4話 駆け引き
僕の一言で、謁見の間の空気がピキッと凍りついた。一瞬だけ氷魔法でも発動したのかと錯覚するほどだ。
「おまえ、何言ってんだ?」
真っ先にリーン師団長がツッコんでくる。
僕は師団長へ“まぁ大丈夫”とばかりに目配せを送った。……通じるかは知らない。
「な、なにを仰っているのです? 私を殺そうとした者なのですよ?」
温厚そうなメディア女王でさえ目を見開く。
「メディア女王、私に策があります。もしリーン師団長と私を信頼していただけるのでしたら……彼女の身柄を引き取らせて下さい」
正直、短期的メリットは薄い。報酬金を受け取るのが一番丸いし、女王に肩入れする理由も今はない。
だが——長期的に見れば、これは“投資”だ。
「メディア女王、甘言に乗せられてはなりませぬ! こやつらは謀反を企んでおります。あの暗殺者を使い、再びあなたを——」
「狸ジジイ、それは無理があるだろ……」
リーンの返しに、僕も続く。
「そうですね。それは無いと思いますよ。殺すつもりなら、あの暗殺を防ぐ理由がない」
「……お二人の言う通りです。ナハト、そのような暴論は慎みなさい」
一応、僕らの反論は通った。
——だが抜け穴はある。
信頼を作ってから裏切る、という手だ。
僕がナハト参謀なら、その筋書きも無くはない。
メディア女王は長く考え込む。
普通なら、暗殺者を助ける理由は無い。
「メディア女王、彼女は奴隷の身です。主に逆らえず、やむなく暗殺に加担したのでしょう。罰すべきは首謀者です。加えて私とリーン師団長であれば、その首謀者を必ず見つけ出してみせます」
僕はナハトへ不敵な笑みを向けた。
「くっ……」
参謀が一歩退いた。
女王は呼吸を整え、リーンを見つめる。
「リーン、あなたはどう思いますか?」
「そうですね。俺にはよくわかりませんが……こいつを信用しています」
一切の迷いがない声だった。胸が少し熱くなる。
「な、何を馬鹿な……胡散臭い旅人を信じるなど!」
「いやいや、胡散臭さで言ったらお前も負けてねぇよ」
リーン師団長の容赦のない返しに、
女王が「ふっ」と小さく吹き出し、急いで咳払いする。
「……コホン。私は旅の方を存じ上げません。ですが、リーンを信頼しています」
「万が一何かあれば、リーン師団長が全責任を負います! 縛り首でも斬首でも甘んじて受けます!」
「おいこら待て。てめぇなんで当然のように人を差し出してんだ」
「部下の失態を背負うのは上司の務めですよね、師団長」
女王は思わず笑みを漏らす。
「ふふっ……仲が良いのですね。羨ましいです。衛兵には伝えておきます。どうぞ暗殺者を連れ帰って下さい。メーザイン、お願いします」
隣のフルフェイスの衛兵が無言で先導する。
その沈黙と動じなさが、逆に不気味だった。
歩きながら、師団長が小声で訊く。
「しかしよ、これからどうすんだ。ホントに狸ジジイの尻尾なんて掴めるのか?」
「僕を信用してるんじゃなかったんですか」
「勢いで言っただけだ。……で、どうすんだ?」
「ステラを餌にナハトを釣ります」
「釣れなかったら?」
「……別の手を考えます。でも、かなり挑発しましたから。ヘイトは充分です」
「ま、試す価値はあるな。なんにせよ、あいつの存在はチビスケにとって危険だ。頼むぜ相棒」
「そう言われると、むず痒いですが」
——わざとメーザインの前で作戦を話す。
彼の“色”を見極めるためでもあり、こちらの立場を示す目的もあった。
◆
牢獄に戻ると、メーザインは黙ったまま鍵を開け、ステラの鎖を外した。
「……ぐっ。貴様ら、何が目的だ」
僕は上着を脱ぎ、彼女の背中を隠すように肩にそっと掛ける。
「貴方は僕らが引き取ることになりました。まずは傷の手当てをしましょう」
「ひゅー、お前キザなことするじゃん」
吹けもしない口笛を鳴らすリーン師団長。
「バカ言ってないで手伝って下さい、師団長」
予想以上にステラは衰弱していた。
二人がかりで酒場まで運ぶ。
ようやく扉を開いた瞬間——
「タクトさんっ……!」
ミリアが飛びついてきた。半泣きで、胸に顔を押しつけてくる。
「ごめん。心配かけたね」
僕はその頭をそっと撫でた。
「おいおい、イチャつくのは後にしろ。怪我人がいる」
「えっ……ホントだ! すぐ空き部屋へ!」
「タクト、頼む。緊急性は低いだろうが……念のため治癒術師を呼んでくる」
そう言い残し、リーン師団長は走り去った。




