4.変な子
俺がこの村に住んで二年半が経った。ちなみに、ここに住んでいるのは、エルフという人間とは違った種族と今更ながら理解した。本当にここは、異世界なのだ。俺は二歳半になり、自分で立って歩き、段々と言葉も話せるようになった。といってもまだ二語文が限界なのだが。そして今日も、朝からヘリカちゃんの言語特訓が始まろうとしていた。
「ほら、ポテト言ってみて!ヘリカお姉ちゃん、お・ね・え・ちゃ・ん」
「へりか、ちゃん」
「お・ね・え・ちゃ・ん!!」
どうやら自分の事をお姉ちゃんと呼ばせたいようだ。ヘリカちゃんの年齢は、現在七歳で俺とは五歳差である。傍から見たら、ヘリカちゃんが姉なのは当然のことだろう。しかし俺は前世の記憶を持っているため、どうしても気持ちはお兄さんなのだ。いや、ここは率直に言います。僕はヘリカちゃんのお兄ちゃんになりたいのだ。だからここは譲るわけにはいかないのです。
「ヘリカ、そろそろ学校でしょ?もう支度は済んだの?」
いつまで経っても動く気配のないヘリカちゃんに、痺れをきらすセレナさんが台所から顔を出す。エルフの村にも学校というものが存在しているらしい。どのようなことを学んでいるのか気になるところだ。
「わかってるよー!ほら、最後にお姉ちゃんいってらっしゃいは?」
「オレハ、イワナイ」
「何それ!!そんなの教えてないでしょーー!!」
ムキッーと、俺のたるんだほっぺを左右に伸ばす。お餅のように伸びる。そう、成長は言葉だけではなく、特に身体に現れた。これがヴァリティーユ様の言っていた“重い身体”ってやつなのか…。それにここから、痩せないともなると将来的には、何キロになるのだろうか。もし二百キロ以上の、超巨漢になったとしたら、果たして動けるのかという心配がある。前世では平均身長、平均体重だったので気にもしなかったのだが……。
「へりか、がっこう行かないと」
いまだ納得がいかないヘリカちゃんを学校へいくように促す。遅刻したら大変な目に遭うという事は前世で予習済みだ。
「ぶー。また変な事ばっか覚えて……帰ったらぜっーたいにお姉ちゃんって呼ばせてやるー!」
セレナさんが後ろで微笑んでいる。もう、これもすっかり日常になった。
「行ってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
パタパタと家を出ていくヘリカちゃん。それを見送る俺とセレナさん。そしてここでまた、試練がやって来た。視線をセレナさんに送ると。
「ま~ま。言ってごらん?ま・ま」
勘弁してくれ。ヘリカちゃんが学校へ行くといつもこれだ。それもママ呼びなんて、この年になって恥ずかしすぎる。
「ま…おかーさん!」
「まーま!!」
この調子では、将来ヘリカちゃんにはお姉ちゃん、セレナさんにはママ呼びを強制されそうだ。そんな事を考えながら、特訓は続いた......。
「お母さんただいまー!!」
ヘリカちゃんの声がする。いつの間にか座りながら寝ていたみたいだ。隣を見るとセレナさんは編み物をしている。
「お母さん!今日、友達呼んでもいい!?」
弾む声で尋ねるヘリカちゃん。友達という言葉に、反応する俺。確かに、コミュ力高そうだもんなと納得する。羨ましくなんてないし、俺だって、学校に行けるようになったらきっと友達できるし。前世は出来なかったけどさ……。
「ええいいわよ。あっそうだ!それじゃあ、その子とポテトの面倒をみてくれる?お母さんは買い出しに行ってくるわ」
「もっちろん!ポテトはこのお姉ちゃんが面倒見てあげるもんね!」
これも日常のワンシーンだ。この家ではセレナさん、ヘリカちゃん、ポテトこと俺の3人暮らし。そのため、外に出るときは入れ替えで俺の面倒を見てくれる。本当にこの家庭で良かった。ヴァリティーユちゃ...様には感謝しかない。というか、ここに来てから一度も会っていない。会いた……くはないな。
「じゃあ、ポテトの事よろしくね...ま・まが行ってくるわね♪」
「はーい」
「おかーさ...まま」
たまにセレナさんの圧に負けてしまう。普段優しくおっとりしているのに偶に見せる顔が怖い。本能でママと言わざるおえなくなる。
「よっし!そろそろかな〜。ポテト、わかってるよね!お姉ちゃんって言うんだよっ!」
「ヘリカ、おれんじ」
「オレンジじゃなーい!」
それは、わかりません。ヘリカちゃんは、対面の椅子に座り、足をぶらぶらさせ、いかにも楽しみといった様子だ。誰が来るのだろうか?俺も初めてお目にかかる。だが男だったら、許しませんよ。お兄さんは認めませんからね。
──トントンッ
「きたっ!!」
ヘリカちゃんは扉まで走る。そして、扉の前で止まる。何やら真剣な表情。もしかして危ない大人!?
「合言葉は?」
へ?
「"森の奥には大きなキノコが"」
は?
「よし、入れ!」
その言葉と同時に、誰かが入ってきた。髪の毛はヘリカちゃんと同じ金髪に、くせ毛が目立つショートカット。目はジトッとして気怠げな印象。身長はヘリカちゃんと同じぐらいの背丈だ。そしてその子と目が合う。
「ヘリカ、あの子が例の」
「そうよ...」
いつもと様子が違うヘリカちゃん。まるで刑事ドラマにハマったかのようだ。いや、この世界には、きっとテレビなんてないんですけどね。ヘリカちゃんの友達がスタスタと軽い足取りで近づいてくる。
「こ、こんにちは……」
俺はたどたどしく挨拶をする。
「…………」
無視された?不思議そうに見つめてくるサイ?ちゃん。
「……変な子」
「へ?」
いきなり変と言われました。落ち着け、俺。彼女はまだヘリカちゃんと同じ年のこ・ど・もだ。ここは平静を装ってクールに行こうじゃないか。
「サイ……いまなんて言った?もしかしてポテトのこと……」
「変な子」
ほら、見たことか。俺には強いお姉ちゃんがいるんだぞ。言ってやれ。可愛い弟なんだぞって。
「でしょ!?変でしょ!!」
「へりかちゃー!?!?」
「…喋った」
あまりの驚きに声が出てしまった。え?ずっとそう思ってたの?俺の事変って思ってたの?てか変な子って……悪口だよな?もしかして、個性が突出しているとかの褒め言葉なのか?どっちなんだ!?頭の中がぐちゃぐちゃだ。そんな混乱する俺の頭を、サイちゃんがポンッと手を置く。
「よし…今日から君は、私たちの冒険仲間に決定する……私の事は弓旨と呼べ」
「いや、です――」
「いいね!それ!!私は、瞬足だよ!!今日から、ポテトも私たち”森の盗賊団”の仲間入りだ!!」
弓旨?瞬足?何それ?てか俺の話聞いてた?目の前の少女達は目をキラキラさせ、俺を含んだ行動内容を勝手に決め、話し合っている。あーこれは、断れない奴だ。あと”森の盗賊団”ってなんだよ。ただでさえこの村で、人間だからって理由で心象悪いのに、これ以上悪くなったら、マジで即刻追い出されるぞ。
「コードネームはどうする?」
「…うーん……変な子、タプンタプン、重い……」
「僕は、やらな――!」
粘り強く断ろうとする俺。しかし間髪入れずに、サイちゃんは派手に回転し、俺の方へ指をさす。
「戦車だ!!」
「えー!何それ!?めっちゃカッコイイ!」
二人は楽しそうにはしゃいでいる。俺はただ茫然と見ていた。駄目だ、これは何を言っても聞いてもらえないやつだ。戦車って……見た目で決めたでしょ。はぁ、俺は残り三年、平和に暮らすことはできるのだろうか?というより、そもそ三年もこの土地に居られるのだろうか。




