にかざした。
これはただの傷ではない。
高度な呪術だ。彼がこれまでどれほどの苦痛と孤独を味わってきたのか、魔力の乱れから痛いほど伝わってくる。
(こんな美しい子を傷つけるなんて、絶対に許せない……!)
「【神聖浄化】、そして【極大治癒】!」
私の手から溢れ出した圧倒的な光が、森を真昼のように照らし出した。
バキンッ! と音を立てて呪いの茨が砕け散り、銀狼の傷がみるみるうちに塞がっていく。
『馬鹿な……十数人の高位魔導師でも解けなかった呪いが、一瞬で……』
「はい、終わったわよ! さあ、元気になったことだし、思う存分モフらせてちょうだい!」
私が満面の笑みでダイブしようとした瞬間、光に包まれた銀狼の体が縮み、一人の人間の男性へと姿を変えた。
銀色の長い髪に、宝石のような氷の瞳。そして、頭にはピンと立った銀色の獣耳。
……獣耳!?
「レオンハルト……公爵、様?」
「エセリア嬢……? なぜ、そなたがこんな森に……」
彼は、王宮で姿を消したと噂されていた『氷の公爵』レオンハルトだった。王太子の政敵であり、何者かの呪いによって獣にされていたのだ。
彼は自身の頭にある耳に触れ、絶望的な顔をした。
「……見られたか。呪いは解けたようだが、半端に獣の姿が残ってしまった。私は、化け物だ」
自嘲気味に笑うレオンハルト。彼はこの呪いのせいで周囲から裏切られ、人間不信のどん底にいた。このままでは彼の心が壊れてしまう。
私はゆっくりと彼に近づき、その頬に両手を添えた。
「レオンハルト様」
「……笑いたければ笑うがいい。気味の悪い――」
「最っっっ高です……!!」
「……は?」
「信じられないくらい可愛いです! クールな美貌に、この感情と連動してピコピコ動くお耳! 完璧なギャップ! ああ、神様ありがとう!」
私は彼の獣耳を優しく、しかし熱烈に撫で回した。
レオンハルトは目を丸くし、やがて顔を真っ赤にしてフリーズした。
「そ、そなた……私が、恐ろしくないのか? 私は呪われた男だぞ……」
「恐ろしい? こんなに愛らしいのに? むしろ、ずっとこのままでも良いくらいです。レオンハルト様、私と一緒にここで暮らしませんか? 私が貴方を、一生守って愛でてあげます!」
私の言葉に、彼は呆然とした後、ポロポロと涙をこぼした。
それは、長く冷たい孤独の氷が溶けた瞬間だった。
***
それから半年後。
王太子は無能っぷりを露呈し、私が押し付けていた仕事が回らなくなったことで国政を停滞させ、クーデターによって失脚した。彼らが泣きついてきても、私は森から一歩も出る気はない。
「エセリア。今日も愛している」
「私もですよ、レオンハルト様。あっ、でも今はちょっと尻尾のお手入れの最中なので動かないでください」
「……そなたは、私より私の毛並みの方が好きなのではないか?」
拗ねたように耳をペタンと寝かせるレオンハルト様(現在、私への執着と溺愛がカンスト気味)の首元に顔を埋めながら、私は今日もこの異世界ライフを全力で謳歌しているのだった。




