5話 作戦会議
月が陰るころ、野暮ったい赤毛の治癒術師がステラに懸命に治癒魔法をかけ続けていた。
黄緑の光がベッドに横たわるステラを柔らかく包みこむ。
「これが魔法か……すごいですね」
彼女の杖の先には透明な珠が埋め込まれ、そこに刻まれた紋様が淡く脈動している。
――詠唱なしで発動できるのか。紋様が魔法陣の代わりをしている……?
「見られながらだとやりづらいんだけど」
古びた長帽子をかぶった赤毛の治癒術師が、ベッド越しにジト目で僕を睨んだ。
リーン師団長は壁に寄りかかり、すっかり舟をこいでいる。
ミリアはベッドの端で、もう夢の世界だ。
僕と治癒術師の間に、なんとも言えない気まずい空気が漂う。
「そういえば名乗ってませんでしたね。僕はタクトと申します」
「聞いてないし、興味ない」
……どこかのソルジャーより塩対応だ。
「仕方ない。それならリーン師団長に聞こうかな。おたくの治癒術師が名前を教えてくれないからって――」
「なっ!? だ、駄目ですそれは!」
彼女はあからさまに挙動不審になり、頬を赤く染める。
おや? 急に反応が面白くなってきたぞ。もしかして……。
「アリージャ」
「……え?」
「アリージャ。私の名前よ」
「そうでしたか。よろしくお願いします」
アリージャは小さく咳払いし、再びステラの身体に光を灯した。
「しかし……この子、ひどい傷。古いものから新しいものまで……誰よ、女の子にこんな酷いことを」
ステラの体に刻まれた痣。
この世界の文化や価値観は分からないが、暴行が日常でなければつかない傷ばかりだ。
◆
それから一時間後。
「ふぅ〜、とりあえず今日はこんなもんかな。私も寝るから」
アリージャはそう言うなり、壁に寄りかかるリーン師団長の横にちょこんと座り、
妙にいやらしい笑みを残してから、数秒で寝息を立て始めた。
僕はステラの生々しい傷を見つめ、彼女の頭をそっと撫でる。
「……っん。貴様は……」
「あ、起こしちゃいました? すみません」
ステラは蒼い瞳で僕を射抜くように見つめる。
「貴様……なぜ私を助けた」
「そうですね。善意と言いたいところですが……僕にも利があると思ったからです」
「……もう、利用されるのはたくさんだ。疲れた……エルフの誇りも、とうに失った」
ステラの頬を、涙が静かに伝う。
「今はゆっくり休みましょう。大丈夫です。これから良い方向に向かいますよ」
「……適当なことを……もう、楽にしてくれ。……このまま殺してくれ」
泣きながら懇願するその瞳には、絶望しかなかった。
「大丈夫。僕が何とかします。だから、今は休んでください。ここには、あなたを傷つける人はいません」
今は、それしか言えなかった。
彼女の手を握り、心の中で決意を固める。
――ナハトを討つ、と。
◆
翌日。
酒場の空き部屋に、リーン師団長、アリージャ、そしてダグラス副団長が集まり、方針の会議が始まった。
そう、意外にもダグラスは副団長だった。
「リーン師団長、早朝からすみません。騎士団の派閥について教えてください。特にナハト側と女王側の人数が知りたくて」
「なんだ、妙にやる気だな。そんな張り切るタイプには見えないが?」
「いえ、今回は皆さんの今後に関わるので、気合いを入れています」
「そうか。じゃあ説明するぜ」
リーン師団長が腕を組む。
「騎士団は基本、女王の命令権に従うが……今はナハトが代理で兵を動かすことも珍しくねぇ。
ナハト側が四、五、六、十の四部隊。女王側は三と、俺ら七だけだ。
あとは中立か、別の王女派の可能性が高い」
「となると、総力戦になれば単純に不利ですね」
「ただナハト参謀も馬鹿じゃない。内戦で兵を削るほど愚かじゃねぇ。最近、教国が勢力伸ばしてきてるしな」
ダグラス副団長が言葉を引き継ぐ。
「あと、近衛兵はナハト側ですか? ステラも近衛兵に紛れてましたけど」
「それに関しては……私が答える」
気づけば、ステラが扉に立っていた。
「おい、無理すんなよ」
アリージャがすぐに肩を貸して椅子に座らせる。
ステラは淡々と語った。
「メディア女王には、専属の親衛隊がついているわ。それもあって、今回の式典みたいに条件が揃わないと暗殺は難しい……ってナハトが言ってた」
「ステラ。ちょうどいい。もしナハトなら、君をどう処分すると思う?」
デリカシーのない質問かもしれない。だが、今は遠慮している場合じゃない。
「そうね……毒殺か、闇討ちだと思う」
「わかりました。僕の案でよければ、闇討ちを狙える“隙”をわざと作ります。
ナハトはすぐ動くはずですから、今晩、酒場を第七師団で貸し切りましょう。決起集会も兼ねて」
「ったく、勝手に進めるなよ……まあいい。ミリアには話を通しとく。今夜は俺の奢りだ」
リーン師団長の言葉で、場は一旦解散となった。




