6話 謀略
日は沈み、雨足が強まる中、酒場は第七師団の兵たちで湧き返っていた。
一師団三千人といっても、ここにいるのはせいぜい三十分の一ほど。それでも、床が揺れるほどの熱気だ。
「よし、お前ら! 明日からの作戦に向けて飲めーっ!」 「「おおーーっ!!」」 男たちの野太い歓声が木樽を震わせる。
賑わう空気の中、ステラは隅の席で葡萄酒をちびちびやっていた。
強い酒より騒がしい兵士のほうが苦手らしく、誰かが声をかけては即撃沈している。
僕は少し離れた席から様子を見守っていた。
昨日の失態でまた潰れるわけにもいかないので、水だけで辛抱する。
「おうおう、エルフの姉ちゃん! 飲んでるかぁ!」
ダグラス副団長が小樽ジョッキを二つ抱え、千鳥足で乱入した。
「なんだ、貴様は」 ステラの声は氷のようだ。
「俺は副団長のダグラスだ。ほら、歓迎の酒だ! ここの名物の葡萄酒だぞ!」
「……葡萄酒。いただこう」
ほんの少しだけ、ステラの手が嬉しげに揺れた。
だが、その瞬間――
「ステラさん、それ飲まないでください」
僕は席を立ち、二人の間に声を投げた。
ダグラスが豪快に笑う。
「ははっ、タクトか! こいつはそこまで強く――」
「毒、入ってます」
空気が凍りついた。
ステラの眉がわずかに跳ね、ダグラスも動きを止めた。
「……私に毒を盛ったと言うのか?」
「そうじゃないなら、証明してください」
ステラからジョッキを受け取り、ダグラスの前へ静かに差し出す。
「馬鹿なことを――」
「ダグラス。飲め。無実なら、それで済む」
背後からリーン師団長の声が落ちた瞬間、場の空気が別物に変わる。
その声音には“これが段取りだった”ような、奇妙な統率感がかすかに滲んでいた。
「そもそもこの葡萄酒は甘い香りなんてしない。もっと酸味が強い酒だ」
ステラが息を呑む。
「……この香り、まさか、あの……」
毒の正体に心当たりがあるらしい。
ダグラスが焦りを露わにした。
「ち、違う! 毒が入ってるなら、ミリアちゃんが準備した時に――」
「ありませんよ。決起集会の前、全部の酒はステラさんと一緒に確認してます。
それに――あなたが白い粉を入れて、残りを腰の革袋にしまったの、見てました」
「っ……!」
完全に言い逃れはできなくなった。
リーン師団長が目を細める。
「往生際が悪いぞ。飲め」
震える手でジョッキを掴んだダグラスは――次の瞬間、
ジョッキを床に叩きつけ、カウンターへ飛び込んだ。
「ミリアッ!」
「きゃっ――!」
ミリアを人質に取り、曲刀を喉元へ押し当てる。
「近づくな! こいつがどうなってもいいのか!」
殺気が酒場を覆った。
「お、お前ら……俺だってよ……! ぽっと出のガキに追い抜かれて……耐えられなかったんだよ……!」
ミリアは涙を浮かべる。
「ダグラスさん……やめて……」
「うるせぇ! タクト、てめぇにもムカついてたんだ! ミリアちゃんに馴れ馴れしく――!」
「ダグラスさん、落ち着いてください。
……あなた、本当にナハトが約束を守ると思ってるんですか?
暗殺に成功したら、尻尾切りされるのはあなたですよ」
「く……っ!」
心当たりがあるのか、ダグラスの手がさらに震える。
僕は静かに告げた。
「……それに、その曲刀じゃ誰も殺せません」
「は?」
「刃が潰れてます」
ステラが小さく叫ぶ。
「ほんとに……!」
刃を見つめて愕然としたその瞬間――
ダグラスは半狂乱になり、ミリアの首へ両手を伸ばした。
「ミリアちゃんと……逃げ……!」
だが、その手は届かなかった。
風が鳴り、右腕が宙を舞った。
「ぎゃあああああッ!!」
リーン師団長が一閃で斬り捨てていた。
「ダグラス……貴様に引導を渡すのは、俺の役目だ」
苦悶の表情のまま剣が振り下ろされ、ダグラスの叫びは途切れた。
ミリアは気を失い、ステラとアリージャが奥へ運ぶ。
しばらく誰も言葉を発せなかった。
「……すまん。俺の責任だ」
リーン師団長の声が沈む。
「ダグラスから“ナハト”の名が出たが……証拠としては薄いか」
僕は頷き、酒場の隅へ歩いた。
「実は、もう少し確かな証人がいます」
物入れの扉を開ける。
「なっ……!?
メディア王女……! それにダイン第一師団長まで……!」
二人が姿を現すと、兵士たちが一斉に息を呑んだ。
メディア王女が悪戯っぽく笑う。
「へへっ。すみません。タクト様のお誘いに、のっちゃいました」




