7.ポテト、成長中。
「10班。テレス、フォリオ、サージェス。以上三名。名前を呼ばれていない子はいますか?」
先生から一年間共に過ごす班が決まり終わった。俺の班は、ルーナちゃん……ルヴィス君だ。
「よろしくね、ポテトくん!」
「あっ、う、うんよろしく、ルーナちゃん」
相変わらずルーナちゃんは優しいな。癒しの女神様だ。しかし、前方に目をやると――。
「はぁ!?なんで俺が人間なんかと!!」
絶賛ルヴィス君は先生に抗議している。その理由は明白で、俺と一緒の班なのが納得いかないらしい。とほほ……。
「これは私一人だけではなく、先生達が決めた班です。あなたの腕前と、そしてルーナさんの知恵、ポテトくんの…優しさ。きっといいチームになりますよ」
え?いま先生、僕の所で言い淀みませんでした!?優しさって何!?全然、授業に関係ないじゃん!てか、それっていい所が見つからなかった人に言うやつじゃ……と心の中で叫び抗議していた。
「優しさか……」
「そうです。優しさというのはチームでも重要な事なんです」
変なフォロー辞めてください先生。さらに、傷つきましたよ。いやこれは、もしかして+ルヴィス君に響いて――。
「んなもんっ、クソの役に立たねーだろぉが!!」
ない。
教室に微妙な空気が流れた。ルヴィス君はそっぽを向き、机に突っ伏してしまう。先生は苦笑い。俺は何も言えず。隣にいたルーナちゃんがくすっと笑う。
「ふふっ、でもポテトくん、優しいのはほんとだと思うよ」
「え、そ、そうかな……」
「うん。だから、きっといい班になると思う」
「る、ルーナちゃん!!」
俺の精神年齢がもう少し若かったら絶対に勘違いしてたやつだ。ルーナちゃんマジ天使。よし、ここは前向きに、一年もあればルヴィス君とだって仲良くなれるはずだ。そう思っておこう。うん……。
――今日はやけに長い一日だった。気疲れしたのか、帰り道の夕焼けが、いつもよりずっと遠く見えた。
そして、夕日が沈んだ夜。いつものように、湯気の立つスープの香りが部屋を満たす。焼きたてのパンと、セレナまま特製のシチュー。椅子に座ると、目の前には三人――セレナまま、ヘリカお姉ちゃん、そしてサイちゃん。
「いつもいるね、サイちゃん」
「もち。あと隊長をつけろ」
もうこの家の一員みたいな返事だ。スプーンを持ちながら、俺は苦笑いする。サイちゃんは完全にくつろいでいて、スープをズズッと音を立ててすする。
「きょうは班決めがあったんでしょ?どうだったの?」
セレナままが優しい声で聞いてくる。
「えっ、それ私も気になる!」
とヘリカお姉ちゃんも身を乗り出した。セレナさんとヘリカちゃんはこちらをみて話すのを待っている。
サイちゃんはもくもくとスープをすすってる。丁度話そうと思っていたので、俺はスプーンを置いて、今日の出来事を語る。
「班はね、ルーナちゃんとルヴィスくんっていう子と一緒になったんだ」
「ルヴィス?」
セレナままが軽く眉を上げる。
「もしかして、知ってるの?」
俺が聞き返すと、彼女は少し困ったように微笑んだ。
「ええ、あの子は村で一番の剣士の息子よ。お父さんがちょっと厳しい人だから……息子さんも、ね」
「そ、そうだったんだ…」
俺が肩を落とすと、ヘリカお姉ちゃんがクスッと笑った。
「へー、なら強いんだ?」
「うん、多分強いのかな?……あと、ちょっと怖い」
「ポテトが怖いって言うってことは、かなりのもんだね」
ヘリカちゃんは、口角を少し吊り上げサイちゃんをジーと見ている。確かに、サイちゃんは別の意味で怖い。
「怖くないよね?ポテト」
――心を読まれた!?
てか顔がもう怖いです。とは言えず……
「え!?ぜ、全然!ぜんぜん、怖くないよ!サイ隊長は、すっごく優しくてカッコいいです!!」
「よしよし、いい子、いい子」
サイちゃんは満足そうに頷いて、パンをもぐもぐ。とりあえず難は逃れた。
「で、ルーナって子はどんな子?」
ヘリカお姉ちゃんが興味津々に尋ねてくる。
「えっと……すごくしっかりしてて、分け隔てなく優しくて、まるで天使みたいな子だよ」
そう言った瞬間、なぜか空気がピタリと止まった。
「……天使、ねぇ」
ヘリカお姉ちゃんがスープを混ぜながら、なぜか視線を逸らす。サイちゃんも「ふーん」と言いながら、無表情でパンをちぎっていた。
「え?な、なに?」
「べっつにー」
「なにも」
二人して同じタイミングで目を逸らす。その反応に、俺は何か悪いことを言ったような気分になった。
「ふふ……モテるじゃない、ポテト」
セレナままがからかうように微笑む。何でそうなるのか、俺には理解できなかった。
「う、うん?」
適当に流すと、ヘリカお姉ちゃんとサイちゃんが同時に「ふんっ」と顔を背けた。食卓に、少しだけ冷たい空気が漂う。何か不味いことでも言ったかな?
そしてセレナままが、少し真面目な声に戻して言った。
「大丈夫。ポテトならきっと上手く二人とやっていけるわ」
「そ、そうだね.....」
その言葉に、胸の中のもやが少しだけ晴れた気がした。そうだ、今は弱音なんて吐いてる場合じゃない。俺はこの二年間で、出来ることを、一人でも生きていける術を、身に付けないといけないのだから。食らいついていくしかない。
――そして、食後。
「よし!決めたっ!」
「え?」
「私が特訓してあげる!」
突然立ち上がったヘリカお姉ちゃんが、拳を握る。
「えぇ!?特訓って何の!?」
「ルヴィスっていう子に勝てるように、身体を鍛えるんだよ!」
「ええぇ!?」
「それ、面白そう。私もやる」
サイちゃんが、口の端を吊り上げて笑う。不味い、この流れは前にもあったような――。
「俺はまだ――」
「サイっ!さっそく練習メニュー決めるよ!絶対にポテトをクラス一にしてあげるんだから」
「ふっふふ。この時を待っていた」
ヘリカお姉ちゃんとサイちゃんは楽しそうにリビングへと駆けて行った。えっと、加減はしてね……。
翌朝。
まだ太陽が昇りきらない薄明の森の中、俺は半分寝ぼけた目をこすりながら立っていた。――いや、立たされていた。
「ポテトっ! もっと腰を落として!」
「ふぁ、ふぁい!!」
木刀のようなものを握りしめ、ヘリカちゃんと打ち合っている。容赦ない。眠気も身体の重さも一瞬で吹き飛ぶほどの速さで、ヘリカお姉ちゃんの一撃が襲いかかってくる。
「遅い! 目で追ってちゃ当たんないよ!」
「う、うぐっ!? そ、そんなこと言われてもっ!」
彼女はまるで風のようだった。軽やかに、予備動作なしで踏み込んでくるから、防御するのがやっとだ。
一方、少し離れた木の枝の上では、サイちゃんが弓を構えていた。
「動きが単調すぎる。それじゃあ――」
そう言うと同時に、木の葉一枚が矢で射抜かれる。頬のギリギリを横切る。風の音だけが聞こえた。
「すぐ死ぬ」
「……へ、へい」
これって特訓だよな、下手したら死ぬんじゃ...これがエルフ式なのか?止まった俺の耳に、後ろから迫る軽快な足音が聞こえる。
「追撃いくよっ!」
「うわぁあ!?ま、待って! 俺まだ――」
叫ぶ間もなく、木刀が唸りを上げる。その瞬間、地面を転がりながら俺は悟った。――この二人、手加減という概念を知らない。
そんな朝が、次の日も、そのまた次の日も続いた。太陽が顔を出す前に庭へ連れ出され、汗だくになって帰ってきたころには授業が始まる時間。放課後、帰路で待ち伏せている彼女たちに「復習だよ!」と木刀を持って呼び出される。
最初の三日間で、全身が悲鳴を上げた。一週間経つ頃には、筋肉痛と仲良くなった。二週間目、木刀を握る手が少しだけ安定してきた頃には、ヘリカお姉ちゃんがにやりと笑った。
「お、少しはマシになったじゃん」
「私よりは遅いけど」
とサイちゃんが付け加える。煽られてるのかもしれない。でも、悪い気はしなかった。
同じ頃、森の園では、初めての「班行動」授業が始まった。三人一組で協力し、森を無事に駆け抜けるというものだ。
「1班、出発!」
先生の号令で、俺たちは森の中へ行き指定されたルートを駆ける。簡単そうにも思えるこの授業は、意外にも難しく地形も決して、なだらかではないため、躓くこともしばしばあった。ルヴィス君が前を走り、俺とルーナちゃんはその後ろを駆ける。
「おい人間!次、他の班に抜かされたらマジで殺すからな!!」
「はぁ、はぁ、わ、わかって、る、よー」
体が重い。まるで常に重りを付けているかのようだ。この時ばかりはこの痩せない身体がにくい。てかヴァリティーユ様、痩せない必要ありましたか?ルヴィス君との距離は広がるばかりだ。しかし隣でルーナちゃんが励ましてくれる。
「ポテトくん大丈夫?ってルヴィスくん!!班で動くって言われたでしょ!」
「うるせぇ、俺は誰かに抜かされんのが一番嫌いなんだっ!」
「わからず屋!それじゃあグループの意味がないよ!」
ルーナちゃんの声が森に響く。それでもルヴィス君は聞かず、勝手に先に進んで行く。ルーナちゃんが呆れて肩を落としたその横で、俺は小さく呟いた。
「ご、ごめ、んルーナちゃん。はぁ、お、俺が遅いせいだよ。だ、だから心配、し、しないで」
「で、でも……」
ルヴィス君が言っている事は正しい。俺がついていけないのが悪い。だから努力するしかない。あの時、ヴァリティーユ様の力なしじゃ何もできなかった。あの奇跡がまた起こるとも限らない。だから――。
「……うん、わかった。でも無理だったら遠慮しないで私に言って。ね?」
ルーナちゃんが優しく微笑む。その声が、不思議と胸の奥に温かく響いた。けれど、次の瞬間にはもうその背中が前を向いていた。彼女もまた、止まらない。
――置いていかれるわけにはいかない。
俺は呼吸を整えながら、足を動かした。重い。膝が笑う。喉が焼ける。けれど、何度も繰り返したヘリカちゃんとサイちゃんの朝練を思い出す。あのきつい訓練に比べれば――。
「……っま、だ……いけるっ!」
木々を抜け、少し開けた道へ出る。そこでは既にルヴィス君が腕を組んで待っていた。
「おっせぇんだよ、人間。そんな足で俺の班にいんじゃねぇ」
「……ごめ、ん。でも、ま……間に合った、ろ?」
俺が肩で息をしながら笑うと、ルヴィス君は一瞬だけ目を細め――鼻を鳴らした。
「チッ……まあ、いい。次は遅れんな」
彼なりの許容のサイン。けれど、その一言にルーナちゃんは安堵の息を漏らす。
その日を境に、班での活動は少しずつ増えていった。最初こそギクシャクしていた三人も、毎日顔を合わせているうちに、息を合わせる場面が少しずつ増えていく。
ルヴィス君は圧倒的な行動力と反応速度で、誰よりも先に危険を察知して動く。
ルーナちゃんは観察と判断に優れ、森の危険な植物や地形を誰よりも早く見抜いた。
そして俺は――そんな二人の間に立ち、出来る限り支える役を探していた。
そうして日々が過ぎていく。朝はヘリカお姉ちゃんとサイちゃんの“愛のある拷問”訓練から始まり、昼は森の園での授業、夜はセレナままの作ってくれる温かい夕飯。そんな生活が、当たり前のように積み重なっていった。
季節は巡り、森の緑が少しずつ褐色に染まりはじめた頃――秋が終わりを告げ、冬の気配が忍び寄ってくる。冷たい風が木々の隙間を抜け、息を吐けば白く曇るようになったある朝。
まだ庭に朝靄が残る頃、いつものように俺は庭に立っていた。
「……はぁ、少し寒くなってきたかな?」
指先がかじかみ、吐く息が白い。
そう呟くと、すぐに背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「なら身体を動かさないとね!――さぁ、ポテトっ、構えてっ!」
瞬間――空気が変わる。ヘリカお姉ちゃんが風のように踏み込み、木刀が目の前に迫る。
「ッ!!」
反射的に木刀を構え、ギリギリのところで受け流す。
「ほぉ?やるねぇポテト!」
「ほとんど勘だったけどね……」
ヘリカお姉ちゃんは異常に速い。スピードならルヴィス君以上だ。最初は目で追うのがやっとだった。でも、今は――少しだけ、読めるようになってきた。身体そのものは変わっていないのに、動きが軽い気がする。自分の中に積み重なっていく“慣れ”や“経験”が、確かに力になっているのを感じる。それが嬉しくて、思わず口角が上がった。
「油断しすぎっ」
視界からヘリカお姉ちゃんの姿が――消えた!?と、同時に木の枝の上から矢がヒュッと飛ぶ。反射的に身を伏せる。
「うわぁっ!? あ、危なっ……!」
「ギリギリセーフ。もうちょいで当たった」
「それ当たったら死ぬやつだよね!?」
サイちゃんは木の上で、いつも通り無表情に近い顔で、でも少し楽しそうに笑う。
「動きも良くなってる、及第点かな」
「褒めてる……?」
「……さぁ?」
「私はすっごく良いと思うよ!!流石、私の弟だね!」
笑みが零れる。嬉しい。自分が成長していることが。支えてくれる家族、仲間がいることが。気づけば、腕や足の動きも前より軽い。少しずつだけど、確実に強くなっている実感があった。
――そして、その日の午後。
森の園では、班ごとの行動訓練が始まっていた。地図を見ながら安全なルートを選び、協力して森を進む――一見単純な課題。だが、半年前の俺たちなら、きっとバラバラで終わっていたはずだ。
今では、ルーナちゃんが魔法で遠くの様子を観察し、ルヴィス君が危険地帯を切り開き、俺は二人の間で荷物を持ちながら、時にはルートを補助する。ぎこちないけれど、確かに“班”らしくなってきた。そんな俺たちに、先生が告げる。
「来週からは、魔物から身を守る実地訓練を行う」
ざわめく教室。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。魔物――。前に戦った時は、運が良かっただけかもしれない。今度は、どうなる……?
けれど、隣でルヴィス君は口元を吊り上げ、小さく呟く。
「……やっとか」
一抹の不安はある。でも、この半年、俺たちは確かに強くなっている。積み上げた努力が無駄になるはずがない。――だから、きっと大丈夫だ。




