6.入園デビュー
翌朝――森の朝は、驚くほど静かだった。木々の葉が朝露を弾き、光の粒がきらきらと散る。まるで森そのものが、祝ってくれている気がした。
「ほぁぁあ……ほら、ポテト。ぼーっとしてたら遅れちゃうよー」
「お姉ちゃん、眠そうだね」
玄関で大きな欠伸をするヘリカちゃん――いや、今はお姉ちゃんか。腰に手を当て、目をこすっている。どうやらあの後も、寝付けなかったようだ。のそのそと靴を履いている。後ろではサイちゃんが、なぜか背中に弓を背負っていた。
「おはよ、サイちゃ……じゃなくて、サイ隊長。って、弓いるの?」
「送り迎えの護衛。森にはまだ魔獣がいるかもしれない」
「え?園までそんな遠くないよ?」
「護衛、重要!」
まったく、朝から全力で頼もしい。……いや、ちょっと怖い。ちなみにサイ隊長というのは、セレナさんのことを“まま”と呼んだ時に、どさくさに紛れて吹き込まれた。サイちやんは怒らせると怖いからな...。
ふと、セレナさんが俺の頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫よ。きっとすぐ友だちができるわ」
どうやら緊張がセレナさんにも伝わったようだ。そして、その言葉に、自然と背筋が伸びた。ワクワクと緊張が入り混じる。まるで高校デビューをしようと決意したあの日に似ている。やばい、心臓の音が耳まで響いてる。
森の園は、木でできた大きなドームのような建物だった。壁の隙間からは陽の光がこぼれ、床には花びらが敷き詰められている。中に入ると、すでにたくさんの子どもたちが集まっていた。
金髪、銀髪、緑の髪――初めて見るエルフ達だ。金髪のエルフはヘリカちゃん、サイちゃんと見慣れていて、そういうものだと思っていたが、緑髪と銀髪。どうやらエルフといっても一括りではないらしい。しかし、俺みたいな黒髪は、やっぱりいないな。入学初日で浮いてる気がする……。
「おいっ」
背後から声がした。振り向くと、少し背の高い少年が立っていた。銀髪を短く刈り込み、やんちゃそうな見た目。腰には木剣。目は鋭く、獣のように光っている。
「俺はルヴィス。お前が爺様の言ってた人間か」
おっ、これはいきなり友達出来る予感。すこし怖そうな見た目だけど、実は優しいって言うのは鉄板だ。前世で失敗した分を取り返してやる。ここは、調子を合わせて――。
「そ、そーだぜ!俺の名前はポテトッ!人間だ!!」
よし、第一声は完璧だ。
「ポテト?へー、うまそうな名前だな」
「え?あっ、うん!そのとーり!!」
なんか冷めてる?一歩引いたような声色だ。そして、周りがざわざわしてるし。よし、ここは速攻だ――。
「と、友達になってやるよ!よろしく!」
決まった。自然に、そして荒々しく。これで友達一人確定したぞ。セレナさんに、自慢話が一つできた。
「いやだ。お前、弱そーだし。じゃあな」
……。
そして誰もいなくなった。
「クスクス……」
振り向くと、たくさんの女子に囲まれている一人の緑髪の女の子がこちらをみて笑っていた。
「あははっ」
まだ笑っている。
「君、おもしろいね!お名前は?」
「……ポテトです(ボソッ)」
「え?何て言ったの?」
「ポ・テ・ト!!」
緑髪の女の子を囲んでいた女子たちも一緒に笑い始めた。あれ?目から水が……。俺の入園デビューは、見事に失敗した。
「私はルーナ!今日からよろしくねポテトくん!」
「…う、うん」
恥ずかしいが、友達はできたということで良いのか?ルーナちゃんの見た目は、淡い緑髪に瞳は森の泉のような薄青色。どこか前世でお世話になった、委員長の真中さんを彷彿とさせた。
それから俺の“森の園”での日常が始まった
森の園では、”森の歩き方”、”動物の狩り”、”精霊魔法の詠唱”、”エルフ文字”まで教えてくれる。先生の言葉を借りれば、“生きるための遊び”だそうだ。遊びと聞いて、簡単かもしれないと思って、高をくくっていた。
しかし、そのどれもが俺にとって、非常に難しかった。今は”森の歩き方”の授業中で、実際の森の中で学んでいる。
「森で歩くのには足音を消す必要がある。それはなんでかわかるか?ルーナ」
先生がルーナちゃんを当てる。
「はい!獲物に逃げられないためと、魔物から身を守るためです!」
「正解だ」
流石ルーナちゃんだ。入園してから間もなく、ルーナちゃんはみんなのまとめ役的な委員長ポジションを得ていた。
「ではポテト!」
「ひゃいっ!?」
いきなり当てられて変な声がでた。
「あそこにいるバッタを捕まえてみろ。ただし、油断するな。森の生き物は気流や振動にも敏感だ」
「は、はいっ!」
気合を入れそっと、忍び寄る。
ドスッ――。
──あっ、逃げた。
先生は眉間に皺を寄せている。皆はけらけらと笑っている。
こんな感じで「森の歩き方」と「動物の狩り」はほとんど他の子が、捕まえるのを横目で見ているだけだった。先生には片づけだけは唯一、褒められた。
……いや、ここでへこたれる俺じゃない。きっと才能がある分野もあるはずだ。そしてなにより俺には前世の記憶がある。悪いね。これから本気出させてもらうよ。
~”魔法の詠唱”の時間~
「はーい!では、先生の真似をして詠唱してくださいね♪」
「はーい!!!」
皆が一斉に返事をする。
「風の精霊よ、我が御脚に、駆ける力を、速さを、疾風の加護を」
ゆっくりと先生は詠唱する。それを真似して、みんなも声を出す。
――そうえば。この掛け声を聞いたことがある。でもヘリカちゃんのは、こんなに長くなかったような……。
「風の精よ、我が脚に駆ける力を、疾風の加護を」
先生の声に合わせて、ルーナちゃんが目を閉じて手をかざす。風がブワッと吹いた。髪が、重力を逆らう。
「えー!?すっごーい!ルーナちゃんもう詠唱を短くして使えるの!?」
「ほぉこれは…すばらしい!ルーナちゃんは魔法が、とってもお上手なのね!将来は先生かしらね♪」
周りの子どもは羨望の眼差しでルーナちゃんを見ている。先生もご機嫌に、拍手をしている。なるほど、ヘリカちゃんが使ったのは、魔法の詠唱を短縮して出来たものだったんだ。先生の反応からしてとても凄いことなのだろう。尊敬する。でも、俺のヘリカお姉ちゃんの方がすごいんだぞ。これは言っとかないとね。
「次はルヴィス君。やってみようか?」
「うっ。あ、あーい」
ルヴィス君の出番がきた。やけに嫌そうな感じだが。彼は、『森の歩き方』や『動物の狩り』でとても優秀だと先生に褒められていた。素人目の俺からもクラスで一番と言っていいほどの活躍をしていた。はぁ。羨ましい。どうせ魔法も使えるんでしょ……。
「か、風の……精霊よ……我が、御……あ、あ、あー」
バタン――。
最後の脚を言いかけた所で急に倒れたルヴィス君。
──倒れた!?
「ルヴィス君!?先生、医務室に!」
後に知ることになったのだが、銀髪のエルフは魔力量が総じて低く、その中でもルヴィス君はほとんどないらしい。だがその代わりに身体機能は他のエルフを圧倒する攻撃特化型。
緑髪のルーナちゃんのようなエルフはその逆で、魔力量が優れているが筋力は低いとされている魔法特化型。
金髪のヘリカちゃんやサイちゃんのようなエルフはその中間におりバランス型と、セレナさんから教えてもらった。
余談ではあるが、医務室でこっそり、精霊魔法を使おうとしたけど、もちろん俺は使えなかった。
―“エルフ語”の時間―
午後の日差しが木の隙間からこぼれ、教室の床にゆらゆらと葉の影を落としていた。先生は黒板代わりの大きな木の板に、細い枝でスラスラと文字を書いていく。
「エルフ語は、森の精霊と会話するための言葉です。でも、ただ覚えるだけではダメ。大事なのは“響き”と“心”を合わせること。では――この文を読んでみましょう」
木板に書かれたのは見慣れない文字列だった。くるくるした葉脈のような記号が並び、まるでアート作品みたいだ。これは今はほとんど使われていないが、古い時代に使われていた言語らしい。以前いた世界でいう古文に近いもののようだ。ちなみに俺は一行も読めない...前世の記憶の意味はどこへやら。
「はい、では……ルーナさん。このページを読んでみて」
「はーい!」
ルーナちゃんは軽やかに立ち、読み上げる。
「リェナ・ハル・スエリィ――森に風を、風に歌を」
……おー、なんか、きれい。何を言っているか分からないが、まるで、歌ってるみたいだった。
「素晴らしい発音です! きっと森の精霊たちも、喜んでいるわ。では次は……」
先生が満面の笑みで拍手した。周囲の子どもたちも感嘆の声をあげる。そして次なるターゲットを探していた。
頼む。来るな!神様仏様ヴァリティーユ様っ!!――。
「ポテトくん。ルーナさんと同じ小節を読んでみてください」
ですよねー。なんかくると思ってました。
「え、えーっと……リェ……ハル……ス、スリィ……」
「違います、“スエリィ”です」
「す、スエリィ!」
自分でも何を言っているのか分からない。ルーナちゃんの方から、くすっと笑い声が聞こえる。先生は苦笑いを浮かべつつも、「大丈夫、少しずつ慣れていきましょうね」と優しくフォローしてくれる。しかしその優しさが辛いです.....。
「人間って種族は、マジで何もできないんだな~」
俺の隣で腕を組んでいたルヴィス君が、小声で呟いたのが聞こえた。大丈夫、彼はこ・ど・もだ。
「あ、あはは…い、いいな~、ルヴィス君は何でもできていいな~」
「とっーぜんだ!お前にできないことは全部できるぜ!」
正論なので何も言えない――。
「では、ルヴィスくん、やってみましょうか」
「えっ!?あぁ……」
ルヴィスは、木板を睨むように見つめた。口を開くが、すぐに詰まる。
「リェ、リェナ……は、ハ……ス、ス……」
言葉が出ない。彼の喉が震えている。しばらく沈黙が続いた。笑ったか?そこは笑いませんとも。中身は大人ですから。
「ああもお!つーかこんなの、いつ使うんだよ!!」
先生が何か言おうとしたが、その前にルヴィスは席を立ち、教室の外に出ていった。扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。正直、気持ちはわからなくはないと共感する俺もいた。だって難しすぎるだもん、このエルフ語っていうやつ。
次の日の授業は、教室の空気がどこかざわついていた。先生が、いつもの柔らかい笑顔で言う。
「今日からみんなには、これから一年間一緒に活動する“班”を発表します。森の園では、学びも遊びも助け合いが重要ですからね」
ざわざわ……と空気が揺れる。
クラスメイトたちは、誰と組むのかと顔を見合わせ、そわそわしている。俺も例に漏れず、緊張で喉が渇く。
「班は、先生がそれぞれの“得意”と“苦手”を考えて組みました。お互いを補い合えるようにね」
その言葉に、教室の期待がふわっと高まる。俺も思わず背筋を伸ばした。
「では――第一班を発表します。」
緊張する。誰だろう?
「ルーナ、ルヴィス、ポテト。以上、三名。第二班は──」
なるほど――波乱の予感。




